第二章 日常は人それぞれ 3

 「ねーそうちゃん。西尾さんどう思う?」

 「どうって、凄い美人だなって思う」


 南海宗助はテーブルで流行遅れもいいとこなタピオカミルクティーを飲みながら、北沢葵の質問に答えた。

 ちなみに二人は従兄妹いとこでありとても仲が良い。よく二人で放課後にデパートに来ている。


 「やっぱり男から見ても可愛いと思うよね」

 「ああもちろん、ありゃ顔で飯食えるだろ」


 百貫ひゃっかんデブはいても百巻美人ひゃっかんびじんはいない。数年そう思っていた宗助だったが、ヒビキを見てそんなことはないと考えを改めた。


 「じゃあアズマのことはどう思う?」

 「まああいつもイケメンだよな、認めんのは悔しいけど」

 「だよね、アズマ馬鹿キャラだからたまに忘れるけど、めっちゃイケメンだよねー」

 「アズマと西尾さんが美男美女なのは分かったけど、それがどうしたの?」


 すると葵は何かに向かって指を差して言う。


 「あれ誰と誰だと思う?」

 「ん?」

 

 宗助はタピオカを飲むのをやめ、あれと揶揄やゆされる金髪と黒髪の二人組を見た。


 「アズマと……西尾さん?」

 「うん、多分、あの金髪とあの黒髪はアズマと西尾さんだよね」

 「あおちゃん、これはもしや……」


 宗助が葵の方を向く。


 「そうちゃん、確かにあの二人はお似合いだけど決めつけるにはまだ早いよ、でもさ、あの二人のことちょっと追いかけてみない?」

 「面白そうだ、やろう」


 宗助と葵は、アズマとヒビキのことを恋人だろうと思っている。実際は違う。しかし、彼らはとても言葉では表しづらい関係だ。彼らは一体、自分たちのことをなんと言うのだろうか。

 そう言って、宗助と葵は二人を追った。

 アズマとヒビキの目的は食材を買い揃えることなので、食材コーナーへ向かった。


 *


 「あなたって意外と友達多いわよね」


 ヒビキが食材コーナーでにんじんを選びながらアズマに話しかける。


 「意外とって何だ意外とって」


 アズマはヒビキが食材を持っている間、食材が入っているかごを持っているよう頼まれたので、それに従ってかごを持っていた。


 「アズマって性格が普通じゃないのに、よくいろんな人に話しかけられているじゃない? みんな見る目がないなぁって思って」

 「ひでえ言いようだな……」


 本当に酷い言いようである。しかしその言いようとは裏腹にヒビキはアズマに笑顔を向けていた。


 「少なくとも私はあなたよりはマシな性格をしていると思うし、顔だっていいはずよ。なのになんで誰からも話かけてもらえないのかしら」

 「よく自分でそこまで言えるな」

 「事実だからね」

 「別に誰からも話かけてもらえないことはないだろ、北沢とかと仲良く話してたじゃんか」

 「ああいう人はどこにでもいる、誰にでも優しい人なのよ。それに彼女には友達がたくさんいるし、私なんかただの転校生くらいにしかおもってないわよ」


 学校に順応できたとは言っても、「北沢葵に話しかけられる一人」になっただけで、友達ができたわけじゃない。葵と友達にと呼べるほどの友達になったわけじゃない。それでもヒビキは学校から双子山に行く道中、北沢葵のことばかり喋っていた。話しかけてくれる人がいたという事実が、よほどうれしかったんだろう。


 「北沢はそんな奴じゃねえんだけどな」

 「他人が人を決めつけるのはよくないわよ」


 まあ、とアズマは会話を切りかえす。


 「話を戻すか、どうやったら人に話しかけられるようになるかだっけ?」

 「そうよ、友達をたくさん作りたいの」

 「ぷぷっ、可愛いとこあるじゃねえか」


 アズマはヒビキが、真面目な顔で小学生みたいなことを言ったことに吹いてしまった。


 「話を戻すっていったそばから余計なこと言わないで」

 「わりぃわりぃ、で、友達をたくさん作る方法か……これは当然だけど、自分から話しかけることだな」

 「自分から?」


 ヒビキが首を傾げた野でアズマはやれやれといった様子で言う。


 「当たり前だろ、自分から話しかけられないようなやつと友達になれると思うか?」

 「で、でも、急に知らない人から話かけられたら戸惑っちゃわない?」


 ヒビキは一週間前までトランスセクシャル・バスターズを育成する施設にいた。施設では友人を作ることを禁止されている。真面目なヒビキはそれを守り、人と関わらなかったので人とのコミュニケーションの取り方がわからない。


 「そんなこと言ってたら話しかけられねえじゃねえか……って言いたいところなんだけど、わかるぜその気持ち。俺も中学の頃は友達いなかったからな、きっかけがないとしゃべれないのはすげえよく分かる。っていうかそれが普通だ」

 「でしょ、だからどうしたらいいのかしら」

 「飯に誘ってみたらどうだ?」

 「飯? アズマ何を言っているの、話しかけられないのにご飯に誘えるわけないでしょ」


 至極もっともな反論をされたが、アズマは前を向いたまま後ろに親指を向け「見てみ」と言った。


 「あれは……南海さんと北沢さん?」

 「多分そうだろうな」

 「なんで私たちの後ろにいるのかしら」

 「多分俺たちの関係を疑ってんだろ、初対面二日で一緒にデパートに行くなんて普通はあり得ねえからな」


 アズマはこれだけ言えばわかるだろと言わんばかりにウィンクした。しかしヒビキはわからない。


 「後ろに北沢さんたちがいるのはわかったけれど、それがどうしたの?」

 「にっぶい奴だな、あの二人を今日家に招くんだよ。それで一緒に飯食えば仲良くなれんだろ」

 「ええぇ、それ本気?」

 「本気に決まってんだろ」

 「でも知らない人とご飯って気まずくなっちゃわない?」

 「俺両方とも仲良いから安心しろ」

 「ありがたいんだけど、なんかむかつくわね……」


 ヒビキは二人と仲良くなれるチャンスが嬉しいのか、アズマに先を越されて苛ついているのかわからない微妙な顔をした。


 「二人が近づいてきたら、俺が話しかけるから、お前は後ろについてるだけでいいよ」

 「頼もしすぎる」

 「でももう買い物終わっちゃうよな、晩ご飯の材料とその他諸々買い終えちゃったし」


 実は話している間ににんじんを選び終え、二人は会計を済ましていた。

 二人は袋を一つずつ持ち、横並びでトコトコと歩いている。


 「そうね、二人はこちらから歩み寄るには少し遠い距離にいるし、どうしましょう」

 「遠くから見ても分からないような場所に隠れればいいんじゃないか、そうだ、あそこにしよう」

 「え、ちょ、どこ連れてくのっ」


 ヒビキはアズマに腕を引っ張られ、連れて行かれる。


 「ここだよ」

 「……本気?」

 「俺が着けてるブラジャー古くなっちゃったんだよね、そろそろ買わないと」


 着いた先はなんと、女性用下着専門店だ。

 少なくとも男女が一緒に入る場所ではない。


 「え、私男なんだけど……」

 「どう見ても女だからおっけーだ」

 「え、え、えぇぇぇぇぇ……」



 「ねね、これとか似合うんじゃない?」

 アズマが赤のブラジャーを取ってヒビキに見せつける。

 「うっさい、見せるな! あとこの状況二人にどうやって説明するの!」

 「俺に任せとけって」


 アズマは得意げな顔をするが、ヒビキにとっては不安でしかない。

 そして、その不安は的中する。


 「じゃあヒビキ、これ買ってきて」


 ヒビキにさっき取った赤いブラジャーを差し出して言った。


 「買って来れるわけないでしょ⁉」

 「俺が買いに言ったら不自然だろ」


 ヒビキに見せびらかすように自分の体を見せつける。どう見ても男だ。


 「頼むよ、通販とかで買うとたまにサイズが合わないんだ」

 「……わかったよ仕方ないな」


 そう言ってヒビキはアズマから財布と下着を受け取り、レジまで恥ずかしそうに俯きながら、レジまで持っていく。


 「あ、あの……」


 持ち前のコミュ障と、なんで男の自分が女性用の下着を買わなきゃならんのだという羞恥心から声が小さくなっていた。


 「はい、なんでしょう」


 対応する定員は丁寧な態度でヒビキに接する。きっと恥ずかしがる客に慣れているのだろう。


 「……これ、ください」

 「2280円になります」

 「高っ!」

 「え?」

 「……なんでもありません」


 ヒビキは会計を済まし、早くアズマのところへ帰ろうと後ろへ振り向く。


 「あ」

 「や、やあ」


 そこには、北沢葵がいた。


 「奇遇だね……」

 「奇遇ですね……」


 ただ、気まずかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る