大門(2) 和装の幽霊、桃の邪気祓い
俺は港区にある緑地のベンチに腰掛けている。
前には日比谷通りがあり、ひっきりなしに車が走っている。歩道にも人の往来が途切れることなく続いていて、観光客と思われる国外の人の姿も見かける。
人の流れを追えば、向かいに立つ寺の大きな門に吸いこまれるように入っていく。徳川家にゆかりのある寺とあって人気の高さをうかがい知ることができる。
緑地は区役所のそばにあり、オフィス街特有のビルが乱立する中で、大きな木々が細長いかたちで並んでいて緑のエリアをつくっている。
木々が日差しをさえぎっており、日陰になるベンチは木の葉が風でこすれる音が聞こえて居心地がいい。
ほかのベンチを見れば、老夫婦が休憩していたり、ママ友と思われる女性陣が片手でベビーカーをあやしながらおしゃべりしている。
俺のとなりを見れば、目を細めて
わかりやすいよな。
四谷でも、たい焼きを食ってるときが一番うれしそうだった……。
……こいつ~、やっぱり甘味めぐりが目的か……?
もやもやとしてきた俺は
「なあ、もしかして和菓子が食いたくて大門にしたのか?」
にこにことしていた神路祇の表情が固まり、口の動きがとまって、ゆっくりと俺とは反対方向へ視線をそらした。
「神路祇! 俺は怪異コースの案内をお願いしたぞ!」
「うわゎっ、怒るなよ! こっ、これからだよ!」
「本当か!?」
「い――今からだよ、案内は!」
神路祇は両手を胸の前にだして落ちつくようにうながす。
つかみかかりそうになった俺は、伸ばしかけた手を戻して、浮いた腰をベンチに落とす。
「ふ―――。
お菓子くらいゆっくり食べさせろよ」
「……殴るぞ」
「わかったよ~」
やれやれとか言いながらのんきに茶を飲んでる神路祇の頭をべしっと
神路祇は
「ここに来る途中、神社があったよね。そこでおもしろい体験をしたんだ。
神社で参拝を終え、鳥居をくぐったらふり向いて一礼する――。神社を訪れたときに自分が行う一連の流れが済んだから、きびすを返して駅へ向かったんだ。
鳥居から数メートル進んだところで、かすかに菊の花のいい香りがして、鳥居の前に立つ人の姿が脳裏に浮かんだ。
頭には縦に長い黒の帽子、上衣は水色、下衣は白色という和装。
現在の着物ではなく、歴史の教科書に出てくる位の高い日本貴族や武家出身者が着そうな古式なもの。そんな珍しい服装をした男性がこちらを見ている。
その人物からは、由緒正しい・古式・格式。武将または武家――というイメージがわいたけど、神社の近くだから神主さんだろうと思い直した。
鳥居の前で一礼したときは、近くにいたことに気づかず、通りすぎてしまったのかと思い、立ち去る前に挨拶しようとふり向いた。
でも、だれもいなくて……。
鳥居まで戻って辺りをさがしてみたけど、やっぱり人はいなかったから見間違いと判断したよ。
ここまでが自分が体験したことだ」
神路祇はいったん話をとめて、緑茶を飲み一息つく。
俺はさっき見た神社を思い出しながら神路祇の話に聞き入っていた。話がとまっても口をはさむことはなく、
「和装の人物を見た日からだいぶ経ったころ、1冊の文庫本を購入した。
本の作家は霊感がある人でね、購入した文庫は本人が体験した不思議な出来事をまとめた実話小説なんだ。
いろんな体験が記されていて、その中の1話に目を引くものがあった。
作家は用事を済ませたあと、駅へ向かう途中で和装の男性霊に遭遇した体験を書き
話自体が不思議で興味深かったけど、それ以上に関心をもったのは、作家が遭遇した霊体が、自分が神社で視た人物と共通点があったことだ。
似ていると思ったのは2つあった。
1つは衣装で、作家が出会った霊体は和装姿で服の色は「浅葱」と書かれていた。浅葱とは青系で水色に近いものなんだ。
もう1つは、霊体と出会った場所で、「大門」での出来事と書かれていた。
まあでも、完全に一致していたわけではない。
作家が遭遇した霊体は、自分が視た人物と帽子の有無が異なっていたり、遭遇した場所もぴったり同じではなかった。それでも似ていると思った。
服装は仕事着や普段着、冠婚葬祭などシーンに合わせて変えるものだ。また大門という狭いエリアに、似たような恰好をした
文庫本を購入したタイミングも不思議なものだった。
とくに読みたくて買ったわけではない。新宿駅近くの新宿サブナードで、定期的に行われている古本市でたまたま購入したものだ。
なにげなく買った本に、見間違いと思っていた人物と似たような霊体を視たという実話怪談が書かれている。小説を読んだことで「あれは
どう? 不思議な出来事だろう?」
話し終えた神路祇から作家名を聞いて俺は
その作家は何冊も本をだしており、民俗学に造詣の深い人だ。ホラー系の小説もだしていて実話怪談もたくさんある。
作家が視たナニカと似たようなモノを視た神路祇……。
ただの偶然かもしれないし、全然別物なのかもしれない。でも俺には和装姿の霊体が存在していることを二つの体験が立証したように思えた。
大門に霊体が徘徊している……。
俺は
大門の霊体は、遠くにいるかもしれないし、すぐ後ろに立っているかもしれない……。居場所はわからないけど、大門という狭いエリアに
考えが浮かんだらぞわっとした。
半分口を開けて
「小説の最後だけど、霊体に
小説に登場した神社はこの近くだよ。日比谷通りから少しだけ奥に鎮座している。
由緒のある神社だけど、敷地はそれほど広くないし、近くの大きな寺に関心がいくから存在感は薄いかもしれない。
……この神社も本を読む前に参拝していて、不思議な体験をしているんだ。
初めて神社を訪れたとき、遠くにある社殿がやさしく見えてとても引かれた。
わくわくしながら参道を通って神社へ向かった。
社殿前に来ると周囲は緑があふれていて、あちこちから野鳥のさえずりが響いている。辺りは春のような和やかさに満ちてて温かい。
大きなイチョウの木だけは静寂さをまとっていて印象的だった。
神社は立っているだけで心地がいいから雰囲気にひたっていたけど、参拝者がやって来るのが見えたので帰ることにした。
社殿に一礼して階段を下り、少し
やさしく香る桃は気持ちがとても落ちついて、すっきりした感覚にしてくれる。
近くに桃の木があるのかと辺りを見たけど、石畳みの参道には桃の木は見当たらない。
いぶかしく思って、桃のにおいをたどって木をさがそうと嗅ぎ始めたら、濃かった桃の香りは急に薄くなり、消えてしまった。
さっきまでただよっていた桃の香りが急になくなったから不思議だった。どこかにあるはずの桃の木をさがして境内を歩いたけど、結局見つからなかった。
気になったから桃について調べてみたんだ。
すると、桃はむかしから邪気を祓うといわれていることを知ったよ。
小説を読んだときは桃の
あくまで自分の感覚だけど、『桃の香りがする神社
ふふっ、どう? この体験も不思議なことだろう?」
話し終えた神路祇が俺のほうを向いた。
にっと笑うと、きらきらと目を輝かせて、のぞきこむように俺を見てから言った。
「今からその2つの神社へ行ってみよっか♪」
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