第四話:勇者の初陣

前回のあらすじ!


遥か祖先から守ってきた鎮痛剤を売り渡したことには胸が痛む。しかし今を生きる民を食べさせなければならないのだ。

(中略)

皇帝という現人神を父に持つアレクシアは、神などいないと言い放った。それは私にとって神に感謝するべき発言だった。


――エリザベス=ランカスターの手記 帝国歴98年ごろ、日付不詳。



ペルサキス大学(仮)建設開始!

労働者募集中

 我らが領主ニキアス閣下からの発表によると、ペルサキス南部地域に大規模な学術研究施設『大学』を設けるとの事だ。既に基礎工事までは終わっており、大量の資材が運び込まれているという。労働者の募集は5面下部の求人欄で……


ペルサキス紙幣、流通開始!

 先日発表された金属に代わる新たな通貨、紙幣が流通を開始。特に混乱もなく、街中では紙幣を用いて買い物をする市民の姿が見られた。


害獣駆除に! アンドロメダ製黒色火薬!

 紐に火を点けて投げるだけ! 大きな音を立てて害獣を追い払います! 注文はお近くのリブラ商会支店まで!※注意事項(細々とした文字が書いてあるが潰れている)


――『ペルサキス新聞』 帝国歴98年3月4週発行より抜粋。



――帝国歴98年3月下旬、ランカスター城



 城と言うには少しお粗末ではあるが、百年以上前に築かれた古城、ランカスター王城にも春が訪れていた。

 一部が崩れかけた城壁には青々とした蔦が張り始め、手入れの予算不足で放置された裏庭には花々が無秩序に蕾を付ける。

 ランカスターの民が王都と自称する都では農具や冬の間に生産された織物を運ぶ馬車が行き交い活気づいていた。


「困ったわね……山賊なんて。しかもウチの領内で……」


 エリザベスが眉間に皺を寄せながら報告書を読んでいる。

 彼女にとってはありがたいことに、薬の取引停止後もリブラ商会は平気でランカスターに出入りしていた。

 穀物や織物の中に厳重に梱包した薬瓶や花の苗を少しずつ隠し輸送する見事な手際には怪しいものも感じたが、表立ってできない取引をして貴重な金を持ち込む彼らを悪く言うことはできなかった。

 アレクシアの憐れむ顔を思い出すと頭に来るがそれは一旦忘れることにする。そんなことより先刻、商人達からペルサキスに向かう道中に山賊が現れたという報告のほうが問題だ。


「ただの山賊だとすれば、まだ良いんだけど……」


 問題はソロンら帝国中央貴族の手先だった場合だ。既に密輸に気づかれているか……そうでなくてもいずれ気づかれる可能性がある。

 今回はランカスターへ向かう支払い代金の乗った馬車を襲ったようだが、当然ランカスター領内でニキアスが軍を動かすことはできないから自分たちで何とかしなくてはならない。


「次の支払いが届くのは一週間後……なんとか対策を立てないといけないわね……」


 しかし軍はこの季節、畑の植え付けに従事していて、大人数を動かしていたら今年の収入に関わってしまう。

 エリザベスは数分間頭を抱えていたが、ふと思いついた考えを実行に移すことにした。


「……そうだ、アルバートに討伐させましょ」


 今年からオフシーズンは特別士官として軍隊に参加しており、革命組織幹部でもあるエリザベスの命によりここのところ勉強と訓練に明け暮れていたアルバート。

 実戦として丁度いいのではないかと考えた彼女は軍に命令を下す。

 


――ランカスター城、軍修練所



「商人達からの報告によると、山賊は二十名程度。身体強化魔法を使い、賊にしては統率が取れている事からおそらく全員兵役経験がある。拠点は……」

 

 今回の隊長に抜擢されたアルバートが上級士官から作戦説明を受けていた。領内全域で30万人の人口を抱えるランカスター領の軍は将軍たった1人、士官は100人までに制限されており、その下に兵士……というのは名ばかりで領警察組織数百人と農民自警団の数千人が組み込まれている。しかし今は大事な作付けの時期の為そちらに殆どの人員を取られていた。


「それで残念だがアルバート。農耕期が来てしまったため動員はできん……お前の補佐に士官を一人つけるが、最寄りの村の警察と自警団から十名程度しか出せないそうだ……」

「承知致しました!」


 敵より少ないじゃないか……とアルバートは少し気が抜けたが、確かに農耕期も重要。四の五の言っているわけには行かない。

 目の前の上級士官はそんな彼に申し訳なく思いつつも、初の実戦を迎える目の前の若者に精一杯の助言をした。


「まぁなんだ……シーズン控えてんだから怪我すんなよ。あとは試合じゃないんだ。手加減はするなよ。お前が殺さなきゃ、味方が死ぬ」


 上級士官から見て、アルバートは非常に優秀な兵士であった。弓や槍、剣の扱い、投石の腕前、格闘術、そして魔法の全てにおいて超一流。

 特に身体強化魔法に優れ、魔法を使わなくても常人より遥かに強い肉体が文字通りの百人力に強化される。

 その辺の賊であれば彼ひとりでも追い払えるだろうが、一つ心配があるとすれば賊を殺すことができるか……。アルバートはあくまで競技選手で、人を殺したことはないはずだ。


 アルバートがさらに周辺の状況を詳しく聞こうとすると、扉を叩く音がした。

 入ってきたのは下級士官アンナ。黒髪を短く切りそろえ、キリッとした黒い目が堅い印象を受ける彼女は、アルバートに手を差し出す。

 顔に土がついているのはつい先程まで農作業に従事していた証拠だろう。


「遅れて申し訳ありません、アンナです。アルバート隊長、よろしくお願いします」

「よろしく、アンナ。今晩にでも出ようと思う」


 そう答えてアルバートが手を握り返す。

 握手を交わした二人は上級士官から細かな説明を受け路銀を受け取り外へ出る。

 これから馬を手配し夜に出発すれば明日の夕方には着くだろう。


「賊はおそらく山中に拠点があるだろう、ってさ」

「でしょうね。人数がいますし、水や食料の確保を考えると……近くの村に流れる川の上流が怪しいと思います」

「だとすると村が危険だな。最初に現れて3日は経つ。俺達がついたら5日目……」

「襲われているかもしれません。覚悟はできていますか?」


 もちろん、と即答はしたかったがアルバートにはできなかった。

 下級士官として賊退治や獣狩りの経験もあるアンナと比べて、鍛えた技をラングビという競技の場でしか披露したことのない自分に経験が不足していることは理解していた。

 そして経験不足からくる自信のなさは明らかだった。


「隊長。村民は私達の生活を支えている方々です。私達が守らなくてはいけません」


 そんなアルバートの葛藤を見透かしたかのように彼の目を真っ向から見つめながらアンナは続ける。


「それに、貴方は皆の勇者です。月並みな言い方ではありますが、がんばりましょう」

「……わかった。行こうか」


 励ますのが下手だな、とアルバートは感じたがその心遣いが嬉しかった。



――領境の村



 馬で東への街道を走り一日半。

 賊退治の作戦を練りながら走ったアルバートとアンナの二人は、村について休息しようと計画していた。

 ところが近づくにつれて違和感を覚える。


「なんかおかしいな。夕方に差し掛かるのに人の気配がない」

「そうですね……農作業からも戻っているはず。万が一のことがありますから注意を」

「あぁ。慎重に行こう」


 村に入った二人の違和感は確信へ変わる。

 辺りに立ち込める血の匂い、そして転がる数十人の村人の死体。ここが襲われたのは明らかだった。


「うっ……これは……酷い……」


 死体を見るのは初めてではないが……こんなに大量に見たのは初めてだ……、と思わず口を抑えながら顔を背けるアルバートを尻目に、アンナは死体の下へ向かう。

 死体の手足に触れ、しばらく観察してから彼女はその見開いた目を閉じさせると静かに話した。


「まだ柔らかい……死んでから間がないようです。気をつけてください、近くに賊が潜んでいるかもしれません」


 アルバートは頷き、吐きそうになる口を抑えたまま歩き出す。

 無理やり息を飲み込む彼を気遣うようにアンナが背中を優しく叩く。


「…うっ」


 小さな子供まで……なんてことだ……。ラングビの試合で帝国を回る彼は子供のファンも多い。キラキラした目と甲高い声で送られる声援を思い出すと、アルバートは胸が締め付けられるような悲しみを覚えた。


「隊長。辛ければ吐いても構いません。私も最初はそうでした。これが私達軍人の世界です。そして民衆……弱者の現実なんです。見たくもないものですが、どうか目を背けないでください」

「……そうだな。すまない、今やらなきゃいけないことを教えてくれないか」


 混乱した頭では考えられない、とアルバートはアンナに教えを請う。


「まずは生存者を探しましょう。それからです」

「わかった」


 手分けして探す二人だったが、辺りが暗闇に覆われても生存者は見つからない。

 仕方なく比較的綺麗な一軒の家を少し掃除すると、二人は休息することにした。

 火を起こして家に蓄えられていた芋を焼きながら話し合う。


「駄目でしたか……仕方ありませんね。流石にこれは手を借りないと無理ですから、一度戻って援軍を呼びましょう」

「……いや、死体の中には賊だと思われる者も数人いた。それに子供の死体が少ないから、きっと奴らは遠くまで行っていないはず」

「子供が連れ去られたと見るのは妥当ですね。追いかけることはできると思いますが」

「そうだ。追いかけて子供たちを取り返す」


 そんな無茶な、とアンナは驚いた。たった二人で賊を討伐するなど無茶も良いところだろう。


「奴らに追いついたら、アンナには子供の保護をお願いしたい。俺は奴らと戦う」

「……失礼ですが隊長。実戦経験はないのでしょう?」

「無いな。でも、俺の身体強化魔法があれば暗闇に紛れて多少暴れることはできるはずだ。失敗しそうになったらすぐ退却してくれていい」

 

 アンナは黙り、しばらく考えた。確かに大岩を軽々放り投げ、素手で鉄鎧を貫く全力のアルバートなら一人のほうが戦いやすいかもしれない。

 ただ彼は……


「……賊を、殺せますか?」

「もちろんだ。この惨状は奴らに命で償わせないといけないからな。少し休んだらすぐにでも行きたい」

 

 俺は勇者アルバートだ。ずっと弱者の側で戦ってきた。それは何をしてたって変わらない。

 そう自分に言い聞かせるように考えると力強く頷き、拳を握りしめるアルバートの瞳にちらつく火が大きく揺れる。


「頼む。俺が奴らを殺す。君は子供を助けてくれ」


 アルバートが振り絞る言葉に、アンナは頷いた。



――山中



「あそこか。ある程度驚かせれば子供は置いていくだろう。頼むぞ」

「わかりました。ご武運を」


 馬と人の足跡をたどり数時間。深夜を回った頃、山中遠くに火が見えた。

 アルバートは馬を降り、アンナに隠れるよう指示する。そして河原の丸石を拾い集めて腰袋にしまうとゆっくりと歩き出した。


「(……見張りは三人……キャンプを囲むように一人ずつか。皆殺しにしたから油断してるな)」


 魔法で強化した視力で観察するアルバートは息を殺して賊の数を数える。

 にぎやかな様子でキャンプをする賊たちを怒りの眼差しで見つめながら、周囲の地形も頭に叩きこむ。


「(全部で十八人……奪った食料で宴会とは呑気だな。遮蔽物もないならラングビのフィールドと同じ……やれるな、アルバート)」


 両手で顔に土を塗る。本来人の良い彼のルーティーンは、自身を全く別の人間……戦士として奮い立たせるための戦化粧だ。

 アンナや上級士官が見たら驚くような、そして敵には恐怖を与えるような目つきに変貌した彼は極めて冷静な思考で状況を見極めていた。


「(一人離れたな。便所か。まずアレから殺す)」


 川へ向かう一人を目に留めた。

 酒に酔っているのかフラフラした足取りで向かう賊の後を追い、服を脱ぎ茂みに隠す。そして好機を待つ。


「(まず一人)」


 鼻歌を歌う賊を一瞬で後ろから抱きついて押し倒し、賊を川に叩きつける。溺れて暴れだす手足を力づくで抑えながら頭を川底の石に叩きつけた。

 賊の頭が砕かれ、赤い水が流れていく。水音に気づいた見張りが来る前に死体を引き揚げて茂みに隠し濡れた体を拭いて着替え、石を手に持った。

 仲間を探しに来た見張りに狙いを定めると、彼にとっては軽い力で投げつける。

 首筋に石が直撃した見張りの力が抜けて崩れ落ちるのを確認して息を吐いた。


「二人……首が折れたか」


 二人目の死体を引きずり川に放つ。ここまでは上手く行ったが、問題は残る16人……各個撃破は難しいから、どうしても表に出る必要がある。

 大きく息を吸うと、茂みに隠した死体の頭から流れる血を顔に塗りつけた。


「汚いが……今の俺には丁度いい。人殺しだしな」


 初めての殺人。しかも二人続けて。とはいえ不思議と罪悪感はなく、むしろ高揚感さえある。

 胸の高ぶりと相反して震える膝を殴りつけ、自分に言い聞かせた。


「村人たちの無念を晴らさないといけない。子どもたちを救わないといけない。アンナと無事に帰らなきゃいけない……」


「誰かのためなら俺は怖くない」


 見張りは排除したから、キャンプに直接殴り込んで乱戦に持ち込む。自分の身体強化魔法を以てすれば訓練で手加減していてすら五十人の士官と互角に戦える。

 全力を出すなら絶対に勝てると確信した彼は静かに呪文を唱え、ランカスターの神、三頭の獅子に戦の勝利を願う。


「よし、行こう」


 力強く足を踏み出す。強化されたその足音は小石を踏み砕き、大地に響き渡る。

 キャンプに近づくと何事かと思った賊が飛び出してくるが、彼は腰袋から石を取り出しながら落ち着いて相対した。

 たった一人、しかも一見丸腰の彼に賊たちは安堵したように笑い出す。


「あぁん? ただの兵士かよ。しかもたった一人か?」

「子供を置いていけ」

「なんだテメェは、金払うならいいけどあんのか?」

「子供を、置いていけ」

「それしか言えねぇのか? まぁいいわ。覚悟できてんだろうなぁ?」

「覚悟ならある」


 ニヤける賊たちはそれぞれに武器をアルバートに向けるが、アルバートは石を大きく振りかぶると全力で投擲した。

 パァン、と弾けるような音が響き、山にこだました。


「三人。死にたくなければランカスターから出ていけ」


 察しの良い数人が逃げ出すが、十人以上の賊がまだ血の滴る、首から上を失った仲間の死体に釘付けになっていた。

 その隙を逃さずさらに石が飛び、一人、また一人と血しぶきと共に倒れていく。

 我に返った賊たちが襲いかかるが、アルバートにとってみれば身体強化魔法すら唱えていないただの賊など物の数ではなかった。

 素手で剣を叩き割り、革鎧ごと腕を引きちぎる。回し蹴りの一撃で背後に回った賊の腰をへし折り弾き飛ばす。

 たった数分で動けなくなった者の山を築き上げ、一人ずつ頭を踏み砕きながらこの場の最後の生き残りに冷酷な声で告げた。


「お前が首領か。身体強化は使ったか? 逃げてもいいぞ」

「バケモノめ……こんだけ殺されて今更逃げられるかよ」

「バケモノはお前たちだろ。あんなに殺しておいて」


 お前もだよ! と叫びながら斧を振りかぶる首領の懐に潜り込み顎先を殴りつけ気絶させ、倒れた身体を見下ろしながらアルバートは息をつく。

 全力を出した反動か、普段ラングビの試合後すら感じたことがないほどの疲労感を覚えて座り込む。

 意識を失った賊の首領を忌々しそうに見た彼は、一人小声で呟き、天高く星がまたたく夜空を見上げて仰向けに寝転がった。


「……運が良かったな。こっちの強化が時間切れだった」

「アルバート! いえ、隊長! よくご無事で!」


 子どもたちを連れたアンナが駆け寄ってくる足音を聞いて安心し、アルバートは目を閉じた。



――翌朝



 昨日休んだ村の民家でアルバートはひとり目を覚ました。

 今だ感触が残る手のひらを開いたり握ったりしながら、神に感謝の祈りを捧げていた。

 昨夜のことを思い出すと思わず後悔ともつかぬ言葉が口から漏れる。


「俺は正しいことをした……そうだよな」


 その通りです。と澄んだ声がして横を見ると、鎧姿のまま座って寝ていたであろうアンナが起き上がる。


「先程、王都から来たリブラ商会の馬車が通りましたので……子どもたちを乗せて引き返して貰いました。皆隊長に感謝をしていましたよ」

「そうか……良かった。賊の首領は?」

「縛って閉じ込めてあります。我々で連れて帰りましょう」

「わかった。すぐ行こう」


 アルバートは立ち上がろうとして、体中に手当の跡があることに気がつく。


「手当は君が?」


 少し頬を赤らめるアンナは小さく頷く。


「細かい怪我をしていましたので。身体も拭いておきました。……魔法に頼った突撃は危険だと軍でも教わったと思いますが」

「ありがとう。次は気をつけるよ」


 心配しての小言に対して笑顔でお礼を述べるアルバートから目を逸らしたアンナは、馬を用意してくるとだけ早口で告げると外に出ていった。


「王都に帰ろう。……まずは着替えないとな」 


 立ち上がり大きく伸びをした彼は、大手を振るって王都に凱旋しようと決めた。

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