第二章 日常は人それぞれ 1

 意外にも、ヒビキはかなり早い段階で学校に順応することができた。北沢葵きたざわあおいという女の子のおかげである。

 北沢葵は髪の短く、顔にそばかすがある女子で、人とコミュニケーションを取るのが得意だった。彼女はスポーツが得意で昔からバレークラブやらバスケットボールクラブで活躍していた。


 「それでね、北沢さんがね」

 「お、おう。友達ができて良かったな」


 学校が終わってからずっと北沢のことしか話さないヒビキに若干引き気味になりながら、アズマとヒビキは並んで歩いていた。

 ちなみに二人は今、家へ帰っているのではない。とある目的地へ向かっている。


 「田舎ってすごいね、本当に近所に山があるんだもん」

 「双子山はそんなに大きい山じゃねえけどな」


 やっと北沢のことを話し終えたヒビキに少し安堵しつつアズマは答えた。

 二人が今から向かう場所は、彼らが通う巨星学校の近所にある双子山と呼ばれる山である。標高は百メートル無いくらいの大きさで、山としてはかなり小さい。名前に意味は無く、二つ山が連なっているわけでもない。


 「それにしても山で敵と戦うなんて大変ね、すぐ逃げられそうだし逃がしそう」

 「標高百メートルなんて山じゃねえよ」

 「なんで?」

 「理由を聞くには俺が任務でエベレストを登った話からすることになる」

 「話さなくていい、理由分かったから」


 エベレストを登った彼からすれば、双子山程度の山は山に入らないのだろう。

 さっきまで山の話をしていたアズマだが、あることを思い出しヒビキに言う。


 「そういえばちゃんとスマホ点く?」

 「電源は吐くけど、操作が重いわ。他の人にも聞いてみたけど、昨日の夜から操作が重いらしいわ」

 「だよね、もしかしたら今回の怪異のしわざかもしれないな」

 「そんなことができる怪異って、もしかしてかなり強いんじゃないのかしら」


 ヒビキは少し心配そうに呟いた。


 「意外とそんなことはないぞ、ここまで大きな電波障害を起こせるタイプはそれが一番の取り得なんだ。だから意外と戦闘能力は高くないってことが多いぞ」

 「そうなんだ、良かった」


 ヒビキは安息したと言わんばかりに息を吐いた。


 「そっか、そういえばヒビキは今日が初任務なんだっけ」

 「そうよ、初めてなの」


 さらりと言ってのけるヒビキにアズマは少し意外そうな顔をした。


 「よくそんな落ち着いてられるな、俺が初任務受けた時は冗談抜きで死ぬほど緊張したんだけどな」


 あら心外と言わんばかりの顔でヒビキは言う。


 「あなたこそまだ高校一年生なのにもう三年目でしょう? そんなに早く戦線に出れたのはあなただけよ」


 普通の人間がトランスセクシャル・バスターズとして戦えるようになるためにはだいたい十年くらいかかる。戦闘訓練と適合訓練ができる年齢は七歳からで、アズマは十四歳から戦っている。

 ちなみにヒビキも十年経たずにでトランスセクシャル・バスターズになっているので普通より早い。


 「俺はこう見えても強いからな、前衛は任せろ」

 「おっ、頼もしいわね。よろしく頼むわ」


 そんなこと言っているうちに二人は双子山についた。


 「ここが双子山だよ」

 「標高百メートルっていってもやっぱり大きいわね」


 ヒビキは双子山を見上げて言った。


 「そろそろホルモン打ち込んどこうか、どこにいるかわかんないし」

 「そうね、でも小陰に隠れましょう。注射器で麻薬をやっていると思われたら厄介だわ」


 ホルモンは注射器で入れる。場所は皮膚でも血管でもどこでもいい。


 「ああ、そうだな」


 アズマがそう言うと、二人は山に生えている木の陰でお互いの腕に注射をし、ホルモンを入れた。


 「ヒビキ注射上手いな、もしかして医療班にいたことあったりするか?」

 「ええ、よくわかったわね」


 トランスセクシャル・バスターズとして一人前になる前に優秀な人材は班に分けられ入れられる。ヒビキはその中でも最も優秀であると言われている医療班だった。


 「なるほど、医療班上りはありがたいな。怪我したら頼むぜ?」

 「任せなさい」


 自信ありげに、ヒビキは男だとしてもなさすぎる胸をそり上げた。

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