第四章 昼寝好きのドリーマー 3

 倒れた葵を寝かし、アズマは戻る。

 アズマはブチギレていた。理由はいくつかある。新しいブラジャーが壊れたこと。宗助と葵が標的にされたこと。滝沢が殺されたこと。ヒビキに責められたこと。


 「……」


 自分の感情が死んでいること。

 アズマは怪異に向けて指を差す。


 「いいか、今、俺は怒った。よってお前が死ぬことは確定した」


 今までは方法を選ばなかっただけだ。そこ気になれば目の前の怪異なんぞすぐに殺せる。そう言いたげな顔だった。

 そしてそれは事実だった。

 アズマは実際、手段を選んでいた。

 生存率が高く、比較的怪我をしにくい戦い方をしていた。

 そもそもこの戦いは、アズマが怪異を殺せば勝ちという、今この状況と、怪異がアズマに対して好戦的であることから考えれば、大分アズマが有利なはずなのだ。

 アズマが死のうが、怪異を殺せば勝ちなのだから。

 アズマは両手に刀を生やした。怪異を見据える。刀の刃が怪異に向くように腕をクロスにする。


 「行くぞコラ」

 地面を蹴って怪異に向けて突っ込む、怪異はかわそうとしない、自分のほうが相性が良いことを理解している。

 靴を足で投げる。電流で燃え尽きる。申し訳程度の陽動だが意味を成さなかった。


 「食らえッ!」


 片方靴下で走る。怪異の首めがけて刀で切りつける。

 体中に電流が走る。改造人間でもなければとっくに感電死してる。さっきの靴は陽動としては意味がなかったが、靴に集中を向けさせたことで少し電流が弱まった。


 「……ぐ、ぐ、ぐ」


 電撃がアズマの攻撃を跳ね返すものの、アズマも負けていない。傷つくことを恐れない人間は強い。


 「オラアアアアアァ!」


 ついにアズマは電撃を跳ね飛ばし、怪異の首を両手の刀で斬り落とした。


 「…………」


 怪異を撃破したはいいが、敵は二匹居るとメールに書いてあった。今のところここには居ないが、どこかには居るのだろう。

 今のアズマは満身創痍だ。この五人を助けるにしても、今のアズマだけでは無理だ。なのでひとまず、ヒビキを一番最初に起こすことにした。


 「おい、ヒビキ」


 不機嫌そうなヒビキの顔を軽く叩き、呼びかける。

 起きる気配がない。


 「…………」


 トランスセクシャル・バスターズ同士で意識不明者に自分の細胞を入れると、意識不明者の意識に干渉することができる。

 ヒビキは失神しているわけではなく、眠らされていると判断したアズマは意識干渉することに決めた。


 *

 

 「すまない……ヒビキ。これからは、叔父さんの家で世話になりなさい」


 私に父は中小企業の社長で、私が七歳くらいの頃までは上手くやってくれたが、事業に失敗で倒産し、私を残して雲隠れ、私は親戚をたらいまわしにされ、たどり着いたのが孤児院だった。

 いやはや、自分たちが居るのに子供を孤児院に預けるなんてひどい人達だなと思ったが、父の飛び火で、親戚はいくらか金を払わされたらしいので、それも踏まえたら、まあ仕方ないかなって思った。


 そんな私には夢がある。野望と言ってもいい。

 大金持ちになることだ。

 会社で失敗する前の父のように、大きな金を持っていたい。

 でも孤児院は金がないので大学に行けず、大金持ちになることは難しいことを知ってしまった。

 金持ちになるにも、金が要るのだ。

 そこで私は孤児でも金持ちになれる方法を探った。

 そこでトランスセクシャル・バスターズという存在を知った。最初の方は給料が少ないらしいが、上り詰めればかなりの額が手に入る。

 性別を変える代わりに異能の力で怪異を倒す、なんだか風俗と軍隊を混ぜたようで嫌だったが、贅沢は言えない。

 私はトランスセクシャル・バスターズという組織で大金持ちになる。

 大金持ちになって、まず最初に何を買うかは決めている。

 私は父と母を買う。

 父と母は金がなくなったから、私の元を去った。だから金が手に入れば戻ってきてくれるはずだ。

 私はネガティブではなく、できるだけポジティブな気持ちでトランスセクシャル・バスターズになった。

 しかしそこは地獄だった。

 初めてホルモンを刺した時の痛みはいまだ忘れられない。

 仲良くなった人も、仲良くならなかった人も、どうでもいい人も、恩人も、育成する過程で死ぬ。

 もちろん私のように生き残る人物もいることにはいるけど、それでも両手の指じゃ足りないくらい人が死んでいる。

 ホルモン適合ができるようになってからは、ベテランのトランスセクシャル・バスターズに同行して戦ったりしている。

 トランスセクシャル・バスターズは続ければ続ける程、笑顔になっていく仕事だ。

 憐れむ心が、怒る心が、壊れるのだ。滝沢院長のような人は例外。

 彼らほど心が壊れても、両親を買い戻すには全然足りない。だとすると、彼らは私が通る道なのだ。

 ふと、悪寒が走る。

 私は彼らのようになったとして、それを見た父と母はどう思うだろうか。

 そもそも彼らのようになった私は、父と母を覚えているだろうか。

 というか、父と母は私を覚えているだろうか。

 時々思う。金銭的な問題では無くて、私のことが嫌いだから捨てたんじゃないだろうかと。

 嫌いじゃなかったとしても、こんな私を愛してくれるだろうか。

 ああ、駄目だ。私はいつもこんなことばかり考えている。

 私は誰かに愛されるために、人間らしくいることを心がけた。

 でもどうだろう、今回はそれが裏目に出た。

 滝沢院長や、南海さんを見捨てるべきだったのだろうか。

 悪は単純だから一つしかない、だけど正義はいくつもあって複雑だ。だから私はいつも間違ってしまう。


 「私って、駄目だな」


 私は膝を抱え込み、顔を埋める。

 人間らしくいること間違いだった。でも人間らしくなくなれば、誰が愛してくれると言うのか。

 

 「生きてる意味……あんのかな」


 『あるッッッ‼』


 そう叫んで、私の肩を強く引く。

 アズマがいた。


 『お前は何にも間違ってねえ! あの後、怪異が暴れだして町の人数人が連れ去られた、これは緊急事態と呼んでいいことだ! だから先手を打ったお前は間違ってない!』


 大声で話が違うことを言うアズマ、なんだこいつは。



 『ああ、お前が生きる意味だっけ、えっとね……あるッ!』

 「ちょっと悩んだでしょ」

 『俺はお前のことが好きだッ!』



 息が詰まった。同じことを言われているけど、状況が違うからだろうか。



 『真面目なお前が、好きで命令違反するわけねえ! お前は院長のために怒ったんだろ、それは人間として正しいことのはずだ、なぜなら俺もそうしたかったッ!』


 「アズマ……」


 『でもそれはできなかった、我慢できてしまった。俺の感情は死んでるのかもな。でも、お前は死んでない。ちゃんと人を思う心が残ってるんだ。そんな奴は嫌われねえよ。少なくとも俺は……好きだ。

きっとお前の親御さんもお前のことが好きだ。保証してやる。

だからこんなとこで寝てんじゃねえ、夢を叶えるんだろ』


アズマが手を差し出す。私は手を握る。


 そうだ。

 私には夢がある。

 いつか私は夢を叶える。


 「お父さんとお母さんを、」


 この地獄の運命から、


 「買い戻すッ!」

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