第7話 As above, So below
異形と化した妹に果たして人の意識はあるのだろうか。復讐鬼と化した兄は、重傷を負いながらも立ち上がる。
「オニ゛……ヂャ……」
襲い来る無数の触手を、ハーゼルは両手剣を巧みに操り弾き返す。
鞭のようにしなるそれは、ほとんどが筋肉で構成されているのだろう。その一撃の威力は半端ではない。
異形の蛸足に殴り付けられ、へし折れた脚から骨が飛び出していた。
剣を地に突き立て、ハーゼルは異形と相対する。
「……すぐに終わらせてやる」
ハーゼルは襲い来る触手に一切怯まず真正面から飛び込み、異形の頭とおぼしき部位に両手剣を振り下ろした。
*
全身を駆け巡る激痛も、肉体の悲鳴を、変わり果てた妹を手に掛けた心の軋みも、何もかも噛み殺してハーゼルは報仇の絶叫を上げた。
「……メイヴァーチル!出てこいッ!今度こそ殺してやるッ!!」
メイヴァーチルはすぐに気配を現した。魔法にて空間を切り裂き、神々しくも空中から飛び出した。豹のような身のこなしで地面に降り立つ彼女はまさに女神の美しさ、そして邪悪の化身のように嘲笑を浮かべる。
「もういいのかい?君の妹を治してあげようか」
再び姿を現したメイヴァーチルの両手足は鋼鉄製の籠手に覆われていた。それは所謂モンクが、大型の魔物を仕留める時に使うものだ。それは断じて、人間に使用するように設計されてはいない。無論、威力の話である。
「……は?」
ハーゼルは一切の感情を焼き払ったざらつく声で喉を掠れさせる。
「楽には死なせない。下等な人間の分際で"僕のハーゼル"と家族ごっこなんて目障りだからね」
メイヴァーチルは、お構いなしでぺらぺらと喋り続ける。
「お前はもう喋るな……」
「まだこんな化け物に御執心なのかい?君には僕がいるじゃないか」
「……」
ハーゼルは静かな殺意を抱いて両手剣を構えた。それは今までで最も冷徹かつ確実な殺意。
「ハーゼルお兄ちゃんっ……!どう?キミの妹より可愛いかな」
メイヴァーチルは相も変わらず乙女のように恥じらって見せた。それを見て、ぶち、とハーゼルの中の最後の理性が弾け飛んだ。ただ一色の殺意でハーゼルの脳裏は塗り潰される。それは、肉体の苦痛もハーゼルの心も全て凍てつかせた。
「おォあッ!!」
戦士の道を極めながら、死霊魔法に手を染め堕ちたウォリアー。治癒魔法を極めながら、殺人拳を身に付け人の世の全てを支配せんとするクレリック。
二人のぶつかり合いが凄まじい火花を散らす、その花はハーゼルの妹への手向けなのか。
「ハーゼル……僕は今、とても死合わせだ」
「そのイカれた脳ミソをブチ撒けてやる」
「フフフ、そんなにも想ってくれて嬉しいよ」
*
両者、猛打の応酬。
ハーゼルは立っているだけでも精一杯だが、気力のみで剣を振るう。討つべき仇は目前にいる、いかに満身創痍でもここで倒れる道理はない。
一方のメイヴァーチルはやはり、遊び半分の様子だった。
「なあ、ハーゼル。人間は弱い」
「群れなければ吼える事さえ出来ない癖に、数さえ多ければ己を正義と思い込む、手前勝手な正義を掲げて暴力衝動に走り、人間同士で潰し合う。救いようの無い愚劣な生き物だ」
「誰かが管理しなくてはならない、愚かな人類を。その為の冒険者ギルドだ」
殺し合いの中で、メイヴァーチルは距離を取ると演説するように両手を広げた。頭のネジのぶっ飛んだ彼女の事、彼女なりにハーゼルを説得しようとしているのかも知れない。
「……」
ハーゼルは、メイヴァーチルが演説する間に異形と成り果てた妹の残骸にエナジードレインを使った。彼は今さら手段を選ぶつもりなど無い。体力が回復した所で、へし折れた脚を強引に曲げ直した。
「バカな人間を殺して遊ぶのもちょっとしたガス抜きさ、僕が救っている人間の方が多いだろう」
メイヴァーチルは、律儀にそれを待っている。
「随分人間を語るもんだな、エルフの分際で」
応急処置を終え、戦闘態勢を整えたハーゼル。
「エルフだからこそ、だ。人間は、借り物の力で正義を語る弱者ばかり……」
「家族の為?守るべきもの?仇討ち?」
「そんなの全て、偽りの強さだ」
遂にメイヴァーチルが戦闘態勢に入った。
生ける者を焼き尽くす焔のような闘気に、さしものハーゼルも一瞬怯んだ。
メイヴァーチルはその隙を遠慮無く突いた。
輝くような銀髪を棚引かせ、メイヴァーチルは渾身の飛び回し蹴りを放つ。
ハーゼルはすかさず上段に構えた両手剣を振り下ろし、メイヴァーチルの具足に叩き付けて防ぐ。激しく火花が散った、蹴りの威力を殺し切れなかったハーゼルは両手剣を握り締めたまま弾き飛ばされた。
「ぐッ……!」
理解した。
この女はクレリックの範疇にはいない、紛れも無く肉弾戦は最強だ。俺が今まで戦って来た誰よりも速く、誰よりも力強い。
「全てを破壊する暴力、それこそ本物の強さ」
「君も"強者"なら証明してくれ」
白銀の悪魔が、拳を構えてハーゼルが立ち上がるのを待っている。
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