1 - 2 僕と先輩と急接近(物理)

「それで、後輩クン。道……道?に迷ったって?」


「あ、はい。まあ、道というか、学校と言うか……」


 この瞬間まで忘れていたが、僕はこのクソ広い校舎にて迷子中なのだった。先輩の召喚魔法の失敗を眺めている場合では……いや、まあ、楽しむ余裕はあったからなんとも言い難い。


「まあ、そうだね、この学校って異様に敷地が広いし、学園都市だなどと言われるのもやむ無しだからね。実態としては軍の敷地、と言った方が近いんだけれど」


 先輩は口元に手を添えながらそう言った。なんと言うか、知的さを感じさせるポーズが随分と様になる人だ。


 勘違いしている人も多いが、オト高は高校と銘打ってはいるものの、実際には軍所有の高等教育機関の一つということになっている。後期中等教育を3年ほどで叩き込むのは普通の高校と同じなのだが、そこから2年で志望した学科に所属、研究や訓練を行うという、結構ハードな教育、人材育成が行われているのだ。この道から外れることは殆ど無い。何せ、その覚悟があるものだけがここに来るのだから。

 この辺物凄くややこしいのだが、つまるところ高校と大学のミックスと言えば分かりやすいだろうか。僕はパンフレットを読んでそう解釈する事にした。

 この辺は更に国が軍をどう扱っているかとか、歴史とか、情勢とか、色々な事情が込み入っていて、説明しきれない部分もあるので切ろう。


「まあ、ボクももう帰りたい時間だし、一緒においで。ここであったのも何かの縁だ、色々聞かせてもらおうじゃないか」



 断れなかった。道案内をしてくれるという話ではあったが、それにしたって圧が凄かった。一人で帰るのも中々寂しいものだったから、とかそんな話を後に聞いたけれど、当時はそんな事知る由もなく。


(この人友達いないのだろうか)


 とか、にべも無く思った。なお、その推測も割と間違いでは無かったことはすぐに知る事になる。


 という訳で、学校を出るまでの間は話をしながら帰ることになった。倉庫の鍵を閉めて、おまたせと言いながら先輩が歩いてくる。


「さて、そうこうしている内に夜になってしまったね。後輩クンとこの親御さんは大丈夫かい?」


「ええ、まあ。二人とも放任主義というか、結構好き勝手してても文句は言われないので、遅くなるくらいなら大丈夫でしょう」


 ぼちぼち歩きながら、何気ないおしゃべりが始まった。事実、小学生の頃のセンジュが夜中の10時に帰ってきても、『遅かったね』で済ませ、涼しい顔で夕食を温め直していたくらいだ。そんな自由主義な家庭で、僕らは何不自由なく、仲良く4人で暮らしている。


 あ、そうそう。この時先輩には言ってはいなかったが、僕の実の親は小学校に上がった頃には消息不明になっていて、僕は家族ぐるみで仲良くしてくれていたセンジュの家に引き取られている。そのため、センジュとは文字通り兄弟の様な仲なのだ。


 ちなみにこの時の僕、かなり緊張していた。女性と二人で会話するとかいう機会、その時点までの人生である例外を除けば殆ど無かったのだ。

 先輩は美人だし、距離も近めなので割とパニクっている。表面上は綺麗に受け答えできている筈だが、多分目が泳ぎに泳いでいたと思う。暗くなっていて良かった。


「うーん、なるほど。ならしばらく大丈夫かな?」


「ですね」


「よし、ならまず一つ聞かせておくれ」


 ここで先輩、ポジションを僕の隣から前へ。そして、鼻が触れ合うんじゃないかと思えるほどに顔を近づけた。

 僕の挙動不審が一周回って収まった様な気がする。紅い目とか、甘い匂いとか、色々な情報が脳に流れ込んでフリーズしてしまっていた。多分、無愛想な顔で先輩の目を見つめる形になっていたと思う。


「君、ボクの名前を聞いて思う事は無いのかい?これでも結構、良くも悪くも有名なんだけれど」


 感覚が残っていた耳に、清廉さを感じさせる声が入る。その声が脳で噛み砕かれ、その意味を理解するのにキッカリ10秒。

 そして、意味を理解した僕が『先輩の名前』を『篝毘 杏』に結びつけるのに2秒、『篝毘 杏』と『有名』で記憶を探るのに18秒。概算30秒の思考を行い、出てきた結論。


「……魔法科の変人?」


「うわ、ド直球。いや間違ってはいないんだけれど、物凄く釈然としないなぁ……ボク自身、納得はしてないし」


 初対面相手には絶対に言わないだろう失礼なワードをド直球に投げてしまった。しかし、先輩自身そう思われていることは理解していたらしいし、あながち間違いでは無かったのだろうと思っている。

 しかし先輩はその答えでは満足せず、背伸びをしてキス目前の距離まで顔を近づけてきた。睫毛が長いな、とか、なんで僕はこんなラブコメチックな事になっているんだろう、みたいに、僕はもはや傍観者目線にすらなっていた。


「ほら、他にも無いかい?もっと、そう、ボクの凄い噂とか」


「めちゃくちゃ可愛いって話ですか?」


「ふふふ、面と向かって言われると嬉しいよ。見た目には気を使っている方だし、自信もあるしね。でも違う。ほら、ボクが凄く強いとか、ね」


 凄く強いと自称する所でようやく、僕は『篝毘 杏』の名にある情報が結びついた。


「あ、特級魔道士ですか?」


「正解、随分時間がかかったじゃないか」


 魔道士、軍師、戦士、技能家。この4つは軍に関係する者達の職業だ。それらは国から認められた物でもあり、条件を満たした人達は特級を名乗る事を

 要は物凄いエリート達。魔道士、軍師、戦士は特に、戦闘に駆り出されることも多く、基本的に非常に高い戦闘能力が求められる。

 これらに年齢制限は設けられておらず、若かろうと老いていようと実力さえあればどうとでもなるのだ。

 基準はそれぞれ決まっているし、素質があると評価されれば認定されるとも聞いている。

 オト高はその評価の場としてかなり有名なのだ。そんな場だからか、役職は違えど先輩を含め特級が複数人いる事も売りにしている。そして、僕やセンジュもそこを目指してオト高に入学したのだ。


「君ほどの魔道士なら、ボクの事はすぐに分かると思っていたのだけれど、目を見た感じ本当にあまり聞いた事が無かったみたいだね」


 そう言って先輩はぱっと顔を離した。僕も仰け反っていた背中を再び伸ばす。

 いや、この人本当に距離が近い。体格は一回り僕の方が大きいのだが、そんな僕が仰け反ってなおお互いの睫毛が当たる程近かった。この先輩、仰け反った僕に乗っかってきたのだ。そこまで近づかれると惚れるからやめて欲しい。

 さておき、歩き始めた先輩を追いかけ、小走りで隣に行く。


「目でわかるものなんですか?」


「嘘をついているかどうか位なら大体わかるさ。余程肝が据わってたり、嘘をつくのに罪悪感を感じなかったりしない限りは目が泳ぐからね」


「あぁ、なんか納得しました」


「君は多分無理だろう?嘘をつくと目が泳ぐ側の人間。ちょっとは罪悪感があるタイプだと思ってるんだけれども。あ、ボクはこっちなんだけれど」


「僕もそっちです。というか、出会って数時間でどうしてそこまで僕の分析が進んでるんですか。大体合ってますし」


 分かれ道で別れる事無く、先輩の“嘘つきの見分け方講座”を受講する。センジュにも言われたのだが、僕は嘘をつくのが下手らしい。なんでも目が合わないんだとか。ただそれはセンジュにだけは言われたくない事だったり。


「後輩クンがわかりやすいだけだと思うけれど……おっと、着いたね。ボクはここでお別れだ」


 そう言って足を止めた先輩の家は、なんと言うか、。僕の住む一帯では色々と有名な家だったのだ。


「あ、はい。ありがとうございました、先輩」


「次に会う時はちゃんと名前で呼んでおくれ……あ、待って。後輩クン、クラスは?」


「クラス?三組ですが」


「フフ、そうか。ではまた明日会おう。それじゃあね」


「え?……まあ、はい、また明日?」


 ニコニコと手を振って、先輩は家に入っていった。見送って、僕もそのまま歩き出した。

 それにしても変わった人だった。言動の端々に自信と自己顕示欲が混ざっているような変人。ヤバいと噂されていたが、なるほど、確かにそうかもしれない。あの家に住んでいると言うなら、もしかして……


 ……あれ?ちょっと待て。


「また明日?」


 僕のクラスを聞いてきて、また明日……ああ、なるほど。


「目をつけられた?」


 状況的にそれしか考えられない。僕は最高峰の魔道士(変人)に目をつけられてしまったのだろう。


「……まあいいか」


 そんな変人に魅入られたのもまた事実だ。甘んじて受け入れよう。というか縁ができただけ嬉しいし。


 なんて事を考えながら、鈍っていた歩速を普段通りに戻して、さっさと家に帰った。

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僕と先輩と向こう側 凡人EX @simple-flat

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