第2話 Fire Power

「こういう男を見てねェか」


「し、知らん」


老人の余りにも白々しすぎる対応に、男は静かに憤慨した。


「そうか」


短く吐き捨てた男の代わりに、火炎の魔法が雄弁に語る。黒い鎧を纏った男は家屋に火炎魔法を撃ち込んだ。更に呆然とする老人にステップインして前蹴りを放つ。背骨の砕ける篭った音と共に男の纏った足鎧が、老人の胸にめり込んだ。


「そうだよなァ、ハーゼル。お前はそう簡単に死ぬ男じゃあない……」


躊躇なく老人を惨殺し、男は残虐な哄笑を浮かべていた。



ほぼ日課と化している朝の素振り。

これは鍛練の他に、その日の体調を測る目的もある。


両手剣が、どうにもしっくり来ない。

いつも愛用している仕事道具だが、今日はいかんせん調子が悪いようだ。

仕方なくハーゼルは両手斧を使うことにした。こちらは多少乱雑に扱っても問題ないし、破壊力に優れている。


「じゃあ行ってくる」


「気を付けてね」



フリーランス向けの仕事を探しに来たハーゼルは珍しいことに人に呼び止められた、黒い鎧に身を包んだ男だ。


黒い鎧を着込んでいるが、魔力の反応がある。昨今流行りのハイブリットクラスだろう。


自前で回復できる戦士、剣術で自衛出来る魔法使いなど。冒険者ギルドが近年習得技術規制を解除した事で、飛躍的に冒険者の戦略性は広がったのだ。


一方ハーゼルが死霊魔法に手を染めたのは、規制に関係なくただ生きる為だ。

他の生き物から生命力、魔力を吸い取らなければ、冒険者ギルドのマスターから受けた拷問で両手を失った彼は日常生活すらままならない。


「少し時間をくれないか。俺は冒険者ギルドのモンでな、ハーゼルって男を探している」


「……俺が情報屋に見えるか?」


混ぜ返すハーゼル。


「ここいらで名の知れたフリーの冒険者つったら、まずあんただと聞いたぜ」


黒い鎧を着た男は、ハーゼルの苦言が聞こえなかったように話を続ける。


「……年は20代後半大柄で筋肉質。鋭い目付きで、両腕の無いウォリアー。得物は両手剣と聞いている」


今日の得物は偶然大斧、悪運の強さは昔からだが……


「……ここは流れ者の町だ、詮索屋は嫌われるぞ」


ハーゼルはシラを切り通そうとする。


「詮索じゃねェ"捜索"だよ。メイヴァーチル様きっての指名手配でなァ」


黒い鎧の男はハーゼルをじろりと睨み付けている。


「俺のはガントレットだ、人違いだよ」


少し無理があるか、出方次第ではこの男を殺すしかない。


「……時間取らせて悪かったな、これは礼だ。また何かあったら教えてくれ」


結局黒鎧の男は何枚かの金貨を置いて去っていった。ハーゼルは金貨をしばらく見つめていたが、結局金貨を懐に仕舞い込んだ。たとえ冒険者ギルドの汚れた金だろうと、金は金に過ぎないと割り切った。



ハーゼルは依頼をこなし普段よりも二割増しで足早に帰路に着く、胸騒ぎがしてならなかった。


「いたぞ、両手とも義手の男だ」


「生け捕りにしろ!」


「脚をもいでやる!」


……瞬時にハーゼルは状況を理解した。

否、冒険者ギルドの追っ手が来たのに、何を呑気に仕事をしていたんだ俺は。

アイリーンが危ない。


「退け!」


大斧を構え、むしろ単身のハーゼルの方から竜巻のように三人に襲い掛かった。



ハーゼルとアイリーンが隠れ家にしているのは町外れの廃屋だ。

元々廃屋だったし、見てくれも廃屋だが、それはカモフラージュというもの。中はそれなりに隠れ家として機能を充実させている。

今その隠れ家は炎に巻かれ、義足をへし折られたアイリーンが地に臥せている。


「アイリーン!」


「ハー……ゼル……」


「待ってたぜ、やはりお前がハーゼルだったか」


今朝の黒い鎧の男だ。

ハーゼルは、ガントレットを付けたウォリアーとしてシラを通せても、アイリーンは世にも珍しいダークエルフ。その気になれば探すことは容易い。


アイリーンの身の安全を考えるならば、やはりこいつはあの時殺しておくべきだったのだ。


「貴様……」


「ツイてるぜ俺ァ、ダークエルフのアイリーンに裏切り者のハーゼル。一網打尽って訳だ」


黒鎧の男は僅かに顔が兜から覗く、残忍な笑みで表情を歪ませているのが分かる。


「冒険者ギルドに刃向かったバカどもめ、メイヴァーチル様に引き渡す前に俺がキッチリ教育してやるよ」


黒鎧の男が腰から抜き放ったのは曲剣ファルシオン、その曇り一つない刃を見れば誰でも分かるというもの。業物に違いはない。


「……やってみろ!」


ハーゼルは、有無を言わさず男に襲い掛かった。男は辛うじてハーゼルが振り上げた大斧を受け止めたが、有り余る威力。男の体は僅かに宙へ浮かんだ。


コイツの馬鹿力は有名だったが、これ程だったか?


ハーゼルは素早く構え直した大斧を渾身の力で薙ぎ払った。吹き飛んでいく男に、だめ押しの死霊魔法、エナジードレインを命中させる。


「ぬがあああァッ!」


「テメェ……!俺の魔力を……」


この黒鎧の男も相当にタフだ。

ハーゼルの大斧を二度受け止め、エナジードレインを受けても立ち上がったのだ。


吸われるくらいなら自分で使った方がましだ。そう言わんばかりに男の黒鎧の籠手が両方とも激しく燃え上がり、業火は剣まで燃え移る。


「焼滅撃(バーンアウト・ストライク)!!」


黒い鎧の男も渾身の一撃で反撃に出た。

火炎には熱傷を伴う他、刀身に目眩ましの効果もあるのだが、ハーゼルはそれを事も無げにかわす。更に、大斧をかわし様に振り下ろす。凄まじい威力、衝撃で剣に纏わせた火炎が霧散した。


「チィッ……!」


野郎……痩せても最強を謳われた男ってだけの事はある。死霊魔法エナジードレインで人様から魔力を吸い取って、あの義手は"用途外"でも駆動するのか。


アイリーンをなぶれば冷静さを失うと思ったが、これでは逆効果だ。


「どわッ!?」


続くハーゼルの追撃はあまりに速い。

黒鎧の男は受け止めたファルシオンを破壊され、体ごと転げ飛んだ。


「ま、待ってくれ!命だけは!俺、今年娘が産まれたんだ……!」


ハーゼルは尻餅を着いた男に大斧を突きつける。焦った様子で男は命乞いを口にした。


「勝手なことを言うな……!」


「た、頼む!もう、お前らには手を出さねえ!上にも報告しない!後生だ、助けてくれぇっ!」


「彼女を解放して、とっとと消え失せろ!」


ハーゼルは泣く子も黙る剣幕で怒鳴る。


「わ、分かった!……お前が馬鹿だって事がなァ!」


僅かな火炎魔法の気配、黒鎧の男はアイリーンの腕を掴み、ハーゼルに向けて蹴り飛ばす。


アイリーンは、ハーゼルの目の前で弾け飛んだ。人質を解放したのではなく"人間爆弾を放った"のだ。


「ぐッ……!?アイリー……」


こいつ、アイリーンを人質にするどころか予め火炎魔法を仕掛けていたのだ。

小規模な爆発とは言え、至近距離で爆風を受けたハーゼルは体勢を崩した。


「隙有り、死ねィッ!!」


爆死したアイリーンに気を取られたハーゼルを襲ったのは焼滅撃の直撃だった。


ハーゼルは肩から胸にかけて剣で切り付けられ、更に燃え盛る隠れ家の中に叩き込まれた。


火炎魔法を打ち込まれた傷口は発火し、彼は全身炎に巻かれる。しかしそんなハーゼルが感じていたのは、傷の激痛でも炎の熱さでも無い、己の愚かさへの後悔だった。


また、俺が死なせた。


「ハハハハ!所詮怪我人と逃亡者、他愛もない!これで俺も幹部に昇格だァ!!」


戯言が聞こえる。

俺が、選択を誤ったばかりに。


……なんなんだ?冒険者ギルドは、お前達は。権力を握っている奴は何をしても許されるのか?いったい何の権利があって、人の命を踏みにじる。


いいや、違う。


そんな事は分かっていた筈だ、俺が目を背けていただけで。社会とは強者が支配し、強者の為のルールが敷かれ、強者の為に機能する。弱者は虫けらのように踏みにじられるのみ。


漸く理解した。

俺は安穏な生活に胡座を掻き、対決から逃げ続けていただけだ。こいつ等こそ人の皮を被った魔物、殺すしかない。殺さなくてはならない。


炎に包まれた隠れ家の中、立て掛けてあった両手剣を手に取り、鞘から抜き放つ。ここに来て何故だかしっくりと"義"手に馴染む。ハーゼルは炎に巻かれながら瓦礫を吹き飛ばし、疾風のように飛び出した。


今彼は火傷も切り傷の痛みも何も感じなかった。ただ、恩人であるアイリーンをなぶり、爆殺した男への憤怒が燃える。


ハーゼルは駆け抜け様にまず、男の左腕を切断した。振り返りながら今度は脚の腱を切り裂く。あまりにも速い剣技、男は訳も分からず地面に昏倒する。


がしゃり、とハーゼルは両手剣を大上段に構えた。まさしく害虫を見下ろす冷たい目をしている。最早一切の迷いも情けも捨てたのだ。


「ぎゃあああッッ!!」


ハーゼルの両手剣は男の脚に振り下ろされる。義手が男の首を鷲掴みにし、彼を軽々と持ち上げる。


「がッ……あが……助げ……」


男の命の残り滓を吸い、義手に刻まれた魔術刻印が禍々しく発光した。


どす黒い魔力が、ハーゼルの義手から男の顔へ流れ込む。死黒掌と呼ばれる手から直接放つ即死魔法だ。生身なら術者の手が腐り落ちる禁術だが、義手ならそれは問題にはならない。打ち込まれた男は、絶命する過程に何度も何度も体組織が爆裂を繰り返す。


「うぎゃあああああッッ!!」


男の凄絶な悲鳴を聞いても、ハーゼルに一切の同情は沸いて来ない。


渾身の力を込め、ハーゼルは両手剣を振り下ろす。肉厚の剣身は、男の兜どころか大地までも粉々に打ち砕いた。脳漿と頭蓋の欠片、その愚劣な内容物を撒き散らして男は絶命した。



振り出した激しい雨に打たれながら、ハーゼルは慟哭する。


「すまないアイリーン、約束は守れそうにない」

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