第3話 I'm back

場は打って変わって、都市。

この都市には冒険者ギルドの本部が鎮座する。


雨の降り頻る真夜中、外套を纏った黒づくめの男が足早に歩む。まさに地上に顕現した死神のような禍々しさで、背布は大剣の形に膨らんでいる。


外套の下に覗く甲冑の赤茶けた錆は、紛れもなく血錆だ。鎧を油でなく血で整備したかのような、夥しい殺戮の痕跡。


男はとある娼館の前で足を止める、裏口に回り込んでドアを蹴破った。店番の男を殴り飛ばし、驚いた客や娼婦を押し退け建物内を突き進む。


丁度、目当ての獲物、太った大男が男を知らぬような少女を犯そうとしていたところだった。


「おいおい。お客さんは荒っぽいのがお好きか?ちと高く付くぜ」


「ああ、お前のような豚野郎に鉄塊をぶち込むのが好きでな」


黒づくめの男は背負う両手剣を抜き、邪魔になると見て家具を悉く打ち払う。

大男はその破片をかわし、鬱陶しそうに椅子から立ち上がった。犯されそうになっていた少女は短く悲鳴を上げ裸で逃げ出していった。


「どこの鉄砲玉かと思えば、お前ハーゼルだな?死んだと聞いていたが」


「……依頼に失敗した冒険者を売り飛ばした金で食う飯は旨いか?」


「人聞きの悪いことを言うな、適材適所という言葉がある。小娘には剣も槍も重かろう?俺は貸与した装備の代金を合理的に返済出来るよう、仕事を斡旋しているだけだ」


「お前等は人の弱味に漬け込んで搾取しているだけだ、ダニのように」


「搾取は社会の本質だ。腐っても昔、冒険者ギルドで最強を謳われた男なら、お前もよく知ってるだろう?」


憮然として大男は言ってのける。


「ああ、お前等のやり口は"よく知ってる"よ」


甲冑の上にボロボロの外套を纏ったハーゼルの姿は死神に似ていたが、その声音は冥府に吹き荒ぶ風より凍て付いている。


「地獄に送ってやる」


黒尽くめのハーゼルの義手が不快な金属音を立てる。


「やってみろ、両腕ともぶった斬られたウォリアーなんざ何も怖かねェ!」


大男は、猛然とハーゼルに殴り掛かった。


スケルトンナイトは頭蓋を砕かれながらも魔力によって駆動する。白骨の両手でがっちりと大男の腕を掴んだ。ハーゼルはあらかじめ下級のアンデッドを召喚しており、それを身代わりとしたのだ。


今度は大男の背後に影が集中し、ハーゼルの形を取った。既に剣を振りかぶった姿勢であり、現れた直後に振り下ろした。


「ぐあッ!」


男は背を深々と斬り裂かれ、悲鳴を上げて昏倒する。


「絶望しながら死ね」


人体ならぬ義手の握力は想像を絶する。

黒づくめの男は左手のみで太った大男の顔を鷲掴みにして持ち上げた。びっしりと魔術刻印が刻まれた義手。丁度その魔術刻印の一部が、魔力を帯び妖しく発光する。


「ま、待ってく……ッ」


凄まじい量の魔力が暗黒のエネルギーを帯び、左手の魔術刻印によって超々圧縮された。義手から射出されたその破壊的エネルギーは直ぐ様大男の顔面で炸裂する。


大気が震え、その一瞬雨が娼館を避けて降り注いだ。それほど凄まじい衝撃と絶対の破壊。


大男は頭部どころか腰から上がまるまる消し飛び、部屋を真っ赤に染め上げた。


死黒掌、又はハームタッチと呼ばれる即死魔法である。左手の義手にあらかじめ刻まれたおぞましい魔術刻印の数々がその詠唱を完全に省略する。アイリーンは絶対に使うなと言っていたが、最早構うものか。


彼こそはハーゼル。天下の冒険者ギルドに仇なす者、今や"死の運び手"と成り果てた元冒険者ギルドのウォーリアー。


残る大男の下半身がべちゃりと床に倒れ、千切れ飛んだ臓物をぶちまける。

まだ死黒掌の残滓が細かい爆裂を繰り返し、血液の沸騰する異常な臭いを撒き散らす。

ハーゼルは滂沱と降りしきる夜の雨の中に消えていった。

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