第三話:皇女の注文

前回までのあらすじ!



ベネディクト皇太子殿下、次期皇帝へ!

アレクシア皇女殿下はどこへ?

 先月行われた後継の儀の結果、現皇帝陛下の長子ベネディクト皇太子殿下が次期皇帝として選帝された事が皇室から発表された。また、同関係者筋によると長女であらせられるアレクシア皇女殿下は、留学経験のあるペルサキスへ嫁ぐことが噂されている。本誌2面より関係記事へ続く…



トゥリア・レオタリア、初優勝!

最優秀選手はアルバート


 シーズン最終戦、帝国首都での決戦を制したトゥリア・レオタリアが悲願の初優勝を果たした。選手インタビューは本誌17面より…



ラングビ最終戦、八百長疑惑?


 ウラニオ・トクソティスの経営者代行、ソロン=クセナキス上級官僚が(ここから先の記事は破り捨てられている)



鎮痛剤、取引停止か?


 帝国議会からの情報によると、何らかの健康被害が確認された模様。製造元であるランカスター家当主、エリザベス=ランカスターはこの被害について否定している。※本誌記者による調査を続行します。



――『帝国新聞』帝国暦98年2月発行より抜粋。




――アルバートが革命軍への参加を承諾したころ、エリザベスはアレクシアの屋敷を訪れていた。



「なるほどねぇ……わざわざ領主が一人で金の無心なんて……エリザベスったらそんなに苦しいんですの?」

「……はい。皇女殿下。どうかこの通りにございます……」

「ふぅん……」


 応接室の床に膝をついて懇願するエリザベスを見下ろしながら、アレクシアは考えていた。

 正直ランカスター領に旨味はない。何度も反乱を起こしその度に鎮圧されては税を上げられる負け犬にどうして金を貸す必要があるのか。

 申し込まれた借金の額は大したことはない。大方春に植える種苗の代金だろう。

 アレクシアの隠された右腕であるペルサキス商人たちならば7日もあれば稼ぎ出すような端金を借りるために、五つも年下の小娘に膝をつくとは哀れにも程がある。と少しだけ同情したものの、正直なところ真冬の寒さの中屋敷の前で跪くエリザベスが余りにも哀れで中に入れてやっただけで特に話をする気はなかった。

 ただ、一応聞いておかないのもどうかと思ったので少しだけ聞いてやることにしただけだった。


「そうね……わたくしの所へ来た理由を聞かせて貰えるかしら?」

「ランカスターに出入りしているペルサキス商人からお話を伺いました。非常に聡明で先進的で女神様のようなお方で、きっと力になってくれるだろう……と」

「残念ながら神などおりませんのよ。それに返す当てのない借金の申込みなどと……あー……いや、確かありましたわね」


 話している最中、特産品として薬があったことを唐突に思い出すアレクシア。

 植物から採れる黒い軟膏のような鎮痛剤、簡単に痛みを忘れ、元気に動き回ることが出来る。

 アレクシアはそんな効能の植物に心当たりがあった。


「鎮痛剤……アレの取り扱いをわたくしの手の者に独占させて貰えるかしら。あとは栽培方法と製法も詳しく教えてくださる?」

「……それは……」


 足元を見やがってこの小娘……などとエリザベスにとっては悪魔との取引、苦渋の決断を強いられる。

 先祖代々に伝わる重要な資金源として栽培方法も収穫方法も門外不出、種の一粒の持ち出しすら厳しく管理し独占を守り抜いてきた。

 しかし王族の誇りを捨てて土の上に跪いたのだ。手ぶらで帰るわけには行かない。


「悪い取引ではないはずですわ。わたくしに任せればアレの値段は跳ね上がりますから」

「わかりました。その条件を飲みましょう(あれはランカスターの暑い夏にしか栽培できないはずだし……なんにせよ他のどこにも借金はできない…これしか…)」


 妙に自信満々のアレクシアを少し訝しんだものの、今はもうこれしか手段がない。

 契約書を交わしたエリザベスは屋敷を出ると深くため息をついた。


「あの小娘に良いようにやられましたわね……今思い返しても……ん?」


 屈辱を忘れぬようにと思い出すエリザベスは、思い返したアレクシアの言葉に違和感を覚える。


「『神などいない』……まさかあの小娘は……」


 思わず笑みが溢れるエリザベス。神祖アポロンや現人神である現皇帝を否定する言葉など特に皇族であれば冗談でも絶対に話す筈がない。

 つまりアレクシアは既に皇室を見限っているのかもしれない。それならそれを利用させてもらう。


 王国復興のためには好き嫌いなんかできない……あの小娘を使い潰す。あとはアルバートに帝国市民を味方につけて貰えれば。そう考えを巡らせる。ジョンソンや同志達は今頃説得に成功しただろうか。

 アルバートを上手く使って弱者を懐柔して、アレクシアの財産を利用して帝国に一泡吹かせてやる。百年の恨みを自分の代で晴らしてみせる。

 きっと自分ならできる。そう決意し領地へ帰ろうとするエリザベスの心は晴れやかだった。



「革命軍に金貸しすることになるなんて……しかも生命線の薬まで差し出すとは……想像以上に困窮しているようですわね……」


 エリザベスが帰った後、契約書を書き写してしてリブラ商会へ送る。アレクシアにとってこの契約は本当に意外なことであった。

 旧王国地域を中心に西部や南部の貴族たちは帝国への忠誠をなくし、秘密裏に同盟を結んで上級官僚と組み虚偽の報告で税をごまかしていることは知っていたし、そのごまかした税がどこに流れているか商人に調べ上げさせた結果が革命組織の存在だった。皇帝に即位したらすぐにでも暴き出して叩き潰すつもりでいたが。


「全く……反帝国派の負け犬貴族どもめ。せいぜい民衆の支持を集めて帝国に歯向かってくださいな」


 烏合の衆など簡単にまとまるものではない。いくら同盟を結んでいるとはいえ担ぎ上げる神輿がない以上確実に失敗するだろう。反帝国派貴族から見れば理想的な血統のランカスター家など今更民衆は誰も支持しない。

 貧乏貴族共が頑張ったところでせいぜい帝国を弱らせる役割をしてくれれば十分。あとは自分がやればいい。


 ただ、民衆が愚かなものだと思い大衆文化に興味もないアレクシアはその支持を集める大スターが誕生していたことを知らなかった。



――帝国歴98年3月



 婚約が決まってから一ヶ月半、そして婚約の儀式まであと1ヶ月。目立った動きを避けたいアレクシアは暇を持て余していた。

 ソロンからの命令を完全に無視させて入手した薬を暇潰しに研究しているくらいで、一日のほとんどを彼女の大好きな甘味を食べて寝転がり、自堕落に過ごす生活で少しふっくらしたようにも見える。


「クッソ暇ですわ……薬の研究も飽きましたし、ニキアスたちは一生懸命働いてくれていますし……」


 薬は思った通りのもので、この世界では植物油と混ぜた軟膏として医者や軍隊に流通している黒い塊。

 精製する作業を使用人にやらせたら頭をやられてしまったが、予定通りなので別に大した事ではない。変な噂が立つ前に今年分の給料全額に退職金も多めに渡して地元に帰らせていた。


「科学の発展に犠牲はつきもの……夢でよく見た台詞ですわね。できた製品は連合にでも流して……んー」


 滑らかな深紅の唇に雪のように白い指を当て考えるアレクシア。

 帝国の弱体化は望ましいが、あまり弱体化されると後で困るのはわかっている。連合国にでも流通させて金銀を吸っておこうかと考えていた。

 だが異界の歴史を知る彼女は知的好奇心の悪魔に誘われる。


「どれくらい早く広まるか……帝国内なら簡単に調べられますし……興味ありますわね」


 まずは罪人たちで実験しよう。

 ペルサキスへ行ったらできる事が増えると思うとアレクシアは楽しみで仕方ない。

 しばらく腑抜けていた自身に喝を入れて、夢日記を捲りながらやるべきことを思い出す。


「あと使えそうなもの……活版印刷に新型の弩の試作くらいは済ませておきませんとね。鍛冶屋に発注しましょ」

「あぁ、魔法研究も進めておくんでしたわね」


 彼女はこの世界の魔法の正体に仮説を立てていた。身体強化魔法、風魔法、火魔法。大きく三種類に分かれるそれは異界の科学知識を持つアレクシアには何をしているかなんとなく想像がつく。


「要は何らかのエネルギーの付与なんですわ。熱や力以外にも具体的なイメージさえできればもっと自由に扱う事ができる……多分そのはず……おそらくは……」


 結局、アレクシアの生涯で開発した魔法の殆どは普及しなかった。この時代の人間には理解し難い原理のものが殆どであったし、魔法は武器や肉体の補助として使う程度のものでしかなかったからだ。

 ただ彼女の遺した研究資料は後の魔法研究者達の大きな助けとなる。



――ペルサキス領郊外



 “日当たりがよく、それなりに水が豊富で、かつ人里からある程度離れたところに以下の施設を。なるべく早く、できれば半年以内に。”


 2月末にニキアスから届いた発注の為必死に土地を探して一週間。

 結構な無茶振りにも応えるのがペルサキス商人の信条である。任された彼らはそんな土地あったら農地に使われとるわと思っていたが、探せば意外とあるものだったようだ。


「ここにはなるべく大きな温室を建てろって……ニキアス様はまた何するんだ?」

「なんでも姫様がお好きな花の花畑を作りたいとかなんとからしいぜ兄貴」

「こんなだだっ広い研究施設を建てる姫様、花畑なんてガラじゃねぇだろ……」

「あらかた金の成る花じゃないかなぁ。ほら伝説にある花びらは黄金で花粉は金粉なんていう」

「そんなもんあったら金の値段暴落して困るだろアホ」


 呑気に図面を引く温室担当の職人兄弟の周りでは先に整地作業を進めるチームが大勢いる。

 手っ取り早く完成させるために殆どの建物は極力簡素化し、ハイマ大河沿いに点在する防御陣地と同じ金型を利用したコンクリート部品を大量に生産、そして現地に輸送して組み立てという方式を取る。

 さらにニキアスが訓練と称して軍人達を動員したため彼らの強力な身体強化魔法で作業効率が上がり、半年の工期には間に合う工程が組まれていた。

 そのため施工管理を命じられた現場指揮官は夜明けから日が沈むまで現場を監督し、それから明日の予定に事務仕事に……とひたすら仕事に追われほとんど寝られない毎日を過ごす。

 可哀想な彼はいきなり背後から掛けられた声に振り返った。


「どうだい、調子は?」

「ニキアス様! えぇ、非常に順調で……本日は視察でございますか?」

「順調で何より。勝手に見ていくから気にしなくていいよ」


 軍人である現場指揮官は、見知った顔のニキアスに驚く。こんな忙しい現場でお偉いさんの予定にない視察ほど面倒なことはない。

 横にいるヘルマンはアレクシアの下でさんざん働かされた経験を思い出し、指揮官に同情した。


「ペルサキスの城下町並に色気のない建物になるし、いずれ改築しないとな。アレクシア様の開く大学に相応しい建物にしたい。その時もよろしく頼むよ」

「……はっ! 承知致しました! 全力で取り組ませて頂きます!」


 現場指揮官は青ざめ、内心で泣いていたが、ニキアスはその顔色を面白がっていた。


「今のところは冗談だよ。あぁ、予定より早く完成したらより多くの賞与を出すと言ってやれ」

「はっ! そのように通達致します!」


 ニキアスからの賞与。気前のいい彼からはいい額が出るだろう、と喜ぶ現場指揮官の顔色が戻る。

 張り切って走っていく彼の様子を満足気に眺めたニキアスは、ヘルマンの方を向いて話しかけた。

 

「それで、ヘルマン。求人の方はどうなんだい?」


 指揮官が仕事に戻るのを見送ると、ニキアスはヘルマンの方を向いて話しかけた。


「順調そのものです、ニキアス様。科学者や技術者、発明家など……自称も混じっておりますが……順調にペルサキスへ移住させております」


 ヘルマンは懐から名簿を取り出しニキアスに渡す。

 ニキアスはそれを捲りながら続けた。


「ふーむ、連合国からが多いな。実際に出入りしてどうだい? あっちは進んでるのかな?」

「割と……そうでございますね、あちらは内戦が続いておりますからな。特に兵器分野で新しいものが見受けられます」


 例えばこの粉、と小瓶に入った黒い粉を見せるヘルマン。


「この粉に火を付けると大きな爆発をするんですよ。向こうでは陶器にこれを詰めて投げつけたりするとか」

「へぇ、面白そうだねぇ。こういうものをウチでも作れれば色々と捗るし、尚更この大学は完成させないとな」

「まぁ現状でも買うのには困らないでしょうが……帝国内での商売には十分でしょうな」

「あぁ、商売といえば……紙幣って言ったかな。紙のお金の流通状況は?」


 アレクシア肝いりの政策が紙幣の流通だ。現状、金貨や銀貨、銅貨に至っては産出量や流通量に大きく縛られるし、希少金属の割合を下げた悪貨も流通している。

 都市を少し離れれば物々交換が主流となっていてとにかくコストが掛かってしまう。

 それを改善し経済をより大きく回したりより正確に把握するため、価値の低いものに価値を付加して通貨にする……という政策が進められていた。現在は堅い樹皮をなめし、ペルサキス家の紋章を印字したものが何種類か流通している。

 早速春の土地税徴収(ペルサキス領では今年利用できると見なされた土地面積に応じて掛かるもの)に当たって納税の一割を紙幣にして戻し、その金で仕事に必要な道具の購入を奨励していた。

 領内で紙幣での決済を拒否したものは厳罰に処されると規定したが、領内最大の商人組織であるリブラ商会が紙幣流通や決済に当たって全面的に協力をしたために今のところそのようなトラブルは起こっていないようだ。

 既に紙幣から金貨への両替はペルサキス家が所有する銀行のみが行うと規定され、二年後には領内での全ての決済を原則紙幣とすることが発表されている。


「主に農民や地域商人は喜んでおります。我々のような貿易商はどうしても金貨を使わねばなりませんが……」

「まぁそれでいいんだよ。両替はウチの家の儲けにもなるし」


 にこにこと笑うニキアスだったが、少し浮かない顔でヘルマンは答える。


「首都からの役人はいい顔をしておりませんでしたがねぇ。奴らは我々田舎者が豊かになるのを好まないようで」

「本当にうるさい奴らは困るな。こっちは金も血も納めてるっていうのに」


 苛ついたように役人に対して文句を言うニキアス。

 納税したらその分の福祉を。というのは彼の価値観でもある。帝国に納める税が非常に重いのは不満だが、それを一番感じているのは庶民だ。

 貴族は庶民を幸福へ導いてこそ貴族である。多くが平民階級である兵士とともに帝国の防波堤であり続けるペルサキス家に代々伝わる教えを彼も守り続けている。


「進捗や役人達の動き、アレクシア様には定期的に報告しております。婚約式のあと、ペルサキスに入られた際にはすぐに政務に入られるかと」

「助かるよ。正直僕一人じゃ頭が弾け飛びそうだ」


 婚約が決まって以来ニキアスは寝る間も惜しんでアレクシアからの課題に取り組んでいた。

 送られてきた課題とその解説はちょっとした本より分厚く、ヘルマンという良き師の解説があっても非常に大変な作業であった。

 しかし、ある程度形にはなってきたが、まだきちんと理解できたとは言い難い。

 無論ニキアスはアレクシアを全面的に信頼し取り組んできたが、流石に国防任務と二足の草鞋は非常に厳しいものを感じていた。


「嫁入りの条件に無理難題を押し付ける美女の物語は子供の頃に読んだけどさ……あれよりキツいな……」

「ははは、帝国一の軍人貴族も型無しですなぁ」

「全くだ。それじゃあ僕は城に戻るから引き続き頼んだよ」


 苦笑いの二人はこの後もアレクシアに振り回されると覚悟していたが、確かに充実感を覚えていた。

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