第四章 昼寝好きなドリーマー 1
全力で走っていくヒビキはかなり速く、アズマを撒いた。
「ちっくしょ、どこ行きやがった」
言ってみただけである。アズマはヒビキの行き先を知っている。間違いなく怪異のいる双子山だ。
今回のように、待機が命じられている場合でも、メールに地図は添付されている。万が一、迷い込んで戦闘にならないためだ。ヒビキもそれは知っている。
しかしそれが裏目になった。
感情的になってしまったヒビキは、命令を無視して怪異と戦いに行った。
「なーにが終わってるだ」
命令を聞けないのは、どんな強いな戦士だとしても致命的だ。だとすると、ヒビキは戦士として終わってる。
しかし、人間としては?
「…………」
戦う中で人は傷つき死んでいく。これまで何人死んだか覚えてない。
最初は悲しかったけど、いや、今だって悲しいけど、頭がそれを理解してすぐ処理している。
人から感情を抜いたら、それは猿なのではないのだろうか。
「……とにかく、あいつを追いかけなきゃ」
警察もそろそろ来る。そうすれば子供たちは保護してもらえる。なら、今はアズマを追うのが先だ。
「……こういうとこかな」
親とも言えよう存在が死に、悲しみに溺れそうな子供を放って行くのは倫理と道徳に反するだろう。
倫理と道徳は緊急時に作用しない。怪異だけじゃなく、人も殺してきたアズマはそれが良くわかっていた。所詮娯楽なのだ、倫理も道徳も。ある程度の余裕の上でしか作用されない。その余裕を決めるのは自分自身であり、他人じゃない。
全て詭弁だ。そんなのはわかっている。
賢い頭が、優秀な頭脳が、長い経験が、理屈と詭弁で全てをごまかしてしまう。ごまかしているとわかった上で騙されてしまう。
「なんだかな」
走っている時、ヒビキはあまりいい気持ちになれなかった。
果たして、終わっているのはどっちだろう。
「うわっ⁉」
「おおっ⁉」
アズマも相当急いでいたため、横から走ってくる通行人に衝突してしまった。通行人は北沢葵だった。
「すみません急いでて……ってアズマ⁉」
「ぶつかってごめん、葵。俺急いでるから」
「待って!」
謝って走り去ろうとするアズマを、葵が必死に引き留める。
無視して走り去ろうとするアズマに向けて、葵が言う。
「そうちゃんが攫われたの!」
アズマは足を止め、葵の方を向いた。
「嘘じゃないけど、嘘みたいな話なんだけど」と前置きする。葵は息を整えて、立ち上がって大真面目な顔で言った。
「たこの触手を巻いて、電気を体から出してる巨人が、宗ちゃんを気絶させて、連れて行っちゃったの!」
「それはどっちに行った?」
「双子山の方」
「わかった」
「え、ちょどこ行くの!」
「双子山」
それを言い残すとアズマは双子山へ向かった。
実はアズマは、双子山に行く気はなかった。ヒビキを道中で捕まえて、帰るつもりだった。
しかしアズマには戦う理由ができた。こういうふうに怪異が何の関係もない一般人を攫うのであれば、それは戦わざるを得ない。死んでない命を救う。大事になる前に沈める。
理由はこれで十分だ。
戦う大義名分が出来て良かったと思う自分がいたことが少し嬉しかった。
アズマは走っている最中、怪異が人を攫った理由について考えた。
前回戦った時は、好戦的だったとはいえ、自ら人を攫うようなことはしなかった。
もし怪異が人を食料として食ったり、または、そういった殺戮が目的ならその場で済ませばいいだろうし、だとしたら本当に人を攫った理由はなぜだろう。
捕虜にして取引する?
「いや、それはない、それくらいの知能があるなら少なくとも人を攫う時間は昼じゃなく夜にする」
捕虜を作って戦いを回避するなら、人の目が付きやすい昼間に人を攫わない。人の目が付いて戦いになっても構わないというほど自分に自信があるなら、そもそも捕虜なんて作る必要がない。
食料でも捕虜でもないとしたら、一体なんだろうか。
アズマは一つ悪い予感がした。
「DREAMERは夢に干渉して自殺させる能力を持っている、つまり人を操ることができる……のかもしれない」
人を操ってそこから何をするのかはわからない、ただ良くないことなのは確かだ。
「着いた」
双子山に、着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます