第1話 Disguise
両手とも義手の男が、大型の魔物の生首を老人に見せている。満足そうな顔で老人が男に報酬の入った麻袋を手渡した。鋼鉄の義手が軋む音と共に、男は歩き去っていく。
*
男は今では冒険者ギルドの欺瞞を受け入れていた。辺境の町で顔を隠し、名を捨ててフリーの仕事を請けている。
無論、冒険者ギルドにはあまり関わりたくないのが本音だ。しかし戦いの中で生きてきた男に他に出来る仕事など無かった。そこで冒険者ギルドから依頼を受けるのではなく、依頼主に冒険者ギルドを仲介してもらう形を取っていた。
何が違うか?仕事自体は大きくは変わらない。依頼主から直接仕事を請けて、冒険者ギルドの支援や情報提供を受けて魔物の討伐等の"業務"を遂行し、依頼主から直接報酬を受け取る。
このやり方だと何の保障も後ろ楯もない、依頼の失敗はダイレクトに収入減に繋がる。つまり実力とノウハウが必要とされ、しかし冒険者ギルドとの接点は減る。
今のところ男にとってメリットしかない。
どれだけ冒険者ギルドが欺瞞に満ちていても、男が人並み以上にこなせるのは冒険者ギルドに関連する仕事だけだった。
人間は生きて行くためなら家族を殺された憎しみも、両腕を切り落とされた苦痛も忘れられるらしい。
いや正直な所、一人では今日まで生きて来れなかっただろう。一重に彼女の支えがあったからだ。
「お帰り、ハーゼル」
「ああ、遅くなってすまない」
「義手の調子はどう?」
「問題ない。今日は急遽仕事が入って依頼を2件こなした」
「お疲れ様、元ウォリアーなのにそこまで魔力義手が適合するなんて私も予想外だわ」
「別に?魔物から魔力を吸い取れば済む。あんたから教わった死霊魔法でな」
「さすがね。けど、貴方の魔力適性ははっきり言ってかなり残念なカンジよ。魔法の多用は禁物、義手が動く程度にしてね、約束よ?」
「分かっている」
「それから長時間の戦闘も駄目、その義手は、魔力が切れれば持ち主の生命力を無理やり魔力に変えてしまう。そうなれば貴方は血反吐を吐く羽目になるわ」
「あー、講釈はもう沢山だ。それより報酬がたんまり貰えた、少し遅くなったがディナーと洒落込もう」
ダークエルフのアイリーン、その気難しげな表情は明るくなった。
*
この店は金さえ払えば酒も食事もいくらでも出してくれる。両腕とも義手の男と、呪いを受けた者特有の蒼白い肌をしたダークエルフ。胡散臭いことこの上ない二人は街を歩く時はローブで顔を隠している、それでもこの店は問題なく利用出来る。"そういう"客層なのだ。
ハーゼルは一人で飲んだくれている時は、そこまで酩酊しない。
だがアイリーンと居ると酒が回るのが早い。そんな時彼はとても口が回る。
「あんたには感謝している。正直、両腕をもがれた俺が生きて来れたのも、こうして人並みの生活が送れるのも全部あんたのお陰だ」
「お互い様よ、私も用心棒がほしかったの」
「……あんたも冒険者ギルドに追われてるんだろ」
「ええ」
*
「……なあ、アイリーン」
「なあに?ハーゼル」
「……あんたの事、大切に思ってるよ」
「私もよ」
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