第三章 基準 1

 ヒビキは昨日のカレーパーティ-のおかげで葵とはさらに仲良く、宗助とも仲良くなれた。おかげで学校の休み時間に退屈することがなくなった。

 学校では基本アズマ、ヒビキ、宗助、葵の四人でいることが多くなった。アズマと葵は友人が多いのでたびたびに抜けることがあったが、ヒビキと宗助の二人だけでも十分楽しく過ごせた。

 楽しくて平和であるのはいいことだが、ヒビキは違和感を感じていた。


 「ねえ、最近全然指令来ないわね。結構頻繁に来るって聞いてたんだけど」


 トランスセクシャル・バスターズへの怪異討伐指令は三日に一回位の頻度で来ると言われている。

 しかし、前回の怪異を倒してからもう一週間は経っている。


 「さあ? うまく隠れてんじゃないのか?」

 「それって大丈夫なの? なんか私たちの組織いろいろ適当過ぎる気がするんだけど……」


 最初のアズマへあてたヒビキの情報といい、二人を同じ部屋に泊めることといい、政府公認とは思えない適当さだ。


 「普段はないけど、たまにあるんだよ。怪異が強かったりするとこういうこともあるんだ。だから次の敵は結構強いかもな」

 「なんか不安になってきたんだけど、私足引っ張ったりしないかな……」


 自分の能力と性格に釣り合わない自己評価を出すアズマを少し笑いながらアズマが言う。


 「大丈夫だよ、あんまり強い怪異が出た時は別の町か、規模が大きければ他の県から応援が来るからさ」

 「そうなんだ、それなら大丈夫そうね」

 「それより次の授業理科室だろ、俺らも早く行こうぜ」


 宗助と葵は理科の先生に手伝いを頼まれてしまったのでいない。今はアズマとヒビキの二人だけだ。


 「そうね、早く行きましょう」


 荷物を持ち、廊下を歩く。適当なことを喋りながら理科室へ移動する。


 「あ、ごめん俺、トイレ行ってくるから荷物持っていってくんね?」

 「別にいいけど」


 そう言ってアズマは男子トイレに駆け込んでいった。

 ヒビキは唖然とした。


 *


 学校が終わり、放課後になった。帰り道で宗助と葵と別れ、マンションに着く。

 部屋の中に入るとヒビキはアズマに話しかけた。


 「……あなたって女よね」

 「戸籍上では男だけどね、一応女だよ」

 「そうよね、なら女子が男子トイレを使うって倫理的にどうなのかしら」

 「戸籍上では男って言っただろ、だから大丈夫だよ」

 「じゃあ更衣室はどうしてるの?」

 「男子更衣室使ってるけど?」

 「え?」

 「え?」


 ヒビキが驚き混じりの不思議そうな顔をすると、アズマも同じような顔をした。一瞬、鏡かと思った。


 「だって男子更衣室よ? 女子のあなたは恥ずかしがるもんじゃないの」

 「人の目を盗んで着替えることなんて朝飯前だ。それに、この見た目で女子更衣室使う訳にもいかないでしょ」

 「確かにそうだけど、でもそれってどうなの」

 「出来るだけ人のいない時間を使ってるし、全然ばれないし、仕方ないと思うけどね。逆にヒビキはどうしてるの? トイレとか着替えとか」

 「トイレはいかない。着替えは下に着てく」

 「え、まじ?」

 「トイレは一日くらい我慢できるし、体育の日は制服の下に着てってそれで脱ぐ。終わったらその上に制服着るのよ」

 「ええっ、それ暑くない?」


 ここ一週間の平均気温は二十九度、制服の下に服を着ていきたい温度じゃない。


 「暑いし気持ち悪いけど、我慢はできるわよ」

 「まあ我慢できなくはないだろうけどさ、でも熱中症とかになっちゃうんじゃねえの? 素直に女子更衣室使えよ」

 「いやでも倫理的に……」

 「倫理より健康が大事だろ、倫理で体が冷やせるか? 無理だろ? それに衛生的に悪かったらそれもそれでどうなの倫理って思わないか?」


 アズマにしては珍しくきつめの言い方だ。


 「ぐ、ぐうぅ……」


 ヒビキはぐうの音も出なかった。もはやぐうの音しか出なかった。


 「倫理なんて所詮人の尺度だろ、ヒビキは普通の感覚が抜けきってないんだよ。いいことだけど、俺らは普通じゃないからな?」

 「わかったわかった、わかったから」


 ヒビキは厳しくくどいアズマを払いのけ、冷蔵庫を開けて麦茶を飲んだ。


 「少しづつ慣れるわ」


 アズマの方を向かずに、ため息交じりに言うヒビキに、アズマが言う。


 「慣れたくないけどな」

 「あれだけ言っといて何言ってるのよ。言ってることが一貫してないわよ」

 「ごめん、ちょっと言いすぎたよ」


 素直に謝るアズマにヒビキはちょっと驚く。


 「ずいぶん素直ね」

 「もっと素直なこと言ってもいい?」

 「別にいいけど……」

 「多分、俺はお前のことが羨ましいんだ」

 「は?」


 いきなり出てきた、「羨ましい」という言葉に疑問符を浮かべる。ヒビキとしてはアズマのトランスセクシャル・バスターズに慣れていることが羨ましいから、アズマがヒビキに対して羨ましいと言うことが、なぜなのか、あるいはどこが羨ましいのかわからない。

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