第3話 ホムンクルスと生中継(前編)

リビングからの景色は、とても綺麗だ。世界大戦があった頃は、この帝都は激戦区だったらしい。俺は戦後生まれだから実感はないが、きっと八千代さんや、親父の子供の頃は今の平和など想像もできなかったのだろう。


─本日、午前8時30分。帝都湾岸線第10ポータル内

で、異臭騒動が発生しました。なお、第10ポータル発着のカプセルポッドは現在、運転を再開しております。─


壁に投影されたニュースキャスターが、無表情に読み上げている。家にあったテレビとは全然違うんだな。

俺の人生観を変えるには、この映写機があれば充分、可能だろう。それにさっきから流れているニュースも

出てくる単語が、俺の知らない物ばかりだ。


(ピンポーン。ドアモニターに誰かが写っている。)


「先生、おはようございます。」


ドアが開くと、長身の女性が立っていた。彼女は俺をチラッと見ると、軽く会釈をして俺の横を通りすぎていった。


「あっ、そうだ。」彼女は振り向き様に怪訝な表情を浮かべた。

「あのー、ユウさん、一人称を"僕"から、"俺"に変えましたよね?あれって、意図的?無意識?後から、編集が大変なんで、教えて下さい。観てる側は気にするんで。」


「は?」 この人は何を言っているんだ?初対面でいきなり。編集がなんとかって意味が分からない。


「おはよー。純ちゃん。今朝もクールだねぇ。」


八千代さんが部屋から出てきた。おでこに冷えピタを貼るように、怪しいお札を付けてる。


「どう?儲かってる?昨日のドンパチ盛り上がったんじゃないの?ピンク塩、綺麗だったもんなぁ。」


「まあ、それなりに。タマはアップになると映えますから。女は喜びますよ。それから、家に飛び込んで、乱射する所は、ガッポガッポでしたね。撮蟲カメラ6体ですよ。6体。タマ専属用、両サイド、上空、後方。あと1体どこだか分かりました?体内ですよ。体内。スライム君の内側に潜り混んで、撮影したんです。もう戦闘シーンだけで限界でした。集中しようにも、ぐちょぐちょで、気持ちが悪くて、流石に私もゲロ吐きましたよ。まあ、30分程度の動画で5000万稼いだので良しとしましょう。」


なんだこの早口、一切表情を変えずに捲し立てたぞ。


それに昨日は、俺達の他には誰もいなかった。なんで知ってるんだ?そういえば、昨夜も八千代さん、まるで見ていたかのような言い方だったよな。


「とーこーろーでー、ユウさん、先程のご回答を頂きたい。それと、今回はエフェクトで顔を"ブータン"

にしましたが、以後顔出しで行くので宜しく。

まあ、その様子だと、無意識に一人称変えてる様子なので次回からも"俺"で、お願いします。」


テーブルの端にある、豚だか犬だかの人形をつつきながら、純ちゃんは少し笑った。


人形の服にBhutan。ブータン。なるほど。


この子は、純ちゃん。山城純やましろじゅん

私の会社のスタッフ。編集さんよ。凄く頭が良い。

お金儲けの才能があるんだ。今の暮らしが出来るのは純ちゃんのお陰様。


人気のコンテンツwonderで私は、動画配信してる。

"やっちーチャンネル"だ。


─チャンネル登録者数、3000万人。

 総再生回数     300億回

 事務所      Y.Y.C.com

 関連人物    やっちー(兎)

           タマ(猫)

       純ちゃん(カメラ)

        ユウ(ブータン)


Wikipediaより。


八千代さんは、壁に画像を出しながら話している。



画面一杯にタマの顔が映っている。

ピンク色の爆煙が上がっているのを空中から望む。

視点が切り替わると、爆煙の中から見えるブータンがハンドルを握っている。


「あっ、俺だ。」


弾けるスライム。叫ぶ猫。走るブータン。


画面の端に物凄い勢いで、文字がスクロールしていく。赤い枠に金額が書いてあるのか。瞬く間に赤い枠で埋め尽くされた。


「イエーイ!!最高かよ!!純ちゃん。天才だよ!お前は。」


八千代さんは、テーブルの上で跳び跳ねている。


ユウ、これが私達の飯の種だ。昔はな、神事だけでも食ってけたんだが、時代は止まってはくれないんだ。


それに、この世界の怪異たちは、強く深くなっている。奴等の原動力は不安、恐怖、疑心.....陰気なんて、幾らでも沸いてくる。


私達だけじゃ絶体に勝てない。それは、大戦の時に思い知らされた。

私達のファン見ただろ?陽気だろ。みんな笑顔だ。

皆が盛り上る気持ちが大切なんだよ。

金じゃない。

「否、金です。」

純ちゃんが呟く。


お前の親父が私を嫌う理由分かるだろ?

一族の恥だ!って、言われたよ。

でも、心底嫌ってる訳じゃない。

それは知ってるよ。



(プルルルルルルル) 電話が鳴る。


「もしもーし。....うん。了解。......数は?

.....直ぐ行く。待ってろ。」

 

よし、今日もガッポリ行くよ!!


帝都湾岸線第10ポータルに怪異発生だ。 

   


後編へ続く。





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