第2話 造花は美しい

「なあ、八千代さんて、どんな人?」

夜霧をヘッドライトが、切り開いていく。

綺麗に片付けられた車内。豚だか犬だか分からない

人形が、カーブを曲がる度に、ピョコピョコ首を揺らしている。


「八千代様は、お優しい方です。時に、人を喰ってしまいますが。」


「なに?人を食べちゃうの?」


「嫌だなぁ、喩えですよ。生まれ持っての才能でしょうね。八千代様は人垂らしですね。誰でも魅了してしまう。ユウ殿も骨抜きにされますよ。きっと。」


タマはとても嬉しそうだ。新しいおもちゃを貰った子供のような顔をしている。


大きな川を渡ると、背の高い建物が増えてきた。街の中心部の大通り。高層ビルの地下駐車場に、車が入っていく。


「さあ、着きましたよ。ユウ殿どうぞ。」


車から降りて、驚いた。


「なあ、この車だっけ、俺達が乗ってたの?」


そこには、高級SUVが止まっていた。中を覗くと

あの人形がピョコピョコ首を揺らしている。


「私の愛車です。メルセデスAMG。いいでしょ。」


俺は首を傾げたが、意味の無い質問は辞めた。

20階なんて、エレベーターには初めて乗った。

タマは20と書いてある画面をタッチして振り向いた。


「無事に連れてこれて、安心しましたよ。お使いもできないと、八千代様に怒られるところでした。」


大袈裟に胸を撫で下ろす仕草をしている。


チン。エレベーターが停止して扉が開く。

その先にドアがある。恐る恐る俺はドアをあけようとしたら、ドアノブが激しく動いた。


ガチャガチャガチャ


「ユーウー!!!」


一瞬、ピンク色の頭が見えた気がした。

なんだ、このいい香り。脳みそが溶けそうだ。

そして、なんでこんなに、、、苦しい

「あれ...意識が........」


「まったく、なに考えてるんですか八千代様。」


「ははは、すまん。すまん。つい嬉しくてな。」


「どこの世界に、嬉しくてチョークスリーパーを

かける人がいるんですか。まったくもう。」


(うっ.....あ...)なんだ、この会話、いっそ死んだふりをしていた方がいいのか.......


「気が付いたみたいだね。おーい。聞こえますかー

ユウくーん。」


目を開けると、すぐそばに顔があった。

ピンク色の長い髪。

もこもこのショートパンツにタンクトップ。

何故か、室内でサンダルを履いている。。


「八千代さん?」

(恐る恐る聞いてみる。なんでこんなに若いんだ?)


「そうだよ。大きくなったな、ユウ。わたしが最後に見たのは、お前が一歳の誕生日だったからな。」


リビングでは、タマがテーブルにティーセットを用意している。


「お二人とも、紅茶の準備が出来ましたよ。どうぞ。」


「タマ、ありがとう。ユウ、座って話をしよう。お前は何も知らないらしいからね。」


そう言って、八千代さんは一族について教えてくれた。


私達一族は代々、この国に起こる厄介事をきたんだ。

何故、厄介事を、祓うのではなく、のかと言えば、

 「この世のあらゆる事象は、「陰」と「陽」の相反する二つの性質を持があって、両者の調和によって世界が保たれているんだよ。」

だから、バランスを取るために散らしてるんだ。


「ちょっと、これを見てごらん。陰陽の形は知ってるだろう?」


そういって、八千代さんは水晶の玉を見せてくれた。

見るとそれは、白の煙と、黒い煙がそれぞれ勾玉の形になって、水晶の中で微睡んでいる。


これは、この世界のバランスメーターなんだよ。

今は、だいたい同じ位の比率だろ?それが、お前の父

親が死んだ時から、黒が多くなったんだ。

だから、お前を迎えにいった。まあ、今回はタマが頑張ってくれたから良かったよ。


「ありがとう。タマ。後で褒美をやろう。」


キッチンでタマが、嬉しそうに皿を拭いている。


「その、バランスを守る役目を俺がやるってことだよね?それで、ギターが必要だった。」


八千代さんが頷く。俺は戸惑っていた。どうしても、言っておかないと駄目だ。


「俺、ギター弾けないんだよね。」


ガシャン。キッチンで、タマが皿を落とした。


一瞬、時間が止まった。その刹那、八千代さんが腹を抱えて笑いだした。


「お前、最高だな!いやぁ良かったよ!そうか、弾けないのか!! あはははは....ああ、お腹いたい。」


いやあ、ごめん。ごめん。ヒクヒクしながら、八千代さんは、紅茶を一口飲むと、こう続けた。


私達一族は、能力がバラバラなんだよ。陰であったり陽だったりするからね。まあ言うなれば属性だな。今風に言えばな。能力が違えば、使う道具も違う。


だから、お前にタマが言ってただろう、「祝詞、神楽か、なにかお前の父がやってなかったか」って。


お互いに何の術を使うか知らないんだよ。

因みに私は妄語もうご使いだ。


シンデレラあるだろ、童話の。あれに出てくる古い

呪詛だよ。ボロボロの服をドレスにしたり、かぼちゃを馬車にするあれだよ。


パチン。八千代さんが指をならす。

紅茶のお代わりを注いでいるタマが、着物姿になった。

「悪戯はやめてください。」

タマが迷惑そうに、袖を押さえている。八千代さんが舌をだして笑った。


私はね、一族の中でも別格に霊力が強いんだよ。だけど、制約があって半分しか使えないんだ。


「ユウ、どんなに美しい花でも、いつかは枯れてしまうんだよ。悲しいな。」

何処か寂しげな目元に、俺は心臓が痛くなった。


「造花は美しい。」


ポツリと呟いた。


「だから、私は出来る限りの霊力を自分の美貌に注ぎ込んだ。かわいい八千代で居たいんだよ!!私は!!」


「お湯はりが終了しました。」

機械の声が、だだっ広いリビングに流れる。


「よし、風呂に入るぞ。二人とも今日は頑張ったから、私が洗ってやる。喜べ。」


「えっ、一緒に入るの?三人で?」


「うちの大浴場は、いいぞ。遠慮するな。家族だろ?」


スキップしている八千代さんの後ろ姿に、思わず笑ってしまった。

親父が死んでから、初めて笑った。


「早くしろ。」


「いや、遠慮します。」


パチン。


では、お先にと裸のタマが、バスタオルを持って

風呂場に向かっていった。


 














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