第四章 昼寝好きのドリーマー 2

 結果から言うと、西尾ヒビキは怪異に敗北した。

 宗助を片手に持つDREAMERを見つけたヒビキは、逃げられる前に戦いを挑んだ。急だったためホルモン投与ができず、生身で戦うことになった。

 回し蹴りやら突きやらで応戦したはいいが、怪異の触手攻撃が鳩尾に入り失神してしまった。

 元々、ヒビキの能力的に、ある程度距離を取る戦い方をしていたので、接近戦に関する経験が足りなかった。それに、怪異と自分の身長差による半でもあったため、それも踏まえたら大分健闘したと言えるだろう。

 二人は怪異のアジトに連れて行かれ、アズマやヒビキ自身が案じていたように悪夢を見させられる。

 悪夢を見せられる寸前、ヒビキは一瞬だけ目を覚ます。一瞬なのでもちろん意味はなかったが。

 怪異は二匹いた。二人を連れてきた怪異の方が大きかった。


 *


 ヒビキは急いで山を登る。山道を登っていくと移動が遅くなるので、木を起点として腕や足を引っかけながら飛んで移動していた。ホルモン注射を済ませたトランスセクシャル・バスターズにはこの程度の動きは朝飯前である。

この山で巨体を隠せるのは、以前戦った屋根なしの小屋しかない。

 小屋を見つけ、扉を蹴破る。中には眠らされたヒビキと宗助の他にアズマの知り合いではない二人がいた。この二人も被害者とみて間違いないだろう。

 赤い触手、巨体、目で見える程の電気は今流れていないが、恐らくこの怪異が二人を攫ったんだろう。後ろを向いているうちに倒してしまおうと考えたアズマは手のひらから刀を生やし、怪異に切りかかった。

 バチッ、と高い音と青い光が見え刀を引っ込め、その場から二歩引いた。


 「電撃……?」


 攻撃を仕掛けた瞬間、怪異の周りに電流が流れた。攻撃が飛んでくるとその攻撃に電流を浴びせる仕組みだろうか。

――これは相性が悪いな、どうやって戦おうか。

 アズマが居ることに気付いた怪異は、後ろを振り返る。


 「最初に仕留めきれなかったのは、結構キツいな……」


 基本的にアズマは奇襲を仕掛け長期戦に持ち込ませず、一撃で倒す戦い方をしている。

 得意技が封じられたのはどんな状況でもよくはない。それにアズマは能力的に接近戦による戦いしかできない。攻撃をする度に電流が流れるとなると、少なからずダメージは自分に来る。

 怪異が構えを取る、アズマはとっさに考えた策を試すため、走りだす。

 バトルフェイズ――東野博己 VS DREAMER


 *


 アズマはDREAMERの三メートル前まで走ると飛び上がり、山道で拾った石を投げつけ、続けて刀で切りつけた。

 すると、石は怪異に当たり、刀はさっきのように電流で弾かれた。電流が刀を渡って右手に伝わった。


 「あっつ!」


 しかし、これのおかげで電流の仕組みが分かった。

 電流はある程度攻撃力の高い攻撃しか弾かず、おそらく無限に攻撃は弾けない。さっきの電流は最初よりも威力が低かった。アズマの攻撃は最初と威力はさほど変わらなかったし、何なら強めに攻撃した。

 なのに電流の威力はアズマがわかるくらいには低くなっていた。

 つまり電流はなるべく節約したいということだろう。

 弱い攻撃を電流が察知せずに攻撃が通ってしまうという仮説が違ったとしても、むしろそれはつまり、弱い攻撃に電流を使いたくないということではないだろうか。


 「そうと決まれば、やることは単純だな」


 アズマは手の平の刀で怪異を差す。


 「我慢比べだ」


 怪異に向けて飛び掛かり、両手に生やした刀で怪異を切りつけては電流で弾かれる。その度、体に電流が流れる。

 強化人間であるトランスセクシャル・バスターズには死にはしないものの、かなり痺れる。指先からは焦げた臭いがした。

 しかし、かなり無茶で無謀ではあるが、無駄ではない。

 攻撃は四回に一回ほど当たる。やはり全ての攻撃は防ぎきれないのだろう。

 当たると言っても、掠るくらいなのだが、攻撃することに意味はある。

 僅かだが、怪異にはダメージが入っているようだった。


 「ぐぐぐ……」


 しかしそれ以上にアズマへのダメージが大きかった。

 もちろん怪異も攻撃はしてくる、なので攻撃をかわしながら攻撃をしなければならない。怪異の攻撃力は強く、小屋に当たればひびが入る。急所に当たればヒビキのように失神してしまう。

 しかし全てはかわし切れない。腕や足に怪異の腕から解けた触手による攻撃を受けている。

 攻撃に電流がないことはアズマ的に大部助かった。

 怪異の触手による攻撃がアズマの右上から飛んでくる。アズマは攻撃を回避し、刀で反撃し、電流が流れる。


 「はー……」


 アズマは体力がかなりあるが、それも無限ではない。指先が焦げるのにも限界がある。

 しかし、アズマの攻撃の甲斐もあり、ようやく一撃、まともに入った。

 怪異は大きなうめき声を上げ、怒ったのかこちらに向けて走りながら攻撃をしてくる、アズマはそれをかわそうとした。



 「アズマ!」



 「葵⁉」


 攻撃が飛ぶ先に、葵がいた。

 焦るアズマを心配し、追ってやってきたのだろう。

 それにしてもまずい、アズマやヒビキのようなトランスセクシャル・バスターズなら話は別だが、普通の人間、しかも女子の葵がまともに怪異の攻撃を喰らってしまえば死んでしまうかもしれない。


 「マジか――!」


 アズマは怪異に向かって走った。そのまま怪異に体当たりをする。怪異もアズマの体当たりに気付き、反射的に攻撃をした。急所は外れたが、アズマにかなり大きいダメージが入る。

 怪異は吹き飛んだものの、攻撃したことによる最大の電流が辺りに巻き起こる。

 その電撃の勢いによって葵は吹き飛んだ。

 アズマは葵に駆け寄る。

 葵は吹き飛んだ勢いで頭を打っており、ぐったりと倒れていた。


 「…………」


 

 *


 俺が南海宗助と北沢葵に出会ったのは、今から三年ほど前のことである。


 「なあ、アズマって呼んでもいい?」


 南海は中学生の頃、今の俺くらいにちゃらちゃらしてて、出会って二日の俺にこんなことを言えた。

 ヒビキ以上の人見知りだった俺は、南海の距離の詰め方にそれはもう情けないことに、ビビり散らかしていた。

 しかしそんな俺の心も知らず、当時から金髪だった俺は、南海に自分と同じチャラ男だと思われ、めちゃくちゃ気に入られていた。だからか、距離の詰め方がもうめちゃくちゃだった。

 引っ込み思案な俺にはちょうどいい……わけではなかったけど、それなりに楽しかった。今だって楽しい。

 このちょうどいい距離が何とも言えず、ただ良かった。

お互いがお互いのことを良く知らず、だけど馴れ馴れしく呼び合うこの関係が、俺にとってとても良かった。

 しかし南海の馬鹿はそんな俺の気持ちも知らず、どんどん距離を詰めてきた。

 そして事件は起こる。俺が引っ越してきて初めての夏休みのことだった。俺は南海の家に招待された。そこで葵にも出会った。

 せっかく仲良くなれた人に嫌な気分になってほしくなかったので、俺は南海の家に行った。一泊二日で泊まり込む。

 特に変わったことはしなかったが、不味かったのは俺が男に見えることだった。 俺が風呂に入っているとき、「背中流してやんよー」と言って突撃してきやがった。

 未熟者の俺は自分が女だとばれちまった。


 「頼むから、これから態度を変えないでくれ」


 気づけばそんなことを泣きながら言っていた。

 女とばれてしまった以上、南海は俺のことを奇怪な目で見るだろう。男装してる女なんてそんなもんだ。

 変な目で見られるのは慣れている。だけど、初めて出来た友人にそう言う目で見られるのはどうしても嫌だった。

 正直、人とのつながりを舐めていた。所詮、他人だからと高をくくっていた。

 孤児院生活の過去が友人と言う存在をどこかで笑っていた。

 だというのに。

 だというのに、俺は自分の過去を無視していた。そして泣いていた。南海に泣いて頼んでいた。

 

「おう、わかった」


 南海の馬鹿野郎は、そんな俺の気も知らず、泣いて頼んだ俺の本気と反比例して、変な奴である俺に何も聞かないまま、ただ一言、そういった。

 これが友達なんだ。俺は心からそう思った。

 


 その夜は、葵も交えて夜更かししながら駄弁った。

 深夜に慣れてない二人は、やがて深夜テンションと呼ばれる高揚状態に入っていた。

 俺はここで知ったのだが、南海と葵は度が過ぎるくらいに仲が良い。深夜テンションで興奮してる二人は互いに互いのことをひたすら褒め合っていた。

 南海は葵の容姿のことを褒めていた「可愛いだろ!!!!うちの従兄妹!!!!!」こんな具合に。

 葵は南海の性格を褒めていた。これが本当に感動的だった。

 中学一年生の頃、葵は南海の友達から虐められていた。ちなみに女だった。

 南海と仲の良い葵を疎ましく思ったのだろう、だから友達は葵を仲間はずれにしたり、意地悪されてたそうだ。南海を困らせたくないから、葵は何も言わなかったらしいので、南海が気付くのに時間が掛かったらしい。

 だけど、南海はそれに気付き、女友達と喧嘩したらしい。


 「普通はね、仲いい子ほどそういう喧嘩はできないの。だけどそうちゃんはしてくれたの。ほんっと好き!!!!」


 羨ましいと素直に思った。

 こんな味方がいてくれたらなって何度思ったことか。


 「俺はさ、高校に行ったら何の変哲もない奴になろうと思うよ」

 「え、なんでさ」


 急にそんなことを言った南海に思わず聞き返す。


 「ま、目立ってもあんまいいことねえってわかったからさ」


 俺はこいつを目指していた。中学生の頃からすればどうしてこうなったのかわからないくらいチャラい奴になっていた。



 俺は南海と葵に憧れていた。

 しかしどうだろう。初めて憧れてから時間が経った。俺は二人のようになれただろうか。

 そんなわけない。

 気づけば人の死の悲しみすら我慢できるようになっていた。

 院長は好きだった。南海や葵に負けないくらい。


――最低だつってんだよ! 二年も関わりがあって、優しくしてくれて、あの人はお前のことを孫のように思ってくれてるのに、お前は焦りもしない!


 なんで俺がそんなこと言われなきゃいけねえんだよ。

 俺だって我慢してんだよ。

 心を殺して、涙を拭いて、我慢してるのに、新人がうるせえんだよ。



 「わかった。もう、わかったよ。そこまで言うならキレてやる。もう我慢なんかしてやんねえからな」

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