第九話:皇女と王女

前回のあらすじ!



ニケ、娘を頼みます。あの娘はまだ幼くて、自分の世界だけで生きている、何も知らないわがままな子供なの。


――ディミトラ=オーリオーンの遺書 帝国暦88年ごろ?



前夜祭のニキアスはえらく上機嫌だった。彼自身が喜んで酒をついで周り、大声で歌いながら酒を酌み交わした。(中略)翌日の和平祭は華々しく行われた。食べ物、飲み物、色とりどりの花々。我々より遥かに豊かになったペルサキスの街を見て、帝国に移住しようかと冗談を話したものだ。しかし、シェアト様だけは真剣な表情で我々の話を聞いていた。


――アンドロメダ連合国軍人? の回顧録 1年ころ?



帝国暦98年に行われたオーリオーン帝国とアンドロメダ連合国の和平会議にて初めて振る舞われたチョコレートは訪れた客を魅了し、またたく間に両国へ広がっていった。

それまでは原産地でもカカオ粉末に香辛料などを混ぜた飲料としてその名前が用いられてきたが、アレクシア=オーリオ―ンが発見した調理法が逆輸入されたことにより、カカオ粉末を用いた菓子そのものを指す言葉になった。


――『チョコレートの誕生』 天秤新聞社 851年 3頁 



――茶会はゆったりと進み、最初は立ち話を続けていたご婦人方も席に着く。

 

 そこで出されたアレクシアとっておきの黒い菓子、チョコレートブラウニーは大変な好評を受け、ほっと胸を撫で下ろした。

 その後は商機とばかりにカカオ豆の売り込みをしていた彼女だったが、今は楽団が静かに落ち着いた音楽を奏でる中、脇の椅子に腰掛けうつらうつらと船を漕ぐ。

 そこへ、眠そうな彼女をめざとく見つけた、ここまでは裏方として働いていた老婆が軽く頭を小突く。


「アレクシア様、まだ終わりではありませんよ」

「ニケおばさま……まだ何かありましたっけ?」

「……」


 静かに睨みつける大熊の視線。瞬時に寝ぼけた脳を覚醒させて目を逸らし必死で考える。


「はい! 祭りから帰った方々をお迎えして、晩餐会ですわ!!」

「よろしい、ではお迎えの準備の指示を出しなさい」


 ぱたぱたと走り、従者達に指示を出すアレクシアを見送ったニケは一人の老婦人に声をかけた。

 老婦人はニケの義足に気づくと、とても嬉しそうな笑顔で声を弾ませる。


「あら、ニケじゃないの! 隠居したと聞いていたのだけれど! 貴女も来ているだなんて夫も喜ぶわ!」

「お久しぶりですね、アルフェラッツ王妃」

「他人行儀ね〜。昔みたいにお話ししましょ」


 若き頃のアルフェラッツ王は大変な蛮勇を振るう猪武者であった。

 しかし狡猾な絶対捕食者であるこの大熊に何度も叩きのめされ、その度に力をつけて戻りやがて大熊を退け今、暫定的ではあるが連合の盟主として立っている。

 当時その傍に寄り添い、不死の魔法将軍と知られたこの王妃も含めて、彼らは何度も何度も戦場で殺し合った仲。幾度も刃を交え、お互いの若い主張をぶつけ合い殺し合ったかつての好敵手として、今では戦友のような敬意すら感じていた。


「ディミトラちゃん……じゃなかった皇后さんは来てないの?」

「彼女は……もう」

「ごめんなさいね……歳を取るのは嫌ね。どんどん友人が少なくなっちゃう」


 命のやり取りをした同士の奇妙な友人関係。しばらく和やかに近況を語り合っていると、急に王妃の目つきが鋭くなった。


「ところでアレクシアちゃんって、ディミトラちゃんの娘で合ってるわよね? よく似てるわ」

「そうね。若い頃にそっくりでしょう?」


 やっぱり、と手を打つ王妃は遠くに見えるアレクシアの背中を見やると、憎らしいと言わんばかりの声で呟く。


「ふふ、母娘二代に渡って負けたわけね……よーく覚えておくわ」

「……戦争は引き分けよ。国境も何も変わっていない」


 穏やかな、しかしどこか悲しそうな顔で答えるニケ。王妃は目の前の偉大な好敵手に対して、悲しそうな表情を隠すこともせず言い返す。


「沢山人が死んだわ。連合もガタガタ……まだ体裁が保ててるのが不思議なくらいよ。何もかもあなたたち帝国のお陰でね」

「それはこちらも変わらないわ。でも変わるでしょう。アレクシアや、貴女の娘の代で」


 未来を作るのは次の代の仕事、と言うニケ。王妃は表情を戻して少し笑い、ニケの目を見て同意した。


「ほんと、平和になるといいわねぇ……歳なんて取るものじゃないわ。背負うものばかり大きくなって。早く次代に渡して棺に入りたくなってきたわ〜」

「棺に入る……殺しても死なない女に言われてもねぇ……」


 王妃の使う謎の魔法に、帝国軍は最も苦戦させられたと言っても過言ではない。致命傷を与えたはずの王や王妃が翌朝にはピンピンとした様子で戦場に立っていた。

 帝国は戦闘で勝つ度に消耗し、やがて後退を余儀なくされ、ついぞ大河の最も狭まった要所であるペルサキス=アルフェラッツ水道を越えて領土を奪い取ることは叶わなかった。

 それを思い出して苦笑いするニケ。老強者二人の思い出話は続く。



――ペルサキス市街



 その頃、ニキアスとアルフェラッツ王は祭りを楽しんでいた。二人が共に肩を並べて馬車に立ち酒を酌み交わし、民衆に戦争の終結をアピールする。

 彼らの眼下の市街では商人達や料理屋を営む者達はこぞって出店を出し、市民や運営に当たっている筈の両国の軍人達まで昼間から酒を飲み楽しそうに騒いでいる。

 連合国人、帝国人問わず輪に加わり酒を酌み交わし、お互いの無事と戦争の終結を祝っていた。


 そんな様子を見下ろすアルフェラッツ王は感慨深げに、息子ほどの年齢のニキアスに話しかける。


「……貴様の叔母には世話になった」

「ニケ叔母様の武勇伝は聞いています」

「奴以上の敵はいなかったからな……俺が退けて以降、貴様らペルサキスはよく持ち堪えたものだ。しかもここまで栄えているとはな」


 建物は気に食わんが、と続けるアルフェラッツ王。

 ペルサキスの箱型の建物が並ぶ軍事要塞のような味気なさは彼の好みではなかったようだ。

 五年前、連合国の内戦と帝国の経済状況の悪化に伴い一時休戦協定を結んだ際にこの城砦都市を再建するため、当時十二歳のアレクシアが指揮を取ったコンクリートプレキャスト工法で大量生産し、今尚増え続ける建物が並ぶ。

 そこに加えて貿易自由化が行われ、連合国との貿易で一攫千金を夢見る商人や家から独立した貴族の子弟達が集まり急速に膨れ上がった大都市として今に至る。


「五年前まではひどい有様でしたけどね。僕の婚約者が立て直した、と言っても過言ではありません」

「ディミトラの娘か……気をつけろよ。尻に敷かれるぞ」

「あははは……ご忠告、痛み入ります」


 実際敷かれてるからなぁ……とニキアスが声に出さずとも、その苦笑いで帝国と長らく戦ってきた歴戦の勇士は彼の状況を察していた。

 アルフェラッツ王は小さく笑い、ニキアスに対し話を続ける。


「そういえば、俺の娘……シェアトというのだが……帝国を観光したいとよく話していた。その時が来たらよろしく頼みたい」

「わかりました。しかし交換するような相手がいませんが……」

「人質交換などではない。貴様ら帝国の連中は悪党だが、卑怯者だとは思わん……いや、悪党という評価も変わっていくべきなのだろうな」

「そうなることを願っています」


 内戦から逃がしたい親心か、とニキアスは推察した。信仰心に篤い彼らからしたらアルフェラッツの血統を継ぐ司祭など絶好の神輿だろう。

 こちらとしては重たく動かしづらい駒だが、連合国との関係の良さを見せつければ中央貴族達への圧力に使えるかもしれない。

 

「政治利用は難しいぞ。あれは中々頑固でな……まぁよい。今は祭りを楽しもう、ニキアス」


 ニキアスの思考を読んだようにアルフェラッツ王が釘を差し、酒瓶を渡す。

 一筋縄では行かないな、と彼の強さを感じたニキアスはそれを受け取り、一気に飲み干した。



――その夜



 晩餐会が終わり、舞踏会が行われる。

 およそ三十年ぶりに直接会敵したアルフェラッツ王とニケがお互いに殺意に満ち溢れたように手を取り踊るのを見ながら、ニキアスは疲れ切った表情で壁にもたれ掛かるアレクシアに話しかけていた。


「本当に壁の花が似合わないね。今日はどうだった?」

「どうもこうもねーですわ。ニケに怒られっぱなしでもう……」


 皇女として、ではなくアレクシアとしての素の表情を数年ぶりに見たニキアスの口元が綻ぶ。


「先程本人とも話したんだが、シェアト王女は帝国に来るってさ。君とこの後話したいとかなんとか」

「えぇ……」

「君は疲れてるとすぐ顔に出るね。もう少し頑張って」


 全力で嫌そうな顔をするアレクシアを軽く嗜め、背中を押す。

 目の前には満面の笑みを浮かべるシェアト。アレクシアは憂鬱だった。


 別室に移り、二人で机を挟みソファに腰掛ける。

 シェアトの用意した連合国でよく飲まれている緑茶を啜りながら、アレクシアは重たい口を開く。


「……シェアト。本当に来るんですの? 内戦も終わっていないのに」

「ですからアレクシア、ただの粛清ですのよ」

「まぁそれはいいんですけど……そもそもなぜ帝国に?」

「あなたの存在を知ったからです。このペルサキスの地を全くもって平等で素晴らしい街にしたと聞きましたから。それに神の奇跡で戦争を終わらせたことはただただ尊敬に値します」


 平等ってなんだ? と首をかしげるアレクシアの疑問を見透かしたかのようにシェアトは話を続ける。


「繰り返しますが、この街は素晴らしいのです……人々はあなたの作り上げた画一的な同じ大きさの家に住み、皆あなたの起こした奇跡を讃え忠誠を誓う……」


 あれはとりあえず量産した住宅地なんだけど……と言い返しても耳に入っていないようで、恍惚の表情を浮かべたシェアトは滔々と語る。


「あなただけがこの立派な城から下々の民に命令を下す。あなただけが人々を天上の幸福へ導く。まるでわたしたちの目指す理想郷のよう」

「それは見解の相違ですわね……わたくしを含めてペルサキスの民は日々を必死に生きて幸福を目指すただの人間ですの」

「違います。アレクシア……あなたはわたしたち哀れな信徒を導く、この地上に天が遣わした女神……」


 息を荒げて身を乗り出すシェアト。アレクシアのそれと比べて遥かに豊かな胸が迫る。

 彼女の顔に被るように頭によぎる兄の顔。まさか……こいつ……と思わずのけぞるアレクシア。


「わたしはあなたにこの身を捧げたい……」

「いやいやいやいやいや、わたくしは婚約者もおりますのよ!?」

「連合国では主神ゼウスの名のもとに同性愛も一夫多妻も認められておりますので……」

「帝国ではだめですわぁぁぁぁぁ!!!」


 おふたりとも、入りますよ。と声がして突然扉が開く。

 ニケに案内されたアルフェラッツ王妃が部屋に入ってきた。シェアトは自分の母の顔を見ると、一瞬だけ恨めしそうな顔で舌打ちし、優しげな顔に戻る。


「……チッ……母上。わたしのアレクシアに何か御用ですか?」

「明日帰るのですからもう休みなさいシェアト。あとお前はちょっと常識というものを身に着けなさい」


 ちょっとじゃなくてちゃんと身につけなさいよ。と叫びたい気持ちを堪えたアレクシアは、王妃に心から頭を下げる。

 シェアトは悔しそうに爪を噛み、ニケに連れられて退出していった。


「アレクシアさん。貴女の母にはお世話になったわね。まずはお悔やみを」

「お母様に? なぜ王妃がわざわざ……」


 聞いていないのね。と王妃は腰掛け、アレクシアに亡き母の武勇伝を語る。懐かしそうに語るその眼は優しかったが、同時に憎しみが混ざった複雑な声だった。

 小一時間ほどが過ぎ、緑茶のおかわりを用意したところで話題が切り替わる。


「……そうだったのですか。わたくしからきちんとしたご挨拶もせずたいへんご無礼を」

「いいのよ。昔のことなんか水に流しましょ。それよりも今後の大河での貿易について、貴女と話したほうがいいとニキアスくんに言われたわ」

「えぇ、そういうことでしたら喜んで」


 貿易についての取り決めが進む。

 今までは大河の行き来は筏によってのみ行われてきたが、これからは大河をさかのぼった帆船による交通を解禁し、ゆくゆくは橋をかけようなど案が決められていった。

 アレクシアの売り込んだ新薬、そしてプテラノドンに活版印刷などの新技術も導入が決まっていく。さらにペルサキスに開く大学にアルフェラッツの学者や技術者達の派遣も決められた。

 すっかり明け方になり、お互いあくびが漏れたところでこの場は解散となった。


「最後に……異国の貴女に言うのも変な話だけれど。シェアトをよろしく頼むわ」

「なんでまた……」


 少し憂鬱そうな表情を浮かべるアレクシアに、王妃は母親として自分の娘を心配するような、それとも王妃として国の未来を心配するような。またはそれらが入り混じっているかのような表情で続けた。


「私達夫妻で、この内戦を終わらせるつもりなの。その後はどうかしら、シェアトが私達を継ぐのか……貴女達に帰順するのか……任せるつもりよ」


 あれは随分貴女の事を気に入っているみたいだけれど、と小声で続ける王妃の発言に驚きを隠せないアレクシア。


「祖国がなくなっても良いのですか?」


 人生の殆どを帝国との戦争に費やしてきた王妃からの発言とは思えず聞き返す。

 王妃の深く刻まれた目尻の皺が少しだけ緩むと、彼女は小さくため息をついてアレクシアの疑問に答えた。


「勿論嫌よ。でも帝国の……いや、神の奇跡すら起こし戦争を終わらせた貴女の元で、といったほうが適切かしら……そこで生きたほうが将来の民が幸せだと言うなら、それは仕方のないことね」

「そういうものですか……しかし何故わたくしにそのようなお話を……」

「この街を見て、お話できて思ったの。貴女が連合国に産まれてくれなかった事が悔しいわ……それでも私達の眼が黒いうちは貴女に下ることはないけれど」


 そう言いながら立ち上がり、にこやかに笑って退出する王妃を見送って、アレクシアはソファに座り眠り込んだ。



――その日の昼間、少しだけ寝たアレクシアは、またしても徹夜で飲み明かし城の大広間でぐったりと倒れ伏すニキアスの尻を蹴り飛ばし、港へ向かった。


 

 大河を渡る船に乗り込む連合国の貴族や軍人たちに手を振り、一時の別れを告げる。

 またいつか敵対することもあるだろう。それでも今はお互いに手を取り、共に平和と発展を目指して進むことを選んだ両国。

 しかしこの和平を代表した者達はそれぞれ国内での戦いに目を向けていた。

 

 見送りが終わり、祭りの片付けが進む街を軽く視察したアレクシアが城の書斎へ戻ると、ニケの書き置きが目に入った。


「……隠居に戻りますなんて。お礼を準備していましたのに……」


 料理長に作らせたチョコレートと、チョコブラウニーのレシピ。すぐにでも贈らせようと決めて、書斎の椅子に座る。

 これからも忙しい。明日からも仕事は続く。軍のことはニキアスに任せるとして、自分がやれることで戦わなくては。


「……まずはリブラ商会に入り込んだ虫ですわね」


 アレクシアはシェアトの発言からおそらくアンドロメダの教徒が入り込んでいることに気づいていた。

 このペルサキスを築き上げる建築事業は確かに自分が主導したが、当然皇帝の名のもとに発せられたもの。自分の業績だということが連合国にまで伝わっているとは思えない。

 そして教団と取引しているだなんて聞いていない。まさか新薬流通の指揮を取ったヘルマンが教団に入っていたのかと心配してみたが、彼はここ数ヶ月本部から動いていないはず。今の所見当もつかなかった。


 しかし。


「虫……などと……とても悲しい……」


 扉の外から聞き覚えのある声がして、思い切り書斎の扉を開く。

 船に乗り渡っていったはずのシェアトが静かに泣き真似をしていた。


「わたしたち教団司祭は俗世に入り民の声を聞き、人々の幸福を祈るのが最大の仕事なのです。理解していただけると嬉しいのですが」

「……なんでいるんですの!?」


 彼女がひらひらと見せるリブラ商会の天秤のバッヂ。銀で作られたそれは毎日磨かれているようできらきらと光る。

 先程船の上に居たはずの彼女がなぜ城内に居るのかは全くわからなかったが、たしかに城の守衛にこのバッヂを見せればアレクシアの書斎までは通ることが出来る。


「先月、連合国側の商人として新薬の試供品の配布にご協力させていただきました。そこで会員に。アレクシアの事は彼らに聞きました」

「……なるほど」


 その可能性は考えていなかったな、とアレクシアは心の中で舌打ちした。司祭すら俗世で仕事をしているとは知らなかった。

 だが教団中枢に新薬が渡ったということは都合がいい。彼らが味方になるのならアルフェラッツ王がどうなろうと連合国との和平は続き、背後の憂いもなく帝国潰しに乗り出せる。


「あの薬は使ったの?」

「えぇ! 背教者たちにずっと心を痛めていたわたしでしたが……とても幸福で満たされた……理想郷の絵が頭の中に浮かびました。そしてあの日の奇跡を目撃し……あなたしかいないと」

「あー……ということは他の司祭たちも使ったのよね。何回使ったの?」

「注意書きがありましたので、届いた日にまだ一度だけですが……他の皆様もアレクシアがわたしたちの女神なのか確かめて欲しいと仰られて……」


 素晴らしい! とアレクシアは心の中で今度は大いに喜んだ。これでますます和平は盤石。それならば敵は既に帝国内部だけ。

 もっと流通させて薬漬けにして、最後は利用価値のなくなった彼らを気分良く殉教させてやろうと決意した。

 しかし、自然と口から出てきたのは眼の前の少女を心配するような言葉だった。


「まぁわたくしが女神ではないことは言っておきますが、あの薬にはもう触っちゃ駄目。……あれは死に瀕した人に神がもたらした秘薬、あなた方司祭のような方が使うべきではありませんわ」

「あなたが言うのでしたら……他の司祭にも伝えておきます」


 なんで適当なことを言ってまでこんな奴の心配をしたんだろう、とアレクシアは不思議に思う。

 こういうタイプの人間は大嫌いだ。使えるだけ使って絶対に叩き落としてやると決めたはず。しかし母の過去を語ってくれた王妃に直接彼女を頼まれたことも事実だし、利用価値もある。

 (……それともわたくしに混ざっている前世の精神があの薬を嫌っているから……かしら?) きっとそれらが理由で心配したのだ。目の前のこいつのためではない、と自分を納得させた彼女は、自分の屋敷に入るための招待状を認める。


「ともかく、しばらく滞在するのでしたら……わたくしの屋敷を使いなさい。話は通しておきます」

「ありがとうアレクシア!」


 招待状を書くアレクシアの背後に素早く回り込み彼女を抱きしめるシェアト。

 アレクシアが離せともがいていると、そこに血相を変えたニキアスが飛び込んできた。


「王女が! いないって!」

「ここにいます。しばらくアレクシアの屋敷にお世話になりますので。あと両親には書き置きを残しておいたはずです」


 目の前にいる本人に気づき、呆れた顔するニキアスは素っ頓狂な声を上げた。

 

「は? なんでまた。そんな仲良くなったの?」


 疑問を浮かべる彼の声に真っ先に否定できなかったのも、アレクシアにとって不思議だった。

 幼い頃から皇族として大人の世界で戦い続けてきた彼女にとって初めて出会う同年代の同性の、しかも近い身分の存在だったことは事実だが。


「……」

「見つめられると照れてしまいます……」


 何故こんな奴を……と、後ろから手を回すシェアトの顔をじっと無言で見つめるアレクシア。それに対して顔を赤らめるシェアト。

 アレクシアは自分の心が理解できていなかった。

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