三杯目 神奈川県横浜市 家系風ラーメンやました
ずだーーーーーーーーん!!!
やましたで濃厚豚骨ラーメンを啜っていた眼鏡の男の目の前で、一緒に来ていたもう一人の力士のような巨躯を誇る男の体が大きく弧を描いて、そして床に叩きつけられた。
眼鏡の男はこれまで向かいに座っていた男がありえない動きをしたことに大きく目を見開き、口をあんぐりと空け、そして割り箸を零した。
コンッ
床に落ちた割り箸が甲高く小気味の良い音を立てて、そしてそのうちの一本が奇跡のように床に直立した。
投げ飛ばした方の男は音もなく立ち上がると、さっきまでラーメンをすすっていた巨漢の顔を一瞥し、声もなく眼鏡の男に向かい合った。徐々に眼鏡の男の額に青筋が浮かび、目を更に見開いて全身を一度二度震わせたのち、両の拳を机に叩きつけて叫んだ。
「東園ーーー!!!お前ぇぇーーー!!!」
眼鏡の男が立ち上がって掴みかかろうとした瞬間、東園と呼ばれた男が相手の手を取りつつ身体を屈め、全身の向きを変えて相手を腰に乗せ一気に跳ねた。
ずだーーーーーーーーん!!!
投げ捨てられた丸められた紙のように空を飛んで、そして天井を仰ぐ形になった。投げ飛ばすのに慣れているのか、その大げさな音の割には不思議と痛みはない。ずれた眼鏡をなおそうとしたときに視界の端に床に割り箸が二本直立しているのが見えた。
やましたの天井に東園のシルエットが浮かび上がる。
「ないよ、ないない。試用期間3ヶ月必死に働かせておいて、明日から本採用というタイミングで解雇通知なんて。今日中に社宅を退去せよって。それはないよ。」
東園は静かに言う。
「濃厚豚骨全部のせごちそうさまでした。私物は今夜中に撤去します。」
慣れたものだ。怒りに任せて怒鳴り散らすようなことはもうない。上司二人が横たわるラーメン屋を何もなかったのように颯爽とあとにする。いくつもの屈折を経て身一つで九州から横浜まで流れ着いたが、ここでも首はつながらなかった。暖簾をくぐって出たらまた新しい人生の始まりだ。
「とりあえず今夜から野宿か・・・まぁ研究を続けることはできるだろうか、できないだろうか。まぁ、するか。」
さっきのラーメンにニンニクを入れすぎたか身体がアツい。故郷を離れ頼る人もいない絶望的な状況にも関わらず、六月の終わりの体にまとわりつくような空気にも負けないぐらいのエネルギーが体に満ち溢れていた。
家系風ラーメンやましたは山下公園に近い繁華街にあるかなり繁盛しているラーメン屋。家系「風」というところに言い訳がましさがある。ラーメン食べ歩きが趣味だった市職員だった店長が健康を害して半年ほど療養したあと退職して始めたラーメン屋であり、特別どこかで修行したわけではない。何となく横浜なら家系だよね、でもそのへんは抜かりなく、というわけである。ごまかすためにヤケイフウと読むことにしている。店主はイエケイラーメンと聞くたびにびくってなる。濃い豚骨醤油にスープがよく絡む太い縮れ麺。もやしにたっぷりにんにくと背脂。チャーシューは厚めなのが三枚が標準。定番の濃厚豚骨は800円。店主のおすすめは海苔、茹でキャベツ、ほうれん草、味玉のトッピングとチャーシューが2倍の六枚になる濃厚豚骨全部のせ1100円。実はこっちのほうが利ざやが大きい。少々攻めすぎたために過去に一回修正申告あり。
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