二杯目 福岡県福岡市 中華箱崎

ずだーーーーーーーん!!


お前が背脂かというほど恰幅の良い若い男がラーメン屋を音もなく綺麗に舞ったのち、店を揺るがすような大音をたてて床に落ちた。40年は溜め込んだであろう油にまみれたホコリが店内を舞い、店が黄色くなる。


「こんにち、わわわっ!」


挨拶をしながら入店しようとした客が背負投げを決められて受け身も取れずに床に落ち呻く男と目が合って慌てて回れ右をして店をあとにする。今日はそういう日じゃなかったわと言い訳をしながら。その背中はしかし、言うまでもない、それは一本だ、と静かに語りかけていた。


「営業やっていたら理不尽なこともあるのわかりますが、これはいただけない。こんなのは絶対ダメだっ!中華麺ごちそうさまでした!明日からもう出社しません、さようならっ!!」


自分より若い上司をラーメン屋で投げ飛ばした男が柔道家が帯にそうするようにベルトを直し一礼をして退店していった。3年前熊本のラーメン屋で教授を投げ飛ばした男は、新天地を求め福岡で大学研究所に出入りする薬品卸の営業をしていた。少しだけ回り道した結果、若い上司のもとで働くことになったが、折り合いが悪く、いよいよ営業成果をかすめ取るだけじゃなく、不正の片棒まで担がせようとしたため(どうせその後全部押し付けるに決まっている)、ついに背負投げが炸裂した。


「もっと、こう、なんというか、ちゃんとしたところ、いやちゃんとしていなくてもいいんだけど、もうちょっとちゃんとしたところで、できれば研究みたいなことをしてみたいんだよな、、、できればもう一回、あのときの興奮を味わいたい。」


そうひとりごちた男はわずかばかりの貯金を手持ちに九州をあとにした。次にこの街を訪れるのはすべての戦いが終わる10年以上先になるとはこのときまだ彼は気がついていなかった。



中華箱崎は箱崎キャンパス正門出てすぐのところにあった中華料理屋。学生職員に愛されて50年続いたがキャンパス移転とともに惜しまれつつ閉店した。閉店してからしばらく店頭の入店待ちベンチに座って仲良く日向ぼっこする隠居した夫婦にOB/OGが手を降るのが見られた。中華箱崎はオープン四年目に米軍のファントムが向かいの大学の計算センターに墜落という事件が起きた。このときデモ隊のヘッドクォーターが店内の一角に設置されたという逸話がある。おすすめは中華麺500円(オープン当時は160円)。澄んだスープにナルトとネギとメンマが浮かぶ。チャーシューは向こうが見えるほど薄いのが2枚。可もなく不可もなく。中華麺に半チャーハンをつけるとプラス150円。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る