四谷(2) 老舗のたい焼き
一見すると、どこにでもありそうな神主不在の神社が、実は日本の怪談の中でも有名な『四谷怪談』にゆかりがあると知り、街あるきはスタートから大満足だ。
神社の見学が済むと、来るときに歩いた外苑東通りへ戻ることなく、住宅地の中を通って新宿通りに出た。四ツ谷駅へ向かいながら神路祇が話し始める。
「さっきの神社跡以外にも珍しいのがあるよ。
逆方向だけど信濃町駅の近くには『滝沢馬琴終焉の地』があるんだ」
「『タキザワバキン』?
だれだろう……。有名な人なのか?」
「ふふっ。いきなり滝沢馬琴と名前を言っても、ぴんとこないよね。
『里見八犬伝』の作者だよ」
「え!? 映画になってるアレか!?」
「アタリ。
とはいっても『滝沢馬琴終焉の地』に当時の面影なんてなにもなくて、案内板が立っているだけなんだ。
それでもかつて住んでいた場所と言われると、いろいろ想像できるから浪漫があるよね」
神路祇の話から俺なりに怪異コースを分析する。
四谷エリアの共通点は『作家』だ。
『作家』をキーワードに、ホラーとファンタジー作家に関係する場所を選んでくれたのかもしれない。
俺が趣味でホラー小説を書いているから意識してくれたのかな……?
応援していると言葉にはしていないけど、気づかいがうれしくて、にやけてしまう。でも選んだ理由は『作家』というキーワードだけじゃないかも。
神路祇は俺が映画をよく見ることを知っている。鶴谷南北だけでなく、わざわざ滝沢馬琴のことも話したのは『映画』もキーワードに入れていたからかもしれない。
『東海道四谷怪談』と『南総里見八犬伝』は映画化されている。
かなり前の作品だから今だと冴えないけど、小説自体は十分に魅力があるから、現代風にリメイクするとおもしろそうだ。……作品出してくれないかな。
それにしても神路祇は変な所を知っている。
俺だと、こんな情報はさがせない。
やっぱり東京観光を頼んでみて正解だぜ。
新情報をゲットした俺はほくほく気分で神路祇に質問する。
「駅へ向かっているけど、次の場所へ移動するのか?」
「その前に……寄り道していいか?」
新宿通りと外堀通りが交差する場所にある四ツ谷駅まであと500メートルというところで、神路祇はわき道に入った。
路地には甘い香りがただよっており、道の先には数人が列をなしている。こちらにやって来る人は、手に小さな紙袋を持っている。
すれ違いざまに紙袋をちらと見たら、むかしから愛され続けているあの甘味が顔をのぞかせており、甘い香りの正体がわかった。
四ツ谷駅から徒歩5分ほどの場所にあったのは――たい焼き屋だった。
神路祇は足早に店へ向かうと列の最後に並んだ。
きらきらと目を輝かせて、はずんだ声で「
なんだこのテンション。神社にいたときとは全然違う。
まさか……たい焼きが食いたくて
俺が「1個」と答えたあと、神路祇は両手に1個ずつたい焼きの入った紙袋を持って、にこにこと戻ってきた。
俺たちはほかのお客の邪魔にならないよう道路の端に移動し、できたてのたい焼きを食べ始めた。
焼きたてで
俺には甘すぎる!
神路祇は、はふはふと熱さにもだえながら、もぎゅもぎゅとたい焼きをほおばる。
一口食べるたびに満面の笑みを浮かべ、本当に
そのうちカバンからミニボトルサイズの緑茶を取りだして俺に差しだした。再びがさごそとカバンをあさって、もう1本を取りだすと、ごくごくと飲み始めた。
神路祇にしては珍しく用意がいい……。
やっぱりたい焼きが本命だったんじゃないのか?
「ここのたい焼きは東京三大たい焼きといわれているんだ。
ん―――♪ やっぱり
「…………」
胸がもやもやするぞ……?
なあ、神路祇。今日は『東京怪異コース』だよな……?
たい焼きを食べ終え、俺たちは次のスポットへの移動を再開する。
わき道から新宿通りへ戻り、四ツ谷駅に向かった。
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