第5話 No Reason

全てを穿つ為に降り注ぐ雨は、地上にある全てに叩き付けられる。裏路地を歩くハーゼルは肩で息をしていた。血色を失いささくれだった肌の所々に矢傷、切り傷、打撲傷が散見される。


現在ハーゼルの継戦能力は死霊魔法の一つであるエナジードレインに支えられている。生者から生命力と魔力を奪い我が物とする攻守一体の死霊魔法。


その威力は絶大で、死黒掌の連続使用にも堪えられる程だ。しかしそれは他者の命を吸い取って初めて保障される。


「うぐッ、がはッ!」


ハーゼルは地面に手を付き、夥しい血を吐いた。既に彼の魔力は底を尽きている。

凄腕とは言え、魔力適正皆無の彼が魔法を連続で使用するなど自殺行為も甚だしい。

それが死霊魔法ならば尚更のことだ。


「おいあんた、大丈……」


ハーゼルは躊躇うこと無く、自身を心配して歩み寄ってきた男にエナジードレインを使った。その男は身体中から血を噴き出し昏倒する、あまりの出血でミイラのように干からびたが、その屍はすぐに雨水を吸ってふやけた。


冒険者ギルドの追っ手の襲撃は何度目になるかわからない。単身で死闘を演じ続ける中、辛うじてハーゼルは命を繋いでいた。


明日を捨てた男の生命活動は、全て冒険者ギルド、そしてメイヴァーチルへの復讐に向けられていた。死体のように蒼白な顔にボロ布を纏い、軋む両手の義手。魔蝕虫を宿している訳ではないのにほとんど魔物のような姿だった。


死に場所を見失った幽鬼は、市民から吸い取った生命エネルギーを得て、霧の様に散していた思考を束ねる。


追っ手を仕留めて確認したギルド員証で確認すると全員上から二番目の等級である金、猛者達ばかりだった。


だが、雇われた冒険者を何百、何千人殺した所でメイヴァーチルには届かない。虱潰しに支部を潰し、ヤツをおびき寄せる。

胸を焦がすどす黒い炎だけが、ハーゼルが居るこの闇を照らす。


足音。

僅かに休息しながら思案していたハーゼルは突如、スイッチが入ったように全神経を集中させる。


「なんだ、手負いじゃねェか」


「今回は楽な仕事だぜ」


血の跡を残しながら、ハーゼルは冒険者ギルドの支部を目指していたのだから、当然だろう。


立ちはだかる男が三人。見たところウォリアー、ローグ、レンジャーと見受けられる。各々獲物を構えてこちらを見据えているが一切隙がない、かなりの熟練者だ。


ハーゼルは傷の痛みを押し殺し、剛然とその両手剣を構えた。



「……」


メイヴァーチルはギルドマスターの執務室にてまるで恋する乙女のように、物憂げな表情を浮かべている。彼女は死傷者の報告書類の上に頬杖をついていた。


はっきり言ってその辺の冒険者では、死霊魔法抜きでもハーゼルの相手にはならないだろう。


「早く逢いたいな、ハーゼル」


メイヴァーチルの白い肌がにわかに上気する。



「こいつッ……!」


ウォリアーの男は3合切り結んだ辺りで、ハーゼルに剣を弾き返され唐竹に斬り捨てられた。レンジャーの男が戦闘不能になったウォリアーごと矢を射掛けるも、ハーゼルは義手で矢を弾き落とす。


ローグの男が、背後からバックスタブを放った。ハーゼルはぎりぎりの所で身をよじって急所を避ける。


「どうした……!もう終わりか」


大型のダガーナイフがその体に突き刺さったまま、ハーゼルは凄まじい勢いで両手剣を振りかざす。



三人の猛者を討ち倒し、ハーゼルは血の海の中でエナジードレインを唱えた。生きてさえいるのなら、瀕死の相手からも生命力を奪うことが出来る。


ハーゼルはローグの男から受けたバックスタブによってかなりの深手を受けており、返り血ではない血にまみれている。


「……待っていろ、メイ……ヴァーチル!」


それでもハーゼルは、その忌まわしき名を叫んだ。


一頻りドレインにて、瀕死の三人の生命力を吸い取る。三体の干からびたミイラが、降り頻る雨を吸って風船のように膨らんでいく。

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