オプティミスト

楓トリュフ

第1話 家へおいで。

 扇風機が、生暖かい風を吹き付けてくる。

僕は無意識に天井の染みを数えていた。

父親の葬式に、故人の喪服を着ている自分が滑稽だ。


 19年間、父と暮らしてきた。母は僕を産んで一年後天国へ行った。だからといって父と僕は不幸ではなかった。


「どうにかなるさ。生きてれば。」

父はそう言って、どんなときも笑っていた。

なんだよ、死んでも幸せそうな顔してんじゃん。


 そこから幾日かバタバタと過ごした。日常に色が戻りはじめたある日。


 ポトン。


 ドアポストに郵便が届いた。便箋だ。豚だか犬だかわからないキャラクターが描いてある。切手は無い。


 "門脇 ユウ殿" 

宛名は僕だ。裏返すと差出人は "門脇 八千代"

となっている。


 僕の身内は父と母しか居ないはずだ。

 "門脇 八千代" とは何者なんだろうと、便箋を開けてみた。


 門脇 ユウ殿


 こんにちは。久しぶりだね。ユウ。

お前の父から使者が来たよ。

あれほど嫌っていた私に、使いを寄越すんだから

何かと思えば、あの愚弟、お前を預かって欲しいだ  とさ。でも、状況は分かったよ。家へおいで。

あまり、時間が無いからすぐにおいで。

迎えを行かせたからね。待ってるよ。


                 八千代


 なんだこれ。イタズラなのか。親父に姉が居たなんて聞いたことがない。仮に居たとして、何故僕を預かる必要があるんだ。やっぱりイタズラ・・・・


「ピンポーン」


うわっ、あまりにタイミング良くチャイムが鳴ったので、思わずその場に尻餅をついてしまった。


「御免下さい。」

「は、はい。どちら様ですか?」


僕は、尻を払いながらドアを開けた。そこには、くしゃっとした黒髪に眼鏡。黒いスーツを着た青年が立っていた。


「わたくし、門脇 八千代様の命によりお迎えに参りました。タマと申します。以後お見知り置きを。」


「あっ、手紙の、あっどうも、えっ、はっ、何!?」


「突然のご訪問、驚きますよね。それはそうでしょう。詳しいお話は、お車の中で、」

と、彼が言ったときだった。全身に鳥肌が立った。

彼にではない。僕の後方、勝手口から何かが入ってくる。


ぐちょり。ぐちょり。ぐちょり。ぐちょり。


僕は、振り返れない。何かが迫って来る。台所を抜けて磨りガラスの後ろにいる。

冷たい殺意が僕の首筋へ....


「お気を確かに。」

タマが僕の手を引っ張って、家で外へ引きずり出す。


「思ったより、早い。ユウ殿、急いで車に乗って下さい。」

タマの迫力と、異物の恐怖に、僕はとにかく走って車に向かった。

僕の事をチラッとタマが見た。

二人とも車に飛び込む。

爆音が上がる。物凄いエンジン音。

垣根を突き破り、猛スピードで走りだす。


 僕の家は、山の上に建っている。いわゆる"ポツンと一軒家"だ。

畑を耕し、牛舎、鶏舎。父と二人ゆったりスローライフを送っていた。


父はアコースティックギターが好きで、二人で歌った。鳥の声、川のせせらぎ、嗚呼幸せだ...................


「.....ウ殿、..ユ..ウ殿、」

タマの声で、意識を取り戻す。車は走り続けている。


「ちょっと、想定外でした。いやはや。お父上が亡くなられてから、封じが弱まっているとは思っていましたが、これ程の怪奇とは。」

「なにか、毎日儀式はされてないですか?祝詞とか、神楽など。」


「いや、特に無いな。毎日、畑仕事して....ギター弾いてた!!!」


「それですね。では、そのギターはどちらに?」

僕は視線を家へ向けた。

いや、なんだありゃ。

さっきまでの我が家は、真っ黒いスライムになっている。


「こじ開けますので、奪い取って下さい。ユウ殿、運転出来ますか?」


「出来るよ。出来るけどさ、一個ずっと気になってたんだけど、聞いていい?この車ってさ軍用車両だよね?上に機関銃着いてるし。」


「はい。正確には装甲強化形ハンヴィーです。ユウ殿もしや、上が良いのですか?」

タマがニヤリと口元を緩める。僕はこの時激しく後悔をした。実に初歩的かつ、致命的なミスだ。


[ 知らない人の車には乗ってはいけません。]


僕は覚悟を決めた。良くわからないけど、きっと親父は頑張っていたんだろう。あんなバケモノを封じ込めてたんだ。全然気が付かなかったけど。それをこれから僕がやるってことだな。


僕は、思い切りアクセルを踏んだ。タマが銃を撃ちまくっている。


 "ババババババババババババババババババババ"


不意に、塩味が口に入ってきた。タマがスライムを見ながら叫ぶ。


「八千代様特性の、岩塩弾です。ピンク塩でかわいいだろっ。だそうです。威力は絶大です。ほら、分裂しますよ!」


勢いよく玄関をぶち破り、居間にあるギターを握りしめた。


親子3人で写った写真を抱えて、僕はハンヴィーに乗り込んだ。


「さあ、参りましょう。八千代様がお待ちかねですよ。」


送迎車に、装甲車両を使う叔母。

僕はとんでもない家族に仲間入りすることだろう。










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