第七話:勇者の密行
前回のあらすじ!
僕はやっと仕えるべき方を見つけた。
――ニキアス=ペルサキスの手記 帝国歴95年ごろ?
祝! 和平成立! アレクシア皇女殿下の奇跡!
数々のご功績をあげられた『雷神』アレクシア皇女殿下が、ついにアンドロメダ連合国との和平をもたらした。本誌では翌週から発行する号外にて、皇女殿下を讃えると共に、亡くなった両国の方々への追悼を込め、43年の長きに渡ったハイマ大河戦争史を振り返ります。(アンドロメダ連合国、アルフェラッツ新聞との合同企画です)
――『季刊ペルサキス』 帝国暦98年夏号より抜粋。
空を飛びたいなんて、みんなが俺の事をバカって言ったけど……まぁバカだったよ。
――テオ・プテロン著『最初の翼竜』 リブラ出版、19年、18頁。
――98年5月上旬、アレクシアとニキアスがペルサキスへ向かっていた頃。アルバートは帝国南西の辺境領を訪れていた。
首都での開幕戦を終え、ランカスター王都に戻った彼はエリザベスから南西辺境領に金貨を運ぶように命令を受けた。
本来ランカスター人が無断で領外に出ることはできず領境の街道には検問があるはずなのだが、今通っている山奥の獣道には帝国の検問どころか賊すらいない。
アルバートが命令を受けたのは以前彼がここを通ってランカスター領を脱出し首都まで歩き、ウラニオ・トクソティスの入団試験を受けに行った経験を買われてだった。
「懐かしいなこの分かれ道、昔歩いたところじゃないか。北へ向かえば首都方面、このまま真っ直ぐ西に向かえば辺境領だったな」
鼻歌を歌いながら西へ向かう。
道中に点在した集落はどれも小さく宿すらなかったため夜を越すのにも苦労した。
やっと村が見えたと思えば狼の巣になっているランカスター王国時代の廃墟。2回ほどの野宿を挟み、ようやく海辺にあると言う街に着いたのだが。
「ここか……ただの漁村にしか見えないが……」
塩田が広がるのどかな海辺。
朝の漁が終わったらしく磯の香りの中に混じって燻製の良い香りが腹に響く。
匂いにつられて近隣を見渡すと、比較的立派な家の庭で燻製機に火を入れる中年の男に声をかけられた。
「悪いね。わざわざ来てもらって。エリザベスには来なくていいと言ったんだが……彼女が検問の抜け道がまだあるか君で試すと言っていてね」
「エリザベス様もなかなか人使いが荒いからな……それであんたは……」
「ようこそ、アルバートくん。私だよ私、イクトゥスだ。王国語で読めばイクサス……と言ったところかな」
以前アルバートに家庭教師を雇い遣わした貴族。イクトゥスは燻製作りの手を止めて軽く会釈する。
貴族なのにそんなことをしているのかと面食らったが、とりあえずつられて頭を下げる。
「見ての通りの貧乏貴族でね。ラングビのチームなんかないし、有名人の君には都合いいだろう」
「役人すらいなかったが……」
「こんな辺境で人も少ないしあまりにも平和でね。納税の催促にしか来ないんだ……それはそうと昼食がてら本題に入ろう。屋敷に来てくれ」
――イクトゥスの屋敷
料理人も居ない屋敷の台所に立ち、イクトゥスは魔法の火を起こす。
しばらくすると美味しそうな魚の匂いが伝わってアルバートの腹が鳴る。
アルバートはそれをごまかすようにイクトゥスの背中に話しかけた。
「一人で住んでいるのか」
「あぁ、妻は裁判官だから首都で暮らしている。子どもたちも一緒だ。こんな田舎よりは教育に良いだろうし」
「そうか、大変だな」
「気楽なものさ。慣れればそんなに悪くない。村人たちも私が留守にしてても気にしないしね」
手際よくテーブルに並べられた魚の干物と芋、そして添えられたよくわからない植物。
魚は美味しいが無駄にぬめぬめする植物の奇妙な食感になかなか飲み込めず手が止まる。
その様子を苦笑いで見るイクトゥスは自分の分を手早く食べ終えると、別の部屋からガラガラと台車を押して大きな木箱を運ぶ。
木箱の中から取り出したのは陶器の瓶だ。
「これだ。ウチは連合国の漂流船がよく流れ着くんだが……この間救助した時の礼に手に入れた」
「これは……?」
「黒色火薬……と言うらしい。火をつけると爆発する粉だ。助けた中に偶然製造法を知っている者がいて、今ウチで生産してる」
瓶の中からサラサラした黒い砂のようなものを手に取り、アルバートは興味深そうに眺める。
「爆発する粉? 初めて聞いたな……」
「洞窟コウモリの糞石から抽出した結晶と、近くの火山で採れる硫黄と炭を混ぜたものだ。まぁとりあえず実演してみよう」
庭に出る二人。イクトゥスが土に埋めた小瓶の口に縄を挟むと、反対側の端を少し離れたところに置く。
「瓶の破片が結構危ないから念のため屋敷の影に隠れて、あの縄を狙って火魔法を撃ってくれ」
「あぁ、えーと、……火神よ、力を貸し給え……ファイア」
縄に点けられた火が少しずつ進む。そして火がたどり着いた先で庭に鳴るこもった破裂音。
恐る恐る壁から顔を出すと、埋めたところを中心に人の顔ほどの穴が空いているのが見えた。
「面白いだろ? 小指の先程の量でこれだ」
「すごいなこれ……」
「ちなみに、火種よりは魔法の火の方が威力が高くなるらしい。理由はわからんがね」
魔法の専門家じゃないからねぇ。と付け加えて、イクトゥスは庭の穴を埋める。
「それで、これをエリザベス様に?」
「あぁ。魔法もいらないし便利だろう。濡れれば使えなくなるが、乾かせばまた使える」
「……何に使うんだ?」
「そりゃあ帝国軍と戦う武器だよ。瓶に詰めて投げつけたり仕掛けたり……軍人の君のが思いつくんじゃないかな」
便利で手軽。もっと大量に扱えば魔法より遥かに威力のある攻撃になるだろう。その辺の漁師が少量持っているだけで兵士に対して脅威を与えるものかもしれない。
「たしかに大した訓練もなく使えるのは便利だが、危ない気もするんだが」
「そんな事言ったら銛だって人を殺せるし、間違って怪我する事もあるじゃないか」
「うーん……まぁそれもそうか……」
屋敷に戻りエリザベスに届ける在庫を運び出しながら、アルバートはふと気になったことを尋ねた。
「しかしどうしたって帝国貴族がランカスターに協力するんだ?」
質問を聞いたイクトゥスは一度答えづらそうに目を伏せ、口を開く。
「エリザベス……というかランカスター家にはウチの家は負い目があるしねぇ」
「……そういやイクトゥス、あんたから家名を聞いてなかったな」
「この国の誰もが知っている家名だがね。とっくに剥奪されたよ。ご先祖様がランカスター王を裏切った末路さ……戦後は帝国からも裏切り者と蔑まれてね。ウチの家はこんな狭い漁村と廃墟に枯れた土地だけの、『南西辺境伯』なんて呼ばれる名前のない貴族になったんだ」
言いにくいことを言わせてしまったと、アルバートは少し後悔していた。
歌劇でも演じられる難攻不落のランカスター城陥落、そのきっかけは王を裏切った貴族が城の裏口の警備兵と共に投降し、手薄となった場所を吐いたことによるものとされる。
そのため彼の先祖は不忠の貴族の代名詞として知られていた。アルバートも当然知っているが、イクトゥスの名誉のためにあえて口には出さなかった。
気まずい空気が二人の間に流れ、イクトゥスは無理やり明るい声を作る。
「代金は受け取ったし、小さいが船は用意してあるから載せておく。明朝に出港するからゆっくり休むと良い」
「ありがとう。しかしあんな少額でいいのか?」
「むしろ代金など断ったくらいだ……百年越しの贖罪と受け取ってくれていい」
「他の同志達には?」
「まぁそれなりの金額で譲るつもりだよ。何をどうしても金は欲しいからね」
翌朝、数日ぶりの温かい布団でぐっすりと寝たアルバートは大きく伸びをして港へ向かうと、イクトゥスの姿を見つけた。
「すまない、遅くなった」
「気にするな、ちょうど積み込み終わったところだ。君の馬も乗せてある」
「助かる。それじゃあまた、今度は金持ちになってると良いな」
「そうなってると嬉しいな。こちらこそ礼を言うよ。旅の無事を祈る」
出港するアルバートに手を振るイクトゥスが見えなくなってしばらく、よく晴れた海を行く船の上で暑さで参っていると、一人の船員が話しかけてきた。
手渡された水筒から水を飲み、酸っぱい果実を齧ると少しだけ元気が湧いてくる。
「アルバートさん、船酔いは大丈夫です?」
「ん? あぁ、問題ないよ」
「南東に向かう航路では外国の海賊がよく出ますから、いざというときは頼みますよ」
「ここで聞かされるのか……来ないことを祈りたいんだが……」
嫌な予感は的中するものだ。
やがて水平線の向こうから現れた帆船は、帝国でもランカスターでも見たことのない頑丈そうな船体を見せつけるように近づいてくる。
「……千里を見通す眼を与えよ。テレスコープ」
強化した視力で近づく船を観察すると、日に焼けたガラの悪そうな男たちがこちらを指差しながら何か話し合っているのが見えた。
アルバートがため息をつきながら船長に声を掛け見たままを伝えると、船長は甲板の船員たちを呼び集めて指示を出す。
甲板とマストに散っていった船員たちを見送ったアルバートは船長に尋ねた。
「それで船長、あとどれくらいでかち合うんだ?」
「観察ありがとよ。この風だと20分くらいだな。帝国南の陸地はほとんど断崖絶壁だし逃げるのは難しいが、ウチの船員を舐めてもらっちゃあ困る」
「戦うのか?」
「アレくらいの海賊船なんかかわいいもんだ。先月は三隻沈めた。野郎共! 気合入れろよ! アンドロメダ万歳!!」
「「アンドロメダ連合国万歳!!」」
船長につられて声を揚げる船員に、連合国の船だったのかと驚くと、船長がにやりと歯を見せて笑いながらアルバートの肩を叩く。
「俺達は元連合国海軍でな。南洋で遭難して流れ着いたのをイクトゥスのオヤジに救われて以来、オヤジの手伝いをしてんのさ」
連合国海軍は帝国の海軍より進んだ軍事力を持っていると言われている。
豊富な水と豊かな土地に恵まれた帝国と違い、資源に乏しい連合国では昔から海への進出が積極的に行われ航海術や船自体の建造技術も進んでいた。
ランカスターでも僅かながら彼らから漁船や防衛のための船を購入している。
「ほれ、アルバート。剣持っとけ。あーっと、火魔法は使うなよ。船沈んだら全員お陀仏だからな?」
船長から投げられた剣を受け取り喊声を揚げる船員たちに加わり、海賊船に刃を向ける。
向こう側からもそれが見えたのか、真っ直ぐ突進してきた。それに対して上手く回り込み、海賊船に横付けすると船員たちは次々とマストから飛び移っていく。
「流石、連合国海軍は頼もしいな」
「だから言っただろ? ほら向こうからも来るぞ行って来い」
「あぁ」
身体強化呪文を唱えたアルバートは木の板を懸けて飛び移る海賊を次々と海に叩き落とし、海から上がってこようとする者も剣で殴りつけて海へ還す。
何語かわからない悲鳴を上げて落ちていく海賊たちを見下ろし持ち場を守っていると、いつの間にか戦闘が終わっていた。
船員たちが捕らえた海賊を縛り上げ、お互いの手当をしている中、船長は嬉しそうに海賊船の値踏みをする。
「連合国基準でも良い船だ。何よりほぼ無傷なのが良い。修理して使うかな……副船長! 半分連れて向こう行け! 目的地で合流する!」
「はい! 船長!」
半数近くの船員が向こう側の船で作業を始めようと渡っていくところに顔を出し、船長に申し出るアルバート。
「捕らえた海賊、できればランカスターに連れていきたいんだが」
「ん? 必要なら持っていけよ。殺されないだけこいつらも喜ぶだろ」
アルバートの申し出を聞いた船長は海賊たちに向かって何やら異国の言語で呼びかけ、アルバートのことを指差す。
途端に安堵の表情を浮かべる海賊たちの一人がアルバートに話しかけた。
「帝国語、聞く、分かる。話す、少し。あなた、恩人」
「恩人って……襲っておいて……まぁいいや。ウチに着いたら真面目に働けよ」
「わかった、伝える」
――その後の航海は順調に続き、丸一日が経った頃、ランカスター南部の港に到着した。
アルバートはランカスター人の脱走を見張る帝国調査官からの追求を避けるため、地元の水先案内人の服に着替えて接岸した船から降りる。
ただ調査官は面倒そうに彼を見ると、特に何をするわけでもなく見張り小屋に戻っていった。
「よくご無事で。おかえりなさい、隊長」
「アンナ! 迎えに来てくれたのか」
「……エリザベス様の命令ですから」
港でエリザベスからの迎えで来たアンナと合流し、海賊達を引き渡す。
「南国の海賊ですか。悪さをしなければ良いのですが」
「一応俺が恩人らしいからな。なんとか躾ける努力はするよ」
「分かりました。馬車に乗せましょう」
海賊たちを馬車に詰め込み、続けて二人で荷降ろしの手伝いをしていると酒を飲んで顔を赤らめた船長が現れた。
二人を交互に見た船長はニヤニヤと楽しそうに陽気な声を掛ける。
「あぁ、アルバートの女か……なかなかいい女じゃないか」
「連合訛りの貴方、隊長とはそのような関係でないと訂正してもらいたいのですが」
食い気味な否定をしたアンナは少し怒ったように背を向け作業に戻る。
その背中を見て船長は少し呆れている素振りを見せたが、アルバートの方を向き話を続けた。
「素直じゃないねぇ彼女。大変そうだな」
「いや、実際そんな関係じゃないけどな」
「お前は女心を理解する努力をしろよ? あー、そうそう。奴らの船が着いたら積荷は半分やるよ。……これでお別れだ。元気でな」
「あぁ、そっちこそ元気で。ありがとう船長」
短く別れの言葉を告げ固く握手を交わし、背を向けながら手を振る船長に頭を下げたアルバートは作業に戻った。
――数日後 ランカスター城
「ほんとアルバートっていい仕事するわね!」
エリザベスは満足そうにつぶやいた。
大量の黒色火薬、おまけに異国の蛮族。扱いやすい駒を二つも運んでくるとは予想以上の結果だ。
「ランカスター人でも帝国人でもない、連合国人ですらなく足が付きにくい……私達が欲しかった戦力……」
帝国相手に喧嘩を仕掛けるのに謎の異邦人という立場は非常にありがたい。
中央貴族の領地に嫌がらせをするにしても見た目が違い言葉の通じない彼らは余計な良心が働きにくいし、ランカスターや味方の貴族に疑いが行くことはないだろう。
なんなら黒色火薬で作った爆弾を持たせて首都で破壊工作でもさせてやろうか。彼らが見つかったら爆破出来るように細工してやれば自分たちに犠牲を出すことなく安全に帝国を攻撃できる。
どう使ってやろうかと考えていると、火薬を倉庫に運び終えたアルバートとアンナが戻ってきた。
「エリザベス様、終わりました」
「あぁ……お疲れさまでした。二人ともお疲れでしょう。後は別の者に任せてゆっくりおやすみなさい」
「それでですが……エリザベス様、あの海賊たちは俺に任せてくれませんか?」
意外な一言に驚いたエリザベスは目を丸くする。
「えっ、あ、ええ、何に使うのです?」
「彼らの船と戦いましたが、船長いわく非常に良い船だったそうで。彼らがその技術を持っていれば役に立つかもしれません」
エリザベスは少し悩むと許可を出した。とりあえずアルバートに付けてこの国の言葉などを学ばせれば使いやすくなるだろう。
それにいずれ同志や民衆を率いてもらわなければならない彼に多数の部下を付けるのは練習にちょうどよいかもしれない。
「ありがとうございます、エリザベス様」
「彼らが再び賊に戻らぬよう、しっかりと教え導くよう頼みましたよ」
「心しております」
アルバートの最初の部下はアンナであったが、彼女は軍人として先輩だった。
初めて得た明確な部下に喜んだ彼はその指導力を大きく発揮する。そして異邦の海賊たちは、やがて勇者の傍らで戦う騎士団として讃えられることになる。
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