第六話:皇女の雷撃

前回のあらすじ!


皇女殿下、ご婚約誠におめでとうございます

 アレクシア皇女殿下の婚約式が帝国国立競技場にて行われ、実に10万人の観客がその美貌に息を呑んだ。幸運にもこの美の女神を射止めたのはニキアス=ペルサキス。昨年亡くなった父を継ぎ領主となった若き大貴族だ。(中略)これまでのアレクシア皇女殿下の歩みを2面より特集させて頂きます。


ウラニオ・トクソティス、開幕戦勝利

 婚約式に先立ち行われた天覧試合では、昨年優勝を飾ったトゥリア・レオタリアからウラニオ・トクソティスが見事な勝利を飾り、皇女殿下の婚約式に華を添えた。試合詳細は7面。


――『帝国新聞』 帝国歴98年4月号外より抜粋。



おかえりなさいませ! アレクシア皇女殿下!

 昨年帝都にお帰りになられた、我らがアレクシア皇女殿下がニキアス閣下の妻として迎え入れられる事が発表された。そこで今週は我々ペルサキスにもたらした数々のご功績を振り返る。


――『ペルサキス新聞』 帝国歴98年5月1週発行より抜粋。



アレクシア、我が娘よ。すまない。


――アポロン四世の手記 日付は婚約式当日と思われる。



皇女を見た。綺麗だった。あれは人間じゃない。


――アルバートと思われる日記 帝国暦98年ごろ。



コルセットは永久に絶対に不可逆的にこれを廃止します。


――アレクシア=ペルサキス? 7年ごろ? ペルサキス議会のものと思われる議事録。



――帝国暦98年5月下旬、ペルサキス領


 先月盛大に行われた婚約式の後、実質的に皇族を離脱したアレクシアは久しぶりにペルサキスを訪れていた。

 北部にある一年中乾燥した首都とは違い、留学生時代の彼女が築き上げた真新しいコンクリート街の中心都市を少し離れれば青々とし自然豊かな土地が広がる。

 到着して早々建設の進む大学建設予定地を視察したり、造幣所を見学したり、新しい技術開発に口を出したりなど大忙しの日々が続いている。

 民衆は新たに自分たちを治める若く美しい彼女が精力的に活動しているのを目撃し、理想の君主だと噂を広めた。

 そしてニキアスも長年に渡る課題であった連合国との和平に向かって連日連夜政務に励んでいた。


「それで? 例の新薬……改良式鎮痛剤の効能はどうでした?」

「大方姫様の予想通りでしたね。とんでもない効き目ですが……アレ、良いんですか?」


 目立つ白金の髪をシニヨンにまとめ地味なフードに隠したアレクシアは、同じく目立たない服装のヘルマンと郊外にある牢獄を訪れていた。

 以前、政治犯と聞いていた老人が病に苦しんでいると聞き渡していた新薬の効能を見るためだ。

 そこに訪れた彼女たちの目には一心不乱に牢獄の壁を殴り続ける痩せこけた老人が映った。


「別にそれはどうでもいいのですが、医者の報告書を。ふむ……強い幸福感による躁状態、痛覚の喪失、投薬5回め程から非常に強い依存症……離脱症状は?」

「えぇ、使用中止してから7日目……昨日から壁を破ろうとしてアレだそうです」


 ヘルマンが指差すところ、牢獄のコンクリートの壁にヒビが入っているのが見える。


「……魔法に近い身体強化ですわね(少し前世の知識とは違いますか。まぁ全く同じ物にはならないでしょうから仕方ありませんが)」

「拳砕けてますけどね……」

「縛り付けて経過を観察するよう指示を出しておきます。……あとはそうですわね。試供品を連合国にばら撒いてきなさい」

「は!? 正気ですか!?」


 あんな危険なものを……と言いかけるヘルマンを制し、数回で依存症は出ないのでしょう? とアレクシアは首を傾げて言い放つ。


「危険なのは刃物ですら同じですわよヘルマン。これは“正しく使えば”夢の薬ですわ。きちんと使用方法と注意事項をまとめなさい。万が一濫用されたらあちらの責任にできるように」

「まぁ、それもそうですね」


 確かに、金になりそうだし。というのがヘルマンの脳裏に浮かぶ。

 何十年も内戦を続けて多数の傷病兵に苦しむ連合国からすれば、一瞬で痛みを忘れられるこの薬は大きな商売になるだろう。


「それと……首都の医者にも少量だけ回しなさい」

「なんでまた?」

「強いて言うなら……保険ですわね」

「?……まぁ金になるんでしたら喜んで」


 ソロンの間抜けのせいで鎮痛剤が出回らなくなった以上、いずれこの新薬に頼る貴族が現れるだろう。

 首都に強い繋がりを持つ中央貴族を内側から腑抜けさせてしまえば、こちらは一層動きやすくなるし革命組織のバカどもも影響力を増すはず。

 最大の目標は五十歳を超え体調面に不安を抱えている皇帝に新薬を盛ることだが最悪それは叶わなくても良い。

 ヘルマンに何点か指示を出したアレクシアは満足そうに牢獄を後にした。


「さて次は、そろそろニキアスに助け舟でも出しに行って差し上げますか」



――ペルサキス城



「連合国……休戦以来何年も和平に応じないと思ったらいきなり使者なんかよこしやがって……完全に帝国の足元見てるよな」


 執務室。ニキアスが書類の山に埋まるように突っ伏していた。

 一ヶ月も留守にした彼の帰りを待っていた連合国の使者がもたらした最終的な和平協定の提案。その調整でもう3日は寝ていない。

 連合国との戦争に関して全権を任されていた彼は、この後も連合国の使者と終わらない会議を続ける予定だった。


「いっそ単純にハイマ大河の東西で分けりゃいいのに……兵士引き揚げろとか大河全体の漁業権とか航行権なんて絶対譲らないに決まってるだろ!!」

「あら、ニキアスったら3日ぶりですわね。まだ終わってないんですの?」


 囚人での実験を見終わったアレクシアが唐突に入ってきた。

 変装用のフードを脱ぎ捨てて髪をほどき、げっそりした顔のニキアスの後ろから書類を覗きこむ。


「あ、あぁアレクシア……様。ご機嫌麗しゅう……見てのとおりだよ」

「まだ呼び捨てに慣れないんですのね。貴方より八つも下ですのに」

「いやまぁ一応まだ皇女って身分だし」

「もう役に立たない身分ですのよ。それより煮詰まってるなら力を貸しましょうか。酷いクマもできてますし、少し寝なさいな」


 午後の会議まで1時間ほど。椅子で寝るニキアスを横目で見ると休戦協定案の内容を頭に叩き込む。

 連合国案の図々しさがひたすら癪に障るが、とりあえず分析が大事だ。


「焦ってますわね。アンドロメダ連合国盟主、アルフェラッツ王は」


 無茶な要求で金欠の帝国を譲歩させて有利な条件で和平を結び、そしてその手柄を以て連合国の主導権を強力に握り直す。

 わかりやすい戦略が透けて見えたが、あまりに頑固だと帝国が飲まないのは目に見えている。だからニキアスに対して根比べを仕掛けているのだろう。

 現にニキアスは譲歩して大河の東西分割を提案するつもりでいるが、もう少し連合国にとって有利な条件を求めてくるはずだ。

 しばらくアレクシアが考え込んでいると、うたた寝から起き上がったニキアスが大きく伸びをした。


「で、なんかいい考えは浮かんだかい?」

「無いことはないですが。連合国民は結構信心深いと聞いていますし、貴方が良ければやりますわよ。東西分割で良いのでしょう?」

「あぁ、もう15年もその維持で限界だよ。こっちに有利にしてもその維持に割くほどの兵も予算も厳しい」

「そう思いますわ。手っ取り早く解決してみせましょう」



―― 一週間後、ハイマ大河の東西を挟みオーリオーン帝国軍とアンドロメダ連合国軍の大軍同士が対面していた。



 5月下旬のハイマ大河流域は長雨の季節。生憎の曇天だがアレクシアは晴れやかな笑顔でアルフェラッツ王を迎える。

 大河の東西を統治するペルサキスとアルフェラッツ。長年に渡る因縁の敵同士は大河の中洲で対峙した。

一際大柄で威厳のある風体をしたアルフェラッツ王はアレクシアを値踏みするように見下ろす。

 

「こんにちわ、アルフェラッツ王。わざわざ盟主殿が出くわしていただけるとは光栄ですわ」

「……貴様が皇女アレクシアか。提案は面白いが、神に決めてもらおうなどと傲慢ではないのか」

「人を護るのが神でしょう? それに我々の神祖アポロンは太陽の神。そちらの天空神ゼウスは雷神でもあると聞きますから、この季節はきっとあなた方の味方ですわ。まさかこの条件で反故にするなどありませんわね?」

「ふん、当たり前だ。無謀な提案だが……貴様の父に泣きつくつもりで来たようだな……」

「その時は神の決めたこと。泣いて許しでも請わせて頂きましょう。そちらも恨まないでくださいまし」

「……せいぜい雷鳴に怯えていろ」


 大河の両岸にそれぞれ長い丸太を立て、雷が落ちた方の案を呑む。

 ニキアスと共に疲労しきった使者はアレクシアの単純明快な提案を受け入れ、一週間の準備の後に現在に至る。

 その間も大河周辺で頻繁に落雷があり、にらみ合う兵たちにも負傷者が出るなど緊迫した状況が続いていた。


「では互いに丸太を立てるぞ」

「えぇ。わたくしは祈りを捧げましょう」


 それぞれの合図で両岸に丸太が立てられる。

 準備を眺めながらアレクシアは新しく開発した雷魔法の詠唱を始めていた。

 呪文はデタラメで構わない。両腕を天に向けて大きく広げ、全神経を集中して雷のイメージを固めていく。

 やがて雨雲が光を放ち、雷鳴が鳴り響く。両岸の兵士たちはこの美しい皇女の身振りに神々しさすら覚え、固唾を飲んで見守っていた。


「……神祖アポロンよ。我ら帝国の民を守り給え……(雷雲に……電気を……こちらの棒からルートを伸ばして……まだ落とさない……)」

「貴様らの神は所詮人間よ。我らが神に敵うはずもない」

「(今!)……ブロンテー・スィエラ」

 

 アレクシアが大きく挙げた両腕を振り下ろす。

 瞬間、雷轟がとどろき、彼女を笑っていたアルフェラッツ王の顔が凍りついた。


「いいえ、ここは人の世。信じるものだけに都合の良い神などおりませんのよ」


 にこやかに笑みを向けるアレクシアの後ろ、ペルサキス側に立てられた丸太が真っ二つに割れ、明るく燃えていた。

 両軍の兵士たちはそれぞれ大歓声を挙げ、やっと家に帰れると国境紛争の終わりを喜ぶ。特にペルサキス軍の兵士はアレクシアの見せた奇跡に目を輝かせていた。

 そして雷とともに振り始めた雨に打たれながら天に向かい叫ぶアルフェラッツ王。


「そんな馬鹿な、天空神ゼウスよ! 我々を見捨てたのですか!?」

「あなた方の神も……きっと神の恵みであるこの大河を仲良く使えと言っているのでしょうね」

「ぐぬぬ……」


 白々しいアレクシアの一言に何も言い返せないアルフェラッツ王は、唇を噛み締めながら右手を差し出した。


「神が決めたのなら盟主として二言はない。条件を呑もう……」


 最初から完全な東西分割といえば飲んだのに……向こうは向こうで相当苦労していますわね……と思いながらアレクシアはその手を握り返した。



――ペルサキス城、執務室



「いやー、助かったよアレクシア! しかし雷が確実に落ちる保証はあったのかい?」

「……えぇ、まぁ」


 風呂から上がり着替えたアレクシアを抱きしめるニキアス。彼もまた終戦を喜ぶ一人だ。今は明日の和平調印へ向けて準備を進めている。

 抱きしめられたまま頭を撫でられ、苦笑いのアレクシアはニキアスに問いかける。


「雷は神の御業ではなく自然の力で、どこに落ちるかも誘導できる、なんて言ったら信じます?」

「到底信じられないが……君が言うならそうなんだろうね」

「要は火や風のように魔法で操れるのですわ。原理がわかっていれば出来るのですが……うまく説明できませんわね……」

「まぁいいさ。雷なんか簡単に操れたら戦争はもっと悲惨になる。君だけが使えればいい」


 正直アレクシアも簡単な原理しか理解していなかったから、ほぼ勘だけで雷雲の電気の増幅と落雷の誘導を行っていた。

 ただ、この成功は彼女の立てた仮説に近づく。魔法は本質的には人間の精神力をエネルギーに変換するもので、呪文はあくまでイメージを固めるため行う祈りの儀式のようなもの。

 つまりこれまでは旧王国語で読まれていた呪文を帝国語に翻訳してもなんの問題もない。さらに言えば口に出すことなく放つことが出来る。


「あーそれと、皇帝陛下へ連絡は出しておいた。新しい輸送方法を試してみたから往復で1週間もあれば返答が来ると思う」

「え、実用化したんですの? まさか本当にやる方がいるとは」

「風魔法で空を飛ぶ……怖いもの知らずの士官がいてね……」


 首都へ早馬でも片道10日はかかる道のりを3日まで短縮する。

 この画期的な発明により、無謀にも世界で初めて空を飛んだ男は歴史に残ることになる。竹で組んだ骨組みに布を張ったグライダー。

 魔法で起こした風を当て吹き飛ばされるように離陸し、その後はヨットのように上に大きく突き出した縦帆に風を受けて前進する。

 世界初の飛行機には製作者であるアレクシアによって風変わりな名前が付けられていた。


「プテラノドン? だっけ。君の名前のセンスはよくわからないけど」

「(見たまんまなんですけどね)半分くらい冗談だったのですが……たった一人で……魔法は保つのでしょうか……」


 結論から言うとこの輸送は成功した。ただ操縦者であったこの士官はあまりに精神を消耗し数日寝込むことになる。

 この成功以降、グライダーの改良が進み紙の配達には空輸も用いられるようになり、ニュースや手紙は今までの五分の一程度の時間で届けられるようになっていった。


「皇帝陛下が直接顔を出すかはわからないが……いずれにせよ盛大なお祝いにしないとな。向こうもその方がいいだろう」

「向こうはアルフェラッツ王だけでしょうけれど、連合国内のミラクやアルマクにアディル……あと何でしたっけ……への牽制にはなるでしょうからね」

「あぁ。帝国と和平を結んだって事実だけで連中はアルフェラッツを攻めづらくなるだろう。こっちも動きが取りやすくなるからお互い得してる」

「? こちらでもなにか動きますの?」


 そうだよ。とニキアスはにこやかに笑う。


「我らペルサキスの義務は帝国の守護。国内の不穏分子を排除していかないとね」

「不穏分子って……」

「まずは革命組織、スコルピウスとか言う連中だな。次に田舎の貴族だか役人だか分からん連中を僕たちの支配下に収める……それと中央の腐れ貴族を排除する」


 指折り数えながら楽しそうに数える眼がぎらぎらとした輝きを放つ。


「最後は、僕たちで皇帝を打倒するってとこだね。君を皇帝に立たせて帝国をより強固に作り直すんだ」

「……何を言っていますの?」

「良いかいアレクシア。僕は僕の仕える先を決める権利がある。それが君なんだよ」


 君が皇帝だったら文句を言わずに仕えただろう、と彼は続ける。


「どうせ君もそのつもりなんだろ?」


 彼を肯定して良いものかとアレクシアは悩んでいた。

 いずれ皇帝も革命組織も貴族達も全て叩き潰すつもりでいたが、今はまだ時期が早い。

 そして彼女の目標は帝国そのものの崩壊と、この大陸の手が届く範囲まで全てを壊し尽くし新たな秩序を築くこと。

 自分の思い通りにならない人間を全て排除し、自分だけの理想の世界を築くこと。


「……仮にそうだとして、わたくしが裏切るとは思いませんの?」

「否定はしないんだな。嬉しいよ。もし裏切られたら……その時は……君を殺して僕も死ぬか。僕が裏切るようなら君は迷いなく僕を殺すだろうし」


 この男は本気だ。と完全に理解したアレクシアは、ニキアスの覚悟に頷いた。

 どうせ自分のことをよく理解していて、軍事にも精通している彼は必要だ。それならいっそ使えるところまでは使う。

 頷く彼女に満足そうな笑みを浮かべた彼は膝をつき、真剣な面持ちで彼女の眼を見つめる。


「アレクシア。改めて言おう……君と同じ夢が見たい」


 古い絵画に描かれた騎士のように跪き頭を垂れ、手を差し出す彼を見下ろし数瞬考え、同じ絵画の女王のように彼の手を取る。

手の甲に軽く口吻を受けたニキアスは、その跡を大事に抱え込むように両手を組み胸に当て立ち上がる。


「わかりました。ニキアス、悪夢を見る覚悟を決めなさい」

「君と見るなら良い夢だ」


 二人は笑いあい、お互いを固く抱きしめた。

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