第二章 日常は人それぞれ 4

 宗助は二人が下着専門店に入ったあたりで、もう止めておこうと言っていた。理由は自分が男だから。


 「だったら従妹いとこの下着を選んでるってことにすればいいでしょう?」


 と葵が言っていた。普通は従妹の下着なんか選ばないと却下された。

なので宗助は女性用下着専門店には入らず外にいた。なのにアズマが中から出てきたので驚いた。


 「なんでって、従妹いとこの下着を選んであげただけど?」

 「おかしいだろ……」


 もしかしておかしいのは俺なのか、と宗助は思った。


 「ていうか、アズマと西尾さんって従兄妹なの?」


 葵がアズマがさらりと言った「従妹」という嘘に反応した。


 「そうだよ」

 「え?」


 ヒビキがアズマの方を振り向くが、アズマは気にしない。


 「事情があって少し久しぶりに会うんだよ、しばらく俺ん家に泊まるんだ」


 設定まで付けてきた。


 「昨日は引っ越してきたばかりで忙しくてさ、今日色々デパートで買い揃えて引っ越しパーティーするつもりだったんだ」


 どうしてこう嘘がするする出てくるのか、ヒビキは疑問と呆れを通り越して尊敬してしまった。

 「でも二人だけじゃ寂しいなって思っててさ、良かったら二人もどう? こんな時間までデパートにいるってことは今日家では食べないつもりなんだろ?」


 七時半を回っていた。今から家に帰り夕飯を食べるには少し遅い。


 「ああ、俺で良ければ行くよ。あおちゃんは?」

 「いや行くよ、私を一人にしないでよ」

 「じゃ今からいこっか」


 アズマの上手い話術で二人を丸め込み、家へ招くことに成功した。

デパートから家に着くまでの間にアズマはヒビキに二人こそ従兄妹であると伝えた。何度目になるかわからないが、またしてもヒビキは驚いた。


 *


 「さて、家に着いたぞ」


 ロビーにシャンデリアは無いが、清潔感があって広い高級マンションだ。

 宗助は何回か来たことがあるので特に動じないが、始めてきた葵は結構驚いていた。


 「料理は任せて二人共、そうちゃんすごっく上手いんだよ」


 四人はアズマたちの借りている部屋に入った。


 「知ってる知ってる、南海、調理実習の時めちゃくちゃ美味かったもん」

 「俺が料理担当かよ……」


 宗助は不満気な口調とは裏腹に、どこか自信がありそうなにやけた顔になっていた。


 「だ、大丈夫よ、南海さん、私が手伝うものっ」


 ヒビキは今がチャンスだと思い南海に話しかけた。


 「あ、ああ。ありがとう西尾さん」

 「あれ?」


 宗助の反応が思ってたよりそっけなかった。


 「そうちゃん可愛い女の子に話しかけられると照れちゃうのよ~。ごめんね~」

 「ちょ、あおちゃん止めっ!」

 「あはは、そうなんですか……」


 くどいようだが、ヒビキは男である。心も男だ。

 嫌われていないのはいいことだが、男に好かれているのは寝起きに湿気の強い春風を浴びたような微妙な気分である。決して悪い気にはならないが……。


 「ささ、早くしないと遅くなっちゃうよ、作ってくれよ二人共」


 アズマが時計を指差して言った。


 「うん」

 「そうだな」


 ヒビキと宗助は料理を始めた。アズマと葵は料理ができないので皿などの準備を始めた。


 「ところで西尾さん、今日買ってきたもので料理するんだよね、何を作るの?」

 「今日はカレーよ」


 短くそう言ってヒビキはコンロに火をつけ、玉ねぎを炒め始めた。



 「なあなあ北沢」


 料理をする二人の背中を見ながらアズマは言う。


 「どしたの?」

 「結構頻繁に南海が、彼女欲しいとか言うんだけどさ、今のあいつそんなにモテないの?」

 「うーん、なんていうか、お前みたいに何にもしなくても寄って来る感じじゃないし、モテないっちゃモテないけど嫌われてるとかそういうことはないよ。多分、自分からいけば彼女の一人くらい作れると思うんだけどね」

 「だよな、あいつ家事全般出来るし、成績もいい方だし」

 「そうなんだよねえ……そうちゃんっていいとこいっぱいあるのにみんな気付かないんだよねえ……」


 葵はまるで自分のことのようと言わんばかりに考えていた。良い従妹を持ったもんだ羨ましいとアズマは思った。

 少し魔が差して、こんなことを言った。


 「じゃあヒビキはどうよ」

 「西尾さん?」

 「料理もできるし、性格もいいし、お似合いじゃね? ほら見てみろあの仲よさそうな二人の背中を」


 料理ができると言うのはヒビキの自己申告であり、性格がいいは少し嫌味も混じっている。


 「ほんとだ、凄い仲よさそうじゃん」


 ヒビキは宗助とにこやかに会話しながら楽しそうに料理を作っている。

相手が美少女でも物怖じせずに話せるのは宗助の凄いところだ。


 「ははは、このままいったら付き合うかもな」


 アズマはにやにやしながらわざと声のボリュームを上げて言った。


 「アズマ」


 楽しく喋っていたヒビキは表情を変え、アズマの方を睨んできた。


 「南海さんが困ってるじゃない、そういう冗談はやめて」


 当の宗助は満更でもない様子である。


 カレーが出来上がった。

 これくらいは俺たちがやると言ったアズマと葵が炊いた少し焦げてしまった米の上に、カレーのルーを乗せる。香ばしい匂いが四人の鼻を刺激する。


 「おいしそー。早く食べよー」


 北沢が腹をぐうぐう鳴らせる。宗助が「そうだな早く食べようぜ、あおちゃんが楽器になっちまう」と笑いなが言った。

 いただきますと四人がそれぞれに言ってカレーを食べだした。


 「美味しい!」

 「うん、美味い」

 「うめぇ!」

 「もうちょっと水を減らしても良かったかしら」


 エクスクラメーションマークが付いている方の反応が料理していない組で、マークが付いていない方が料理組だ。

 唯一美味いと言っていないのがヒビキだ。料理に対するこだわりが強い。


 「十分美味いと思うけどな」


 アズマが自分で作ったカレーを肯定しないヒビキに、素直な感想を伝える。


 「そうだよ西尾さん、美味しいよ」


 北沢は早くも半分ほど食べ終わっている。口にカレーを付けて言った。


 「うん、美味しいとは思うんだけど、というか南海さんのおかげでいつもよりうまく出来たの。ならもうちょっとうまく作れればよかったなって思ったなって。水を入れたのは私だし」

 「西尾さんって理想高くてかっけえな」

 「そうちゃんもそこそこ理想高いと思うけどねー」


 すでにカレーを食べ終わり、アズマからもらったティッシュで口を拭いた葵が口を挟む。


 「え、そう?」

 「そうだよ、成績いいのにいつも勉強してるじゃん」

 「それくらい普通だろ」

 「えー、そう? いい成績取ったらしばらくは勉強したくなくない?」

 「あおちゃんの成績が安定しないのはそういうとこだよ」


 褒めてはいないがが二人は笑っている。毒舌でも笑いあえるには仲が良い証拠だ。

 その光景を羨ましそうに見るヒビキにアズマがからかうような悪口を言ってみたら普通に怒られた。



 全員がカレーを食べ終わった。結局葵は三杯カレーを食べた。他三人は一杯だ。計六杯分食べたのに鍋の中にはカレーがまだ残っていた。


 「作りすぎちゃったわね」

 「まあ明日も食えるしいいんじゃね」


 カレーはあと一転語杯分くらい残っていた。二人分の朝食にはちょうどいいくらいである。


 「俺ら二人で後片付けするから、お前らは休んでて」


 そう言って葵と二人で後片付けを始めるアズマ。さっきまで男勝りで大雑把なところがあった葵だが、皿を洗って拭くみたいな繊細な作業は普通の女子らしく丁寧だ。

 それに引き換えアズマは皿の拭き方が雑で水滴が残っている。


 「あんたちょっと雑過ぎない? O型?」

 「そうだよ、俺O型」


 雑と言われたことに関しては何も言っていないが、思うところがあったらしく、水滴をしっかりとタオルで拭いていた。

 皿を拭きおわった後、葵と宗助が家に帰ってから食べよう思って買った袋詰めのいくつか入っているチョコレート菓子を四人で駄弁りながら食べた。


 「夜景を見ながら食べる菓子はうめえな」


 ここは高級マンションで、そこそこ標高が高い場所にある。だから田舎にしては珍しく夜景が見渡せる。

 宗助が椅子に足を組んで座り、指に挟んでるチョコを食べながら言った。姿勢といい、セリフと言い、全てがおっさんみたいだった。


 「その夜景は残業によって生まれてるんだけどな」

 「六年後の私達じゃん、こっわ」


 葵が神妙な顔をした。さっきカレーを三倍食べた人間と同じ顔とは思えない。


 「そうならないように、私たちはしっかり勉強して、良い大学に入って、ホワイトな会社に入りましょうね」


 真面目なヒビキが真面目なことを言った。


 「ここら辺の会社、全部明かりが灯ってるから大学卒業したらこの町でないとホワイト企業はいれねえな」

 「うっわーまじか、都会とか行きたくねー」

 「やっぱ地元って離れたくないもんなのか?」


 不便な田舎のままがいいというヒビキにアズマが聞く。

 「まあ、そうだな。ずっとここで育ってきたからここ以外のルールがわかんないんだよ。例えるならそうだな、勉強を教えてもらう時に話したことない学年一位のやつより、仲のいい奴の中から一番頭いい奴に聞くみたいな感じかな。話したことない奴なんてどう接したらいいかわからないだろ?」


 「その例え、一時間でヒビキと仲良くなったお前が言うとすげえ説得力ねえ」

 「そうちゃんって優秀なのに自分の優秀さで優秀さを消してるよね」

 「ちょっと何言ってるかわからん」


 会話のスピードがコントみたいなテンポで、ヒビキは思わず笑ってしまった。

 ちょうど菓子も食べ終わり、「そろそろ帰るわ」「ごちそうさま」と言って二人は帰っていった。


 *


 「ねえ、ありがと」

 「え、どしたの?」


 ヒビキが急に謝礼をしてくるので、アズマは疑問だった。


 「私と二人を仲良くさせてくれて」

 「あ……ああー……」


 アズマは当初の目的を完全に忘れていた。思い返してみればヒビキにあんまり会話を回せていなかった気がした。

 でもヒビキはアズマに「ありがと」と言っていた。

多分、彼女はきっかけがあればすぐに宗助と葵と仲良くなれた。だとすると今じゃないにしろいずれ二人とは仲良くなれていただろうし、それはアズマのおかげじゃない。アズマはそれを伝えた。しかしヒビキはそれを否定した。


 「きっかけが一番大事なのよ。それに今仲良くなれたってことが嬉しいの。だから素直にお礼を受け取って」

 「そんなお礼を言われることはしてねえんだけどな……」


 どうも調子が狂う、顔がかゆい。こめかみのあたりをポリポリかきながらアズマは言った。

 「お礼と言っては何だけど、そうね、今日はあなたがベッド使っていいわ。私は椅子で寝る」

 「別に広いんだから一緒でもいいのに……」


 割と本気で残念そうにアズマが呟く。


 「普通はダメなの」


 ヒビキはアズマと一緒に寝てしまい、そして起きた今日の朝、結構な勢いでアズマに謝っていた。


 「あっそ、でも椅子だと風邪ひくから来客用の布団使って」

 「布団あるなら言ってよ⁉」

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