第五章 私が男であるために

 本部からメールが来た。

 メールの内容は、今が緊急事態であるからほかの部隊が来るまで戦えとのことと、怪異の位置情報の更新だ。

 位置情報によれば、怪異はまだ近くに居るらしい。

 小屋から出て、辺りを見回す。いない。

 すぐに戻れる範囲で山を下ると、赤い触手が見えた。


 「……いた」


 怪異を発見した。

 この怪異はアズマが倒した個体よりも大きく、赤かった。そして、ヒビキを連れ去った個体でもある。

 怪異はこちらへ向かってくる。小屋へ向かうつもりだろう。ヒビキにはまだ気づいていない。


 「こんにちは」


 ヒビキはできるだけ上品に、そしてできるだけ声は大きく、怪異に向かって挨拶をした。

 怪異はこちらを向く。


 「どこへ向かうつもりかしら」


 ヒビキは怪異に向かって歩き出す。


 怪異もこちらに向かって歩く。

 ヒビキと怪異が向かい合う、一度負けた敵だけに、彼女はそれなりに緊張していた。

 その緊張こそ、今のヒビキが望むもの。


 「食らえッ!」


 怪異に向けて、全力の回し蹴りをする。今だに注射でホルモンを入れていないヒビキの右足が痺れる。

 怪異がこちらを敵ととみなし、こちらを攻撃してくる。

 ヒビキはスカートのポケットの中から、最終手段として持っていた効力3.35倍ホルモンを後ろに避けながら体に入れる。

 これはホルモン適合が最高に高く、医療に慣れているヒビキだからできることである。

 体に高濃度のホルモンを接種する。これは寿命を削り、十五分かけないとホルモンが肉体のホルモンと結合せず、異能が使えないが、緊張状態になることで寿命はさらに削れるが、結合する十五分を短縮することが出来る。

 ぱきり、と木から音がする

 木々が鉛になる。

 ヒビキの能力が高濃度ホルモンによって、一時的に進化した。

 元々、ヒビキの能力は空間から鉛の弾を出現させるのだが、厳密には違う。酸素や窒素を鉛に返還させると言うのが正しい。

 ならば、地面に生えている木も酸素と窒素を含んでいるため、能力をホルモンで強化すれば鉛化が可能である。

 ヒビキはバックステップと鉛の木の枝を伸ばして攻撃を防いだ。


 「ここから先へは行かせません」


 ヒビキは瞼を閉じて話しだす。


 「南海さんや北沢さんが、そして何より」


 瞼を開く。目の前の怪異が触手を飛ばしてくる。


 「怪我した女の子がいます」


 その触手を木の枝で全て縛る。


 「私は今、その子を守るために戦う。私が男であるために」


――守られてばかりの男なんて、かっこ悪すぎるもの。

 怪異が鉛に向けて、電流を放つ。

 半導体の鉛は電気を通り、ヒビキに降り注ぐ。

 ヒビキはそれを振りほどき、構えた。


 *


 状況を整理する。

 怪異は、電撃を放ち攻撃してくる。物理攻撃も可。

 対するヒビキは、あたりの木々を鉛に変えて、それを鞭のように攻撃できる。

 攻撃範囲はヒビキの方が広いが、ヒビキの攻撃を一度当てただけで倒れるほど怪異は弱くない上、怪異の電撃を一度でも当たればヒビキは致命傷を負うことになる。

だとすると、ヒビキの方が不利だ。


 「ぐ……」


 電撃をかわした先で、怪異の打撃を受けてうめき声を出す。

 この怪異は触手を持っているほどの軟体生物で、掴むなどの圧力による攻撃があまり効かない。さっき鉛でつかんだ時もするりと抜けられた。

とっさにできる他の攻撃は打撃攻撃しかない。打撃攻撃は命中しやすいが、怪異にあまり効いていない。手や足で受けてくるのだ。まるで空手かキックボクシングみたいに。

 あらかじめ来ることがわかっている打撃は意味を成さない。つまり、ヒビキの勝利条件は怪異の死角から致命傷となる打撃をすることである。


 「よっ」

 

 ヒビキは電撃をかわしながら作戦を考えた。


 「…………」


 考えたはいいものの、ずいぶん無茶である。


 「……でも、アズマならどうするんだろう」


 アズマは、勝機が見つかればそこにすべてをかけそうな女だ。

きっと、迷わないだろう。

 殺伐とした雰囲気だが、ヒビキの頭にはアズマのあの中性的な笑顔が浮かんでいた。

 やってやる。そう決心したヒビキは走りだし、飛び上がった。飛び上がった先にある鉛でできた木の蔓を掴みさらに飛び上がる。

 怪異は電撃をまとった右手をヒビキに向けて突き上げる。ヒビキはかわすすべがない。

 

 賭けに勝った! ヒビキは心でそう叫んだ。

 

 上を向いた怪異は下から生えてくる鉛の根に気付かず、それに足をつっかえて転ぶ。

 うつ伏せになった怪異にはかわすすべがない。

 ヒビキは鉛に変換する原子を木々から大気に戻し、今できる最大の鉛の弾を作った。

 直径一メートル二十五センチ。重量一トンと二百五十キロ。

 

「くぅぅぅらぁぁぁぁえぇぇぇぇぇぇぇ!」


 鉛の弾を、大玉を、怪異の頭めがけて落とした!

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