第6話 邂逅 For Justice

ハーゼルは更に冒険者ギルドの本部に殴り込み、次々と襲い来る冒険者達、警備兵を片っ端から斬り殺した。

ただ一人で殺戮を繰り返す。その血路は、何の救済も無い無明の闇へ続いていると知りながら。


「ぜ……ゼヒュ……ゼェ……」


それは既に鬼神の業、人の身に余る力だった。度重なる死黒掌の反動でとうとう肺に穴が空いたのだろうか、何度息を吸い込んでも激痛が走るばかりで上手く呼吸が出来ない。そのくせ吐気には血を伴った。


幾十人もの屍の積み重なる中、ハーゼルも死に瀕して四つん這いになって血の塊を吐き出している。


「ガハッ……ア゛ァ、ゲボッッ!」


まだ、まだだ。

まだ死ねん。奴を仕留めるまでは……


いくら気勢を張り上げ、胸を焦がすどす黒い感情で己を奮い立たせた所で、ハーゼルには立ち上がることさえ遥かに遠かった。義手に仕込んだエナジードレインで、何でもいい、生物から生命エネルギーを吸えれば……


にわかに黒雲が晴れ、陽の光が差し込んだ。

それと同時に、内臓を滅多矢鱈に切り裂かれたような苦痛が突如和らいだ。

回復魔法、クレリックのものだろう。

空を遮り、黒い雲間から覗く太陽を背に、血反吐を吐いているハーゼルを見下ろしているのは長髪で耳の尖った女のシルエット。


「久し振りだねハーゼル。流石のキミも多勢に無勢、か」


まるで恋人にでも語り掛けるかのような、甘い声。ハーゼルの血液がマグマのように沸騰する。


「メイ……ヴァーチルッ!」


死を告げるかのような風切音が再会を飾った。メイヴァーチルはその必殺の一撃を難なくかわす。今までハーゼルが屠って来た冒険者ギルドの猛者達は、ただの一人として彼の剣技を見切れなかったにも関わらず。


メイヴァーチルは熟練と言えどもただのクレリックに過ぎない筈だ。


「おおっと……まあ待ちなよ、僕はキミを迎えに来たんだ」


何故近接戦闘に長けているでもない彼女は、ハーゼルの必殺剣を前に薄ら笑いを浮かべて居られるのだろうか。


「ふざけるな!」


ハーゼルは、彼女の素っ首叩き落とさんと更に凄まじい勢いで斬り掛かる。


「どうしてさ。やっぱり僕のところに帰りたくなったんだろう?」


メイヴァーチルは事も無げにそれをかわす。


「……戯れ言を!」


「キミには僕がいるじゃないか、自慢じゃないけど僕より可愛い女の子はそうはいないよ」


メイヴァーチルはくすくす、と上品に口を手で抑えて笑う。


「このクソアマが……」


……待て。

激情に任せた勢いで殺せる相手か?

冷静になれ、心の乱れは技を鈍らせる。


殺意という冷却水が、激昂したハーゼルを狂戦士から熟練の戦士に呼び戻す。

ハーゼルは静かに両手剣の構えを改めた。


「む」


まるで飼い犬と戯れるかのようなメイヴァーチルだったが、彼女も途端に構えを改める。


しかし、遅すぎた。


「ぜェえあッ!!」


一つ呼吸を整え、ハーゼルは今までにない鋭さで剣を振った。その閃光のような一撃はメイヴァーチルの顔を深々と切り裂いた。


「……フフッ、フフフフ!流石、僕の見込んだ男」


一方顔を切り裂かれ血飛沫を上げながら、邪な笑みを浮かべるメイヴァーチル。

そして、その顔の傷は直ぐ様治癒魔法によって塞がった。


クレリックを極めた彼女の治癒魔法は、最早パッシブスキルの域に達している。彼女は自身の傷については詠唱すら必要せず、ほとんど魔力を消費することなく治癒する事が出来る。


「最高だよハーゼル。僕はね、一緒に遊んでくれる家族や友達が欲しかったんだ……」


感極まった様子のメイヴァーチルは、目に涙すら浮かべていた。


「俺の家族や仲間を殺しておいてよくほざく……!」


ハーゼルも、メイヴァーチルとは全く異なる温度の涙を浮かべている。


「そうそう、それについては心から謝罪したいんだ。ハーゼル」


「なんだと?」


メイヴァーチルは、合点したとばかりに魔法で空間を切り裂いた。そこから蛸の触手のような物が覗く。メイヴァーチルはその蛸のような"なにか"を切り裂かれた空間から引きずり出した。


「ゴロ……ジテ……殺シ……オニ……ィ……ヂャ……」


化け物の失敗作。

今まで見たどんな魔物よりも醜く、歪んだ生物。最悪なのは、それがあの日魔物に変えられた妹なのだと、認識してしまった事。

ハーゼルの精神は絶望で一気にどす黒く染まった。


やはりまだ、酒が足りなかったか畜生が……


「こういうの、感動の再会って言うんだよね?ハーゼル……」


「……」


絶句するハーゼル。

コイツは俺の妹の成れの果てを、俺への当て馬にする気なのか。

どこまでも人を馬鹿にしやがって……


「ふふふ、喜んでくれたかな?」


メイヴァーチルはにこやかに微笑みを浮かべている。それはまるで恋人に向けるかのような無垢で純粋なものだ。

そう、純粋さは必ずしも好ましいとは限らない。歪んだ方向への純粋さ、それは狂気と呼ばれる。


「貴様はどれだけ人の命を弄ぶつもりだ!」


文字通り、血を吐きながらハーゼルは叫んだ。


「死霊魔法の使い手がそれを言うのかい?」


メイヴァーチルはそれすらせせら笑いながら、兄妹水入らずだと言わんばかりに化け物を引き摺り出した空間に身を投じ一先ず姿を消した。


「……ハッ……おあああァッッ!!!」


ハーゼルは乾いた笑いを吐き出して僅かに残った人間の心の残滓を断ち切る、無情にならねばこの復讐は果たせない、メイヴァーチルを屠れない。


「オニ……ヂャ……グドゥ……ジイ……」


死神は猛然と死を求める異形に斬り掛かった。

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