四谷(1) 日本三大怪談


 待ちに待った『東京怪異コース』観光。

 天気は晴れで気温も高くない。街あるきをするのにちょうどいい。


 待ち合わせ時間に合わせて電車で移動しているが、新宿や渋谷などの大きな駅ではなく、四谷三丁目駅を待ち合わせの場所に指定された。


 駅に到着し、改札をぬけて地上出口から新宿通りにでる。

 辺りを見回して、どうしてここを待ち合わせ場所に選んだのか不思議に思う。


 四谷三丁目なんて用事がなければ素通りする駅だ。

 遊べるようなレジャー施設はなく、高層ビルが立ち並ぶオフィス街でもない。そこそこの高さのビルがあって、駅周辺だけ飲食店がにぎわっているようなエリアだ。


 当然、怪異らしきものなんて感じとれないけど、なにか珍しいものでもあるのだろうか。


 駅の近くにある博物館が指定の場所だ。

 待ち合わせの10分前には着いていて、友人が俺を見つけやすいように建物の入り口付近で待っていた。


 あと少しで約束の時間になるところで、後ろからぽんぽんと肩をたたかれた。



「よっ」



 声のほうへ向くと友人がいて、片手を肩まで上げ、手のひらを見せて笑っていた。



「……おう」



 今まで博物館を見学してたのか。

 マイペースなやつめ……。


 ひょうひょうと現れた友人は、挨拶もそこそこに行こうかと言って歩き始めた。




 時間どおりに怪異コース観光がスタートした。


 本日のミッションは、俺こと紫桃しとうが、友人・神路祇こうろぎの選んでくれた都内にある不思議な場所をめぐるというものだ。


 怪異コースの案内人ガイドに神路祇を選んだことには理由がある。

 神路祇は俗にいう霊感がある人で、幽霊や妖怪のたぐいとの遭遇を経験している特異なやつだ。


 そんな異能者と怪異コースをめぐるとなれば、ナニカ起きるかもしれないだろう?

 都合よくことが運ぶとは思っていないけど、もしかしてと密かに期待しているのだ。


 今ではホラーに興味津々の俺だが、以前は心霊現象・超常現象・オカルト・超能力など、非科学的なものはまったく信じていなかった。子どもの作り話のように根拠がないからだ。


 また神秘的なことを妄信する人の隙を突いて、悪いやからが金儲けをしている嫌な話も聞いていたから、毛嫌いするほうだった。


 ところが神路祇と知り合い、目の前で超常現象的な出来事を目撃してしまうと、不思議なナニカが存在すると認めざるを得なくなり、世界を見る目が変わった。


 同じヒトなのに、俺にはない異能をもつ者が世の中にはいる。

 異能者にはなにが視えて、どんなふうに景色が映り、どう感じているのだろうか……。


 俺は異能をもつ友人に興味がわき、ゼロ感の俺が経験できない体験をした話を聞きだそうとする。


 でもこの友人はなかなか話してくれない。

 それなら一緒にいるときに、怪異に遭遇しないかなと期待して、街あるきしているわけだ。



 待ち合わせた四谷三丁目の交差点から外苑東通りへ行き、信濃町駅がある方向へ進む。


 街路に車は行き交うが歩道は寂しい。店のスタッフが伸びをしていたり、地域に住む住民が犬の散歩をしていたりと、ぽつぽつとしか人の往来はない。


 途中でわき道を曲がり、平屋などがひしめく住宅地を進んでいたら、神路祇が俺に聞いてきた。



「紫桃は『四谷怪談』って知ってる?」


「もちろん、知ってるさ。日本怪談の中でも有名なやつだからな」


「それなら話が早い。

 今から行くところは四谷怪談と関係のある場所だよ」


「え? 四谷怪談って創作だろ?」


「そうだよ。鶴谷南北の作品で『東海道四谷怪談』は映画にもなっている。

 内容は知ってると思うけど、ある夫婦の男女のもつれから妻が怨霊となって夫をたたるという怪談。

 創作だけど、モデルになった人物は実在していたんだ」


「うそだろ!」



 俺が神路祇を向くと、なにかを見ながら歩いている。

 視線の先を追っていくと鳥居が見えた。どうやら神路祇は、この先にある神社に向かっているようだ。


 神社は四谷三丁目駅から徒歩で5分ほどのところにあり、家々にまぎれるようなかたちで鎮座している。


 神路祇は神社の前に来ると足を止めた。

 俺が横に並ぶと、敷地に立てられている案内板を指さして言った。



「これを読んでみて」



 言われるがまま案内板に目を通していく。

 案内板には、神社が鎮座する現在地ココは東京都の指定旧跡で、経緯などの説明が書かれていた。


 神路祇が言っていたとおり、四谷怪談に関係する場所らしい。


 案内板によると神社跡は、『東海道四谷怪談』のモデルとなった人物が参拝していた神社で、怪談はモデルとなった人物の死後200年経ってからの作品とのこと。


 四谷怪談は、怨霊と化した妻が夫を呪い殺そうとするストーリーだが、モデルとなった夫婦は、作品とは違って夫婦仲は円満だったことが記されていた。


 まさか怪談の登場人物に実在のモデルがいたとは……。


 モデルがいたことだけでも驚きなのに、映画の人物設定が全然違ったものになっていることにも驚いた。


 知らなかった事実を知り、感動していた俺の背後から神路祇が情報を追加する。



「四谷怪談は創作なのに、四谷怪談にからむ都市伝説はたくさんある。

 現在でも怪異の影が息づく怪談だからホラー好きを引きつけているんだ」


「え……?

 現在でもなにか怪異が起きているのか?」


「紫桃も知らないのか。

 四谷怪談は日本三大怪談といわれてて有名だけど、単なるホラー小説と思っている人が多い。ところが歌舞伎の芝居もあるんだ。

 むかしから演者さんが祟りを恐れて、公演する前に関係者でお参りをするらしい。ほかにもネット上に都市伝説がわんさかあるよ」



 俺はひゅっと背中が冷たくなる感覚に襲われた。


 創作が現実に影響を与えている? そんなことがありえるのか?

 いや…でも……神路祇を通して異能の存在や、不思議な現象が起きていることも知ったし……。


 いろいろ想像が膨らみトリップしていたら、神路祇が写真は撮らなくていいのかと声をかけ、俺を現実に引き戻してくれた。


 俺はお参りを済ませてから神社と周辺を歩いてみる。


 神社は鳥居をくぐるとすぐにやしろが立つ。境内には木が植えられており、定期的に手入れはされているようで荒れてはいない。しかし無人のためか全体的になんだか寂しげだった。


 神社の敷地はとても小さかったから、あっという間に見終わってしまった。

 写真を何枚か撮って十分に堪能できた俺を確認したら、神路祇は行こうと言って歩き始めた。


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