第三章 基準 4
ヒビキとアズマは急いで孤児院へ向かった。
「おい、ヒビキ、院長が死んだってどういうことだ?」
状況を確認しようとするアズマの言葉はヒビキの耳には入らなかった。
黙って走るヒビキに、これ以上聞いても無駄だなと思ったアズマは孤児院に着くまで何も話さなかった。
孤児院に着いた。子供はみんな泣いていた。すすり泣いたり大声で泣いたり色々だ。花が話した通り、院長の滝沢真里は死んでいた。
自分で自分の首を絞めている。奇妙な死に方だ。
奇妙な死に方ではあるが、これが自殺じゃないと言いきれる確信があった。
「院長に自分の手で自分の首を絞める程の体力と握力はねえよ」
「……アズマ?」
「こりゃ自殺じゃねえ、他殺だ」
「え?」
「怪異に殺されたんだ」
アズマは携帯を取り出し、ヒビキに見せる。
「ほら、メールも来てる」
『学名 DREAMER に決定
電波で生物の脳を刺激し体を操って対象生物を殺す。脳を操っているため、本人に自殺をする筋力を無理やり出すことができるので、たとえ寝た切りの病人であっても自殺が可能。今回の怪異は以前、東野博己と西尾ヒビキが倒した怪異の亜種であることが判明。今回は強敵と予測。京都本部からSランクのトランスセクシャル・バスターズを派遣。応援が付くまでは待機』
メールと、メールに添付されている地図を見たヒビキは孤児院を出て一目散に走ろうとするがアズマに手を掴まれる。
「何するの!」
「お前こそどこ行く気だ」
「怪異を殺すのよ」
「いや無理だ」
「は?」
ヒビキは怪訝な顔をする。
「相手は強敵だって書いてあったろ、俺らじゃ勝てねえ」
「で、でも、このままじゃまた人が死んじゃう」
「犠牲者がピンポイントで院長だけなわけねえだろ。十数人くらいは多分死んでるよ」
「じゃあ早く倒さなきゃ!」
呆れたアズマは肩をすくめて言った。
「あんなあ、本部に従えよ。真面目なお前らしくねえ」
「…………」
――博己は孫のように思っている。
「……滝沢さんはお前のこと、孫のように思ってたらしいよ」
「そりゃうれしいけど、それはそれだろ」
ブチ。
と、ヒビキの中で何かが切れる音がした。
相思相愛は難しい、思いが完全に通じ合うことはない。そんなことはわかってる。
「お前と院長ってどのくらいの中なの?」
「二年かな」
たった一日で、院長に死んでほしくないと思ってしまったヒビキ。
二年が経ち、院長が死んでも涙すら流さず、いつもの調子で話すアズマ。
「……」
「とりあえず警察には連絡入れておいたから。安心しろ、あっちも事情は知ってるから大事にはならない」
「……お前さ」
ぼそっと、呟く。
「最低だよ」
「あ?」
「最低だつってんだよ! 二年も関わりがあって、優しくしてくれて、あの人はお前のことを孫のように思ってくれてるのに、お前は焦りもしない!」
「だから仕方ねえんだって」
「仕方ないって何? 人の命は仕方ないで済むものなの⁉」
「いずれ仇は打てる。それなら今じゃなくてもいいだろ」
どこまでも冷静なアズマにヒビキは腹が立ってきた。
「アズマは今まで、どれくらい知ってる人の死を見てきたの」
「ん? 覚えてねえ」
バチン、とヒビキがアズマの頬を叩いた。
そのままヒビキは、とやかく言っていたアズマを無視して一人で走っていった。
人が死んでもいつもと変わらず、冷静にあるいは冷酷に日常を過ごせるのは一人の人間として、いや、一人の少女として、あまりにも、
「終わってる……!」
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