第3話 I'm back 2

血に濡れたぼろ布を纏ったハーゼルは降り頻る雨に打たれ、黒ずんだ雲に包まれた天を仰いでいた。


冒険者ギルドの本部が鎮座するこの街に彼が帰って来たのは実に五年ぶりとなる。


誰が想像するだろうか。

人類の脅威である魔物を、この世界の支配者階級たる冒険者ギルドの運営者達が産み出しているという事を。


かつてハーゼルは冒険者ギルドを裏切って逃亡を計ったが捕らえられ、ギルドマスター・メイヴァーチルの拷問を受けた。


ハーゼルは両手を薪割りのように斧で叩き折られ、枝切り鋏で筋を切断された。それからメイヴァーチルは今度は彼の目の前で彼の家族を玩び、切り刻み、皮膚を剥いだ。挙げ句の果てには"魔蝕虫"なる虫を喰わせて魔物に変えた。


その時の魔物は……妹は未だにメイヴァーチルに捕らえられたままだ。一度、魔蝕虫によって魔物に変えられた生き物を元に戻す術はない。


たとえ、マスタークラスのクレリックであるメイヴァーチルを打ちのめし、虫を除去させ、治癒魔法を掛けさせたとしても不可能だ。


宿主の身体の代謝機能は高くなり過ぎており、一度寄生されて魔物になってしまうと虫無しでは生きられない身体になってしまう。


魔蝕虫を秘匿するため、冒険者ギルドが産み出した魔物は死亡すると蒼白い魔法炎に包まれて消滅する。強力な自滅魔法を掛けてあるのだ。魔物が死んだ後に残るのは、冒険者ギルドが"設定"した素材、身体に埋め込まれた金や銀などの希少金属のみ。


魔物に変えられた元人間には死の救済を与える他ないのだ。


激しい雨に打たれながら、ハーゼルは魔物に変えられた妹に安息を与えること、そして元凶たるメイヴァーチルや彼女に従う冒険者ギルドに復讐する事を誓う。


単身で冒険者ギルドに挑むなど無謀以外の何物でもない。しかし、たとえ無謀でももう戦う事でしか俺は"俺"を保てない。俺は逃げる場所さえ無くした、帰る場所もない。


五年前、俺が逃げ出した事で失われた命。その全てを贖う為に、冒険者ギルドを討ち滅ぼす。


外法と揶揄される死霊魔法に"義"手を染め、黒鉄の装甲をびっしりと赤黒い魔術刻印が彩り禍々しさを際立たせる。


降り頻る雨が、ハーゼルの纏うぼろ布に染み付いた血を洗い流す。先日吹き飛ばした豚のような男は冒険者ギルド傘下の娼館の運営者だ。奴の主な業務は新米冒険者へ装備や魔法書などを貸与し、依頼に失敗した冒険者からの取り立て。


奴は、俺の前で妹を散々弄んだ。


ハーゼルは後悔する。

死黒掌で即死させたのでは、妹の味わった苦痛の一欠片すら与えられていない、と。


雨に打たれながら、不毛な思案を続ける。

復讐など空しいものだと分かっていた。

しかし真実を知り彼の人生は不可逆に変質した。


今は、その滾る殺意だけがハーゼルを支えている。ハーゼルの姿は再び限り無い闇の中へ消えていった。

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