第二章 日常は人それぞれ 2

 トランスセクシャル・バスターズの能力は不明である。自分の性別とは逆のホルモンを体に入れて強くなるとはどういうことだと思うかもしれない。しかしそれは世界中の科学者と名医が言っていたのでもういい。

 今出ている最大の有力説によると「自分が曖昧な存在になることで自分の力を抽象化できるようになる」かららしい。屁という存在をそのまま理屈にしたような掴みどころがなく臭い理論で、二度目になるがこれが最有力なのだ。

 怪異はすぐ見つかる。なぜなら組織から怪異の位置情報がスマートフォンに送られてくるからだ。

 組織と呼ばれる存在はトランスセクシャル・バスターズを統括しており、正式な名前はアズマやヒビキですら知らない。

 送られてきた位置情報は、ヒビキが転校してくる情報の百倍丁寧なので、山の中であろうとどの方角に怪異がいるかがわかる。


 「この小屋の中ね」


 双子山をスマートフォンに送られてきた位置情報の通りにしばらく歩くと、小屋があった。小屋はみすぼらしく、なんと屋根がない。壁の板もボロボロで正直小屋と呼んでいいか迷うところだった。

 今すぐ入ろうとするヒビキを止め、アズマが落ち着いた小声で言う。


 「この怪異がスマートフォンの電波を妨害しているっていう仮説を前提とした仮説だけど、この怪異は何かしら電撃攻撃をしてくると思う」

 「つまり、アニメとか漫画のキャラクターみたいに電気を飛ばして攻撃してくるってこと?」

 「いいや、多分そこまで強い電圧じゃない。でも厄介な能力かもしれない」

 「もったいぶらないで早く言って」

 「人の脳みそを操る電波だよ」

 「人の脳みそを操る電波?」

 「そう、電波で人の脳みそを操るんだ」

 「電波なんかで人の脳みそを操れるの?」

 「ああ、操れるとまではいかなくても戦意を喪失させることくらいはできるかもな、電波で人の考えが変わるのは大学の研究でも出てたぞ」

 「どうだか」


 ヒビキは一度大学の研究結果と言う言葉に騙されているので、アズマの口から出るその言葉はあまり信用できない。


 「今度は本当だ……って言っても駄目か、でもまあ電波で人の考えが変わるのなんて普通のことだと思うぞ、インターネットで見つけたあの言葉や音楽に人生を変えられたっていう人もいるしな」

 「あなた詐欺師になれるわ、それとこれとは状況が違うのに言葉の上では合っているんだから微妙に納得しちゃう」

 「まあ納得してくれたなら良かったよ。で、もしもその能力を発動されたら適わねえ。だからその能力を発動させる前に蹴りを付けたい。その点で俺とヒビキの能力は都合がいい」


 アズマの能力は体から刀が生えてくる能力で、ヒビキは鉛を作り、銃のような速度で飛ばせる能力がある。二人は歩いている間にお互いに情報交換を済まし、お互いの能力を知っている。


 「まず俺が天井から奇襲する。そうしたら注意は上に向くから、たぶん喉元が空くからそこを狙って。人型なら人と弱点は同じだから喉元やれば一発だよ」

 「でも天井から奇襲なんてどうやって? こんなボロボロじゃ登れないし、空でも飛べないと」

 「大丈夫、いける」

 「は?」


 真面目に考えているヒビキに、ここまでの冷静な推測全てをぶっ飛ばすくらい脳筋な考えでものを言うアズマに、ヒビキは思わず素の男の声が出てしまった。


 「俺が奇襲を仕掛けたら射的頼むね」

 「あ、え、うん」


 良くわからないままヒビキは頷いてしまった。


 「おっけ、じゃあ射的は頼んだぜ――」


 話し終えた瞬間、アズマは近くに生えている木に向けて飛び上がり、木を蹴り上げて空を飛んだ。

 小屋の大きさは三メートル弱、屋根があったらもっと大きかっただろう。

 まず、人間は垂直に三メートルは飛べない。だから壁を蹴る。しかし壁を蹴っても素人は

壁を使おうと三メートルは飛べない。どうやったら効率よく飛べるかという技術が無い。成 

功する確率を割り出せる経験がない。

 しかしそれらすべてを破壊してしまうような才能が、能力が、彼にはあった。


 「うぉおおおおおおおりゃあああああああああああ!」


 彼は四メートル飛び上がった。

 ホルモンでドーピングしたとはいえ、人間を超える身体能力を持つ女にヒビキは目を見開いた。

 アズマは体を回転し小屋の上まで飛んだ。中には無数の蛸足たこあしが人の形に巻き付いたような怪異が居た。怪異は上を向いて、蛸足のような触手を彼に向けて飛ばす。彼の手の平から一メートル半の刀が生える。

 彼の能力はこれだけで、極めて扱いにくい。単純で、簡単で使い方が一通り。原始的な強さしかない能力。

 しかし彼は自分の能力を嘆かず、他人の能力を羨まず、あるものだけで何とかしてきた。だからこそというべきか、彼は最初から強い能力があればこんなに強くなる必要はなかったのかもしれない。

 彼は飛んでくる触手を、空中で、全て切り落とした。

 切る威力と落下の運動エネルギーを相殺してその場に停滞する。

 赤い足が空中で四散する。怪異が声を上げる。

 ヒビキはアニメか漫画でも見ている気分になった。それくらいアズマは人間離れしていた。


 「ヒビキ今だ!」

 「わかった!」


 ヒビキは扉を開き、アズマが戦っていた怪異を見た。怪異はこちらに気付いていない、そして頭らしきものが上を向いていた。

 完璧だ――ヒビキは化け物の首に向けて指を差す。直径五センチほどの鉛の弾がそこにできる。ほぼノータイムで鉛を飛ばす。

 直撃。頭と体が衝撃で分離した。分離した頭目掛けノータイムで鉛を追加発射し、それも直撃。

 怪異は生命活動を停止した。その証拠に怪異の肉体は砂塵になり消えた。トランスセクシャル・バスターズが倒した怪異はこんなふうに砂塵になる。

 倒せた――成功による達成感と安堵がヒビキを駆け巡る。


 「アズマ! 倒せたよっ」


 アズマを呼ぶがいない、なのできょろきょろと首を振る。


 「わああああああああぁぁ」

 「ぎゃあああああああ」


 上から降ってきた。

 そう得いえばアズマは飛び上がって空にいたんだった。

 アズマはヒビキの上に着地し、アズマの下でヒビキが呻いている。


 「ああ、ごめんごめん」

 「ってて、締まらないわね……」


 せっかくさっきはかっこよかったのに少し幻滅したヒビキだった。


 「落ちた時に手をすりむいちゃった。手当して医療班」

 「なんでのしかかってきたあなたが怪我してるのよ……仕方ないわね、まずはふもとまで降りて傷口を洗ったらね」


 ヒビキがそう言って、二人はふもとに向けて歩き出した

 性格は逆。

 性別も逆。

 能力の用途は同じ。

 初対面の印象は最悪。

 そんなでこぼこコンビが初めて、怪異を倒した瞬間である。



 彼らふもとにたどり着き、その近くの蛇口でアズマの傷口を洗っていた。

 「意外と簡単に倒せたわね」

 「いや、いつもはこうはいかない、ヒビキがいてくれなきゃ苦戦はしないだろうけど色々面倒なことになるし、たぶん怪我もする。それに手当てしてくれる人もいなけれゃ、俺が頑張ったことをわかってくれる人がいない」

 「……大変だったのね」

 「他人事じゃねえぞ、お前だって大変だ」

 洗い終えた傷口を、ヒビキは持っていた白いハンカチで軽く縛った。

 「これで大丈夫」

 「あんがと」

 「いいのよ、それじゃ帰りましょうか」

 「おい待て」


 帰ろうとするヒビキをアズマは引き留めて言う。


 「昨日言ってたじゃねえか」

 「ん? 何を」


 アズマの言う昨日言っていたことが分からずヒビキは首を傾げる。


 「買い出しだよ、家には何にも食材が無いからな。まだそんなに遅い時間でもなし食材の買い出しくらいできるんじゃね」

 「あ……」


ヒビキはマンションに食材がないことを完全に忘れていた。


「でも怪我大丈夫なの?」

「擦りむいただけなのに大げさだ」

「そう……でも体は大事にするのよ、女の子なんだから」

「色男め、優しくしたからってそんな簡単に落ちちゃうんだなあこれが」


 アズマはふざけ半分でヒビキに抱き着いた。ヒビキは「やめろ、抱き着くな」とは言ったが、その後に「女なんだからそんなに体を安売りするな」と付け加えた。

非常に奇妙な光景である。女装をしている男のヒビキが女であるアズマに女としてのあれこれを説いている。良くできた偽物は本物より本物らしいとはこのことか。


 「まあ冗談はさておいて……」


 アズマはヒビキから離れた。


 「早く行こうぜ、ここから十分くらい歩けば駅あるから、そこから電車乗ればデパートがあるから」


 アズマとヒビキは駅に向けて歩きだした。

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