第十話:勇者と王女

前回のあらすじ!



あぁ、アレクシア! 私の女神! 私の全てを捧げなければ!


――シェアト・アルフェラッツの日記 帝国暦98年7月1日より



ハイマ大河航路及び帝国北回り航路、ついに全面開通

 先日、アンドロメダ連合国により長年に渡り水上封鎖されてきたハイマ大河航路と帝国北回り航路が全面的に開通した。我らがペルサキスとアルフェラッツ国との間で協定が結ばれたためだ。これにより旅客、運送業への多大な好影響が期待される。求人情報を下部に記載しています。


ようこそシェアト王女! ペルサキスにご留学

 ペルサキス家官僚より、アンドロメダ連合国、アルフェラッツ王女シェアト様のご留学を受け入れたと発表があった。当分の間帝国各地を周遊するとのこと。また、ご本人曰く我らが女神アレクシア皇女殿下に多大な敬意を持っているとのことで……


――『ペルサキス新聞』 帝国暦98年7月2週発行より抜粋。 



――帝国歴7月下旬



 茹だるような湿気と暑さ。ランカスター領は真夏を迎えていた。

 一人石造の床に寝転がり涼んでいたエリザベスは、リブラ商会会長ヘルマンのサインが書かれた書類を読みながら嬌声を上げごろごろと転がる。


「鎮痛剤の値段が……! 三倍に……!」


 連合国に出回った鎮痛剤の価格が帝国に卸していた時の50倍になっている事までは知る余地もなかったものの、彼女は次々運び込まれてくる見たこともない量の金銀を寝ながら眺めてとにかく喜んでいた。


「これで武器が買える!」


 南西辺境領で作られる黒色火薬、そして和平したとかいう連合国からも船や兵器を買って……と思いを巡らせていると、アルバートからの手紙がある事に気づく。

 字を書けるようになった彼は、ラングビの遠征で向かう地での活動報告を定期的に送ってきていた。


「ふむふむ……活動は順調ね……これなら……アンナー! いるー!?」

「はっ、ここにおります」


 よいしょ、と立ち上がり裾を払うエリザベス。入ってきたアンナに軽い調子で言い放った。


「西側諸侯がランカスター人に対する排斥を行わないことにしたらしいから、ちょっとアルバートのとこ行ってくれない?」

「承知致しました。……ですが一週間ほどかかると聞きますから、すれ違いになるのでは」

「そんなに掛からないと思うのよね。あれ、リブラ商会から買ったんだけど」


 エリザベスが外を指さすと、大きな縦帆のついたグライダー(商品名:プテラノドン2)が組み立てられつつあるのが見えた。

 組み立てているのは5月にアルバートが捕らえた海賊たち。アルバートの遠征中は基本的にエリザベスが動かす便利屋集団になっている。

 手先の器用な彼らは言葉を学びながら城の掃除に修繕、それと今まさに購入した新商品の組み立てなど色々と役立っていた。

 母国よりはマシな扱いだと喜んで真面目に働く彼らを元海賊と疑念の眼で見ていたランカスター人達もこの二ヶ月のうちにすっかり打ち解けて、今では休日のラングビの練習にも参加している。


 そしてそんな彼らの組み立てるプテラノドンを初めて見たアンナはそれが何か分からず、首を傾げて返答する。


「鳥の模型……ですか?」

「貴女、風魔法得意よね。何日で行けるか調べて欲しいの。できれば壊さないでほしいけど……最悪帰りはアルバートたちになんとかしてもらえばいいから」

「え? どういうことですか?」


 ランカスターの沿岸部で育ったアンナは帆船を動かす心得がある。

 そのため風魔法を得意とし、以前山賊狩りに向かった際も追い風を吹かせ続けて二人の馬の消耗を抑えるなど地味に役立てていた。

 勿論プテラノドンの運用には風魔法の腕が大きく影響するため、エリザベスは最初の飛行にそんな彼女を抜擢することにしたのだった。


「あれで飛ぶのよ」

「え?」


 人が空を飛ぶ。まだこの世界ではペルサキスと首都間でしか行われていない事。

 アンナには想像もつかなかった。



 ――数日後、西側諸侯領



 諸侯、と自ら共同体を名乗る彼らの土地は非常に貧しい。春夏と海から吹く強い北風は農作物の生育を妨げ、時折小噴火を繰り返す離島の火山は灰を降らせる。

 重要な資源として貴金属や宝石が採掘できる鉱山が挙げられるが、ここ数十年に渡ってその稼ぎの殆どを帝国に吸い上げられていた。

 そして2週間ほど前からこの地のラングビチーム達との対戦に訪れていたアルバート達は革命組織としての活動を進めていた。

 今は次の試合のために帝国で最も標高が高い街と言われる鉱山街を訪れている。


「ここまで収穫があるとは思わなかった……」

「いやー、大人気だねぇ勇者アルバート」


 日が沈み、演説を終えたアルバートの肩を揉むジョンソン。

 貧しいこの地で大金を掴もうとするとそれこそラングビで成り上がることが数少ない手段。それ故一際熱気があり、貴族や領軍だけでなく普段は鉱山労働で汗を流す屈強な男たちも選手を目指して練習に励む。

 当然ランカスター人……被差別民であるハンデを覆した大スターであるアルバートはこの地でもその勇名を轟かせている。

 そして民族身分問わずこの地に住むもの達で団結し、自分たちのために帝国と戦おうと訴えかける彼らの憧れの人に、訪れた民衆や地元貴族たちすら一人残らず涙を流しながら共感していた。

 握手でクタクタになった手首を揉みながらアルバートは少し疲れた表情を見せる。


「毎日演説に回ってるからかな……少し疲れた」

「明後日にあと1試合残ってるんだ、明日は練習を休んで街を歩いてこいよ」

「あぁ……そうする」


 ジョンソンの心遣いをありがたく受け取ったアルバートは、街で飲み明かそうとするチームメイト達の誘いを断り、一人宿へ戻った。

 標高も高く、ランカスターと比べると寒いほどの真夏の夜。鉱山街の外れの宿の庭で薄手の毛布にくるまり温かい蜂蜜湯を飲みながら澄み切った星空を見上げて落ち着いていると、なにか遠くに大きな鳥の影が見える。


「なんだあれ……」


 遠見の魔法を唱えようとしたが疲れで集中できない。とりあえず目を凝らすと大きくなる影。

 だんだん大きくなってくるそれから聞き慣れた声がした。


「た、隊長! 助け、助けて!」

「アンナ!?」


 アルバートを目指して真っ直ぐ落ちてくるアンナを受け止めることにはなんとか成功したが、彼女の掴まっていた鳥は羽がもげ、骨がばらばらになってしまった。

 抱きとめた彼女に視線を向けると真っ青な唇をしていて、疲労困憊の様子で息も絶え絶えに礼を述べる。


「ありがとうございます……空は南風がすごくて……寒くて……降りられなくて……偶然隊長を見つけたのですが……」

「すぐ宿に連れて行くから、無理に喋るな!」


 宿に戻り彼女を毛布でくるみ蜂蜜湯と軽い食事を注文する。

 やがて出された食事に勢いよくがっつく彼女を見ながらアルバートは呆れたように聞いた。

 もぐもぐと咀嚼しながら、唇も赤くなり体力が戻ったように見える彼女は答えていく。


「あの鳥? みたいなものはなんだ?」

「プテラノドンと言うそうです。ペルサキスでは郵便に使われている、風魔法で空を飛ぶ道具だそうで」


 なるほど……エリザベス様がまた新しいものを買ったのか……下手したら自分が実験台になっていたな……とアルバートは小さく頷く。


「……あれで王都から飛んできたのか」

「そうです。エリザベス様の命令で二日くらいでしょうか……途中何度か降りられたので休息できましたが……ほとんど飛ばされてきた、といったところです」

「二日? ここまで馬で一週間はかかるのにそんなに早くか」

「はい。自分でも驚きました。あんなに強い南風が吹いているなんて。それに太陽に近づくと暑くなると聞いていましたがあんなに寒いなんて……」


 自分の肩を抱きしめて震えるアンナ。よっぽど怖かったのだろうとアルバートは蜂蜜湯のおかわりを注文して彼女に渡す。

 それを飲む彼女の先程の言葉に引っかかったが、実体験の方が正しいだろうと彼は考えを改めた。


「……空は風が逆に吹くのか……ここはこの季節、強い北風しか吹かないはずだしな」

「私も知りませんでした……向かい風になるから楽に制御できると思っていたのに……」


 少し恨みがましそうに話を続けるアンナを見て、アルバートに少し苦笑いが溢れる。

 そろそろ夜も遅い。一旦話を打ち切った方が良いなと判断した彼は明日の休日に彼女を誘うことにした。


「とりあえず無事で良かった。エリザベス様の命令ってことは西側諸侯のことは聞いてるよな。明日街を歩いてくるし、一緒に行かないか?」

「え…えぇ! 喜んで!」


 産まれてこの方ランカスター領外に出たことがなかった彼女にとっては初めての旅行。それも親しいアルバートと。アンナは心から喜んで返事をした。



 ――翌朝



「本当に地図が当てにならなくて困っていたんですよ。空から見ると全然違くて」

「そんなもんなのか?」

「えぇ。こことか……ほら! あの山って書いてますけど実際は全然違って……この中で一番高い山が目的地じゃなかったら思うと……」


 宿で軽い朝食を摂り、のんびりと話しながら鉱山街を歩く二人。

 目立たないように現地の坑夫のような服装をしたアルバートと、ランカスター軍の革鎧から着替えて村娘の着るようなワンピースのアンナ。

 物珍しそうに周囲を見渡していたアンナだったが、軽くため息をつくと少し不満そうに声を上げる。


「しかしこう……ランカスターの村より活気がないですねここ」

「まぁな。ほらアレ」


 アルバートが視線を送る。その先にアンナが覗き込むと、鉱山から運び出した貴金属の原石を馬車に積む坑夫たちと、彼らを罵倒しながら鞭を振るう軍人が見えた。

 西側諸侯領最大の貴金属鉱山であるこの皇帝所有の鉱山は、皇帝の名を借りて中央貴族が派遣した軍隊が取り仕切る。

 中央から来た軍人たちは粗暴で横暴で、やせ衰えた坑夫たちを足蹴にしながら首都に金銀を運び出し、さらに休日は街に繰り出してやりたい放題……などととにかく嫌われていたが、この地の貴族を含めて誰も逆らえなかった。

 今目の前で行われている蛮行が、この鉱山街をあまり活気のない街にしている理由だった。


「ひどい……」

「変なところに落ちなくてよかったな。捕まっていたらどうなったか」

「あの程度の人数なら捕まりません。それよりもあの坑夫達を助けないと」

「駄目だ。俺達が助けたところで中央から応援が来て、この地の人達はもっと苦しめられる。今までのランカスターがそうだったように」

「ですが……」

「今は耐えて、時が来たら動くんだ。俺達はそのために皆を団結させないと……」


 制止するアルバートを不満そうに睨みつけるアンナ。彼女から目を逸らした彼がやるせない気持ちで現場を見守っていると、一人の少女が軍人たちに歩み寄るのが見えた。

 この地に似つかわしくない上質な服を纏う美しい彼女は怒ったような身振りで軍人に諭し始める。


「あの、その方がお可哀想ではありませんか」

「ん? その辺の田舎貴族か。ここは皇帝陛下直轄の鉱山なんだよ。つまりこの坑夫共はお前らのものじゃない」

「つまりあなたがたは皇帝の労働者に酷い扱いをしているという事ですか?」

「うるさいな! 仕事の邪魔すんな!」 

「答えを聞かせて頂けませんか? 同じ神の下に産まれた帝国人をどうして神に仕えるあなたがたが虐めるのです」

「邪魔すんなら貴族でもタダじゃおかねぇぞ?」

「ですから答えを……」


 答えるでもなく少女に掴みかかる軍人。周りの坑夫達はチラチラと見るが誰も動こうとしなかった。

 依然見守る二人。アンナが焦った様子で隣のアルバートに囁く。


「隊長、あの少女は……」

「貴族の娘かもな」

「……助けます」

「おい、アンナ!」


 煮え切らないアルバートの態度に、我慢の限界とばかりにアンナが強風を吹かせて勢いよく駆け出し、軍人の腕を蹴り飛ばす。

 彼女が少女を抱きかかえて離れると、様子を見ていた軍人たちが彼女と少女を囲んでいた。


「恥ずかしくないのですかあなた達は。こんな少女に掴みかかって」

「何だ貴様。村娘の分際で少し魔法が使えるくらいで……帝国軍人に逆らうとは命が惜しくないと見えるな!」


 偉そうに剣を無駄に高く掲げる軍人たちを見て、実戦経験がない雑魚……とアルバートは判断した。きっと弱い者虐めで飯を食ってきた軍人かと思うと腸が煮えくり返る。

 そんな奴らに仮にアンナが捕まれば死罪より酷いことになる。あの貴族の娘に逃してもらうしか無いな、と一瞬のうちに考え彼も飛び出した。


「……殺すのは不味いか」

「なんだぁ貴様? 娘を助けて抱いてやろうとか思ってんのか?」


 二人の前に立ちはだかるアルバートを見た軍人がニヤニヤと笑う。

 力の差も見抜けないのか、と一瞬呆れたが、彼はその軍人の顎先を掠めるように拳を放つ。

 脳を揺らされ、何が起こったかも分からずに意識を失った軍人を足先で蹴り飛ばし退けると、周りを囲む軍人たちに対して彼は宣戦布告した。


「悪いが、俺は貴様ら雑魚に敵う相手じゃない」

「雑魚だと!? 侮辱するか貴様!」


 逆上した軍人たちがアルバートに襲いかかるが、アンナが放った強烈な向かい風に一瞬足が止まる。

 その隙を逃さず一人、また一人と殴り倒し、最後の一人をアンナの風魔法で地面に叩きつけたところで、アルバートは先程の少女に声をかけた。

 後方に逃された彼女は、気品漂う仕草で服についた土を払いアルバートとアンナに穏やかな笑顔を見せた。


「大丈夫か、君は」

「ええ、大丈夫です。……しかし残念な背教者です。自らの神に逆らうなど」


 笑顔から急に変わって失望したように悲しそうな表情を浮かべる少女を見て、帝国国教の関係者だったのか? とアルバートの頭に疑問符が浮かぶ。ただ彼らは皇帝の……つまり今打ち倒した軍人たちのお仲間のはず。

 彼が困惑していると、少女の遠く背後から高級そうな鉄鎧を着た屈強な大男がガチャガチャと音を立て、別の帝国軍人たちを連れて走ってくるのが見えた。

 槍を手にした新手に囲まれそうになった彼は慌ててアンナと共に臨戦態勢を取る。


「シェアト様! 勝手にうろつかれてはアレクシア様が困ります!!」


 息を切らした大男がシェアトと呼ばれた少女に怒鳴り掛かる。

 アレクシアの名前を聞いたアルバートは、きっとこの聞き慣れない響きの名前の少女は世間知らずの大貴族の娘か何かだろうと納得した。

 怒鳴られたシェアトは穏やかに聞き流し、アルバートとアンナの二人を手で指した。


「この方々に助けていただいたので……」

「ともかく、勝手に軍人に話しかけるなどお止め下さい! 貴女様はこれまでも……いや、まずは……お前たち、槍を降ろせ」


 鉄鎧の大男は自分の部下に構えた槍を降ろさせて自分の手甲を外すと、二人に右手を差し出した。


「ボレアスと言う。助かった」

「俺はアルバートだ。こっちはアンナ」

「アルバート……? ランカスター人か……一体何故ここに」

「ラングビの試合だよ。彼女は……そう、俺の妻だ。家族は連れていても問題ないはずだが」


 しまった、とボレアスと名乗った男の手を握り返しながらアルバートは冷や汗をかく。いくら西側諸侯がランカスター人を排斥していないとしても、別の貴族の配下の者には関係ない。

 うっかり名乗ったのは失敗だった。どうにか誤魔化して切り抜けなければ……と反省していると、ボレアスは二人の顔を見比べるとにこやかに笑い、もう一度強く手を握る。


「ラングビの……君が勇者アルバートか! 噂通りのいい男だな。こんな美人の妻が居たとは……君の女性ファンはがっかりするだろう」

「……っ!……ははは……ありがとう」


 顔を赤くして無言で俯くアンナにつねられた尻の痛みに、思わず握手する手を離したアルバートは軽く会釈をする。

 ボレアスは頭をかきながら戦闘不能になった帝国軍人を眺めると、一度大きくため息をつき話を続けた。


「しかし帝国軍人を殴ったのは頂けないが……まぁ今回はシェアト様のせいだからな……我々が謝罪すれば済む」

「ちょっとボレアスさん、わたしのせいなどと……そもそもこの背教者が悪いのです」

「……まぁいいでしょう。誇りのない不良軍人など我々と同類だと思われたくないものですから」


 食って掛かるシェアトを適当にいなしながらボレアスは更に続ける。


「とりあえず君たち、食事をごちそうさせてくれないか。ついでに試合の話もよければ」

「あぁ。アンナも構わないよな?」

「……はい」

「それは良かった。……お前達、坑夫の手当てが先だ。軍人は適当に寝かせとけ」


 部下に指示を出し、中央のなまくら共には良い訓練になっただろうな。と呟いたボレアスは、三人を連れて近くの食事処へ向かった。



 ――



「それで、ペルサキスは9月に行くんだ」

「そうなのか! 秋のペルサキスは良いぞ! 魚が旨くてね! しかし実に楽しみだ……休暇を取らせてもらわないと」


 食事をしながら四人の話が弾む。アルバートとボレアスはラングビの話で意気投合し、アンナはシェアトがここまで来た旅路の話を目を輝かせて聞いていた。

 それぞれの皿が空になり、食後の茶と菓子をつまみながらのんびりと食休みを取っていると、ボレアスの部下たちが戻ってきた。


「シェアト様、ボレアス隊長。鉱山の指揮官がお詫びをしたいと」

「……そうか。アルバートにアンナ。巻き込んですまなかったな」


 そう部下に促されると席を立ち、頭を下げるボレアス。そこまでするほどではないと手を振るアルバート。


「いや、こっちが助けられた。ありがとうボレアス」

「シェアト様、本当に楽しいお話をありがとうございました」

「ではごきげんよう。特にアンナさん……真っ先に動いていただいて、ありがとうございました」


 ペルサキスへはぜひご夫妻でお伺いください。歓迎します、と簡単に書いた地図を渡して席を立つシェアトとボレアスを見送る。

 彼らが店を出た後、坑夫たちを始め店の外に集まっていた街の人々が我先にと店内に乱入してきた。

 彼らからしたら自分たちを虐げてきた帝国軍人が次々と殴り飛ばされるのは良い見世物だったようで、口々に感謝の言葉を述べていた。


「いやー、スカッとしたよ。お二人があんなクズどもを殴り飛ばして」

「お前たち坑夫もさっきの軍人たちに手当てしてもらっただろう……」


 少し困った様子で諭すアルバートに、坑夫の一人は険しい顔で反論した。


「……あいつらだって帝国軍人だ。たまたまご主人様が居たから良い顔しただけで……どうせ奴らと同じだよ」


 鞭で散々殴られて手当を受けていた坑夫は吐き捨てると、店の酒を取り二人に渡す。

 二人もとても士官だとは言えない雰囲気の中、その酒に口をつけた。


「ともかく、明日の試合はあんたらも応援するから頑張ってくれよ!」


 そう気分良く送り出されたアルバート。

 翌日の試合は久々に気分良く全力を出し切れた彼が圧倒的な実力を見せ、トゥリア・レオタリアの圧勝に終わる。

 彼の活躍は帝国軍人を殴り飛ばしたという噂とともに西側諸侯領全体へと広がっていった。



 ――数週間後、ペルサキス城執務室



「やるねぇシェアト王女。内弁慶のクズを退治するなんて」

「……何をしているんですのあの王女は……」


 シェアトから届いた手紙を読んで大笑いするニキアスと対象的にアレクシアは頭を抱えていた。

 皇帝所有の鉱山に勝手に入っただけではなく大立ち回りまで。しかもランカスター人なんかに助けられて。


「とりあえずランカスター人の事は黙殺しましょう。ペルサキス家としては全力で被害者ということで」

「まぁそうだねぇ……運営してるのは皇帝陛下ってか中央貴族の馬鹿だろ? ウチとは揉めたくないだろうし」


 ニキアスがけらけらと笑いながら酒に口をつけているが、アレクシアにとっての一番の心配はそこではない。


「……鉱山の休業補償とボコボコにした軍人の治療費は払わされそうなんですけれど」

「それは仕方ないな。僕としては気分いいから払ってもいいかなって」


 そこまで痛手ではない額だろうが、ペルサキス家の家計、そしてペルサキス領の予算作成に深く携わっているアレクシアからしたら頭が痛い。

 ざっと推測した額でもちょっとした公共工事が出来るんだよなぁ……と頭を抱え続ける彼女は、ニキアスを咎めるようにぼそっと呟いた。


「ニキアス……簡単に言いますわね……貴方の酒と葉巻代でも充てましょうか。輸入品ばかりで結構高いんですのよね」

「待ってくれ、それはおかしいんじゃないかな。君の食費……特に甘味代だって結構するじゃないか!」

「はぁぁぁぁ? わたくしは自分で稼いでるからいいんですのよー!!」 

「なっ! 君の事業の大部分は軍の協力があってこそだろ! 誰が指揮してると……」


 実際アレクシアが来て以来城の食費が数倍になっているのは事実。そのくせ自分の数少ない嗜好品を奪おうというのかこの婚約者は……とニキアスは全力で抵抗した。

 しばらくの間あぁでもないこうでもないとお互い納得行くまで口論を繰り返し、二人の初めての夫婦喧嘩は結局痛み分けという形に終わる。

 最終的にこの事件はペルサキス家とオーリオーン家の間で書簡を交わし、大変不満ではあったもののペルサキス家が補償金を支払う形で収まった。数カ月後に指揮官本人と運営にあたっていた貴族が監督不行届で鉱山管理から外され閑職へ飛ばされ、代わりに来た指揮官によって少しは坑夫の待遇も良くなったという。

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