結婚前夜の静かな夜Ⅱ
第17話
エレーナの結婚前夜、2人はゆっくりと庭園を歩く。
庭園はとても澄んだ空気をしていた。辺りはシンとしていて、聞こえる音は2人の小さな足音くらいである。空に浮かぶ月は人工的な明りの無い庭園を遠慮がちに照らしてくれていた。
花たちが風に吹かれてゆっくりと左右に揺れている様子は、明日からこの家からはいなくなってしまうエレーナのことを、寂しそうに見送り、手を振るみたいにも見えた。
「立っているのも疲れるわね。レイラ、あそこに座るわよ」
そう言ってエレーナは指を差してベンチに座るように促した。綺麗なバラが色とりどり咲き誇っているガーデンアーチをくぐると、すぐそばに円錐型の屋根をしたガゼボがあり、中には2人掛けの小さなベンチが備え付けられている。
周囲には色とりどりの花が咲き誇っていて、昼間に温かい太陽の光に照らされていると、まるで天国みたいに綺麗な場所なのである。
ただ、ここにレイラは足を踏み入れてはいけないとずっと思っていたし、今もそう思っている。
「あの、お嬢様。わたくしとお嬢様がここに座ってもよろしいのでしょうか?」
このベンチは今までジェミナリー家の男性たちが婚約を決めた女性との愛を深めるために座る場所となっていた。それ以外の人間が立ち入っているのを見た事がない。庭師のリーダットさんですら、ガーデンアーチはくぐらずに外側からハサミを伸ばして器用に作業をしているのだから。
そんなレイラの疑問を聞いて、エレーナがいたずらっ子みたいな顔をしてクスクスと笑い出した。こんな楽しそうな笑顔を見るのは、もしかしたらエレーナがネコを屋敷に持ち込んだ日以来かもしれない。
「そうね、レイラ。きっとわたしたちがここに座ったら怒られてしまうわね。そうしたらわたしはきっとお家から追い出されてしまうわ。でも座らなくてもどうせこの家から出て行くのだから、もう気にしなくても良いのよ」
エレーナは俯いて、どこか寂しそうに言う。
貴族の令嬢であるエレーナは政略結婚として、本人の望まない結婚をしなければならない。望まないかどうかは、もちろんエレーナ本人しかわからないだろうけど、それでもレイラは間違いなくエレーナがこの結婚を望んでいないだろうと思う。そしてレイラもまた今回のエレーナの結婚を望んでいない。
「さあ、早く座りなさい」
先に座ったエレーナが、レイラも横に座るように指示する。月の光をうっすらと受けながら、少し儚げな表情をしているエレーナの美しさにレイラが思わずハッとする。
(明日になればもう二度と会えなくなってしまうけどそれでいいのだろうか?)
レイラは心の中でそんなことを思う。良いか嫌かで言えばそんなこと答えは決まっている。エレーナと会えなくなってしまうなんて絶対に嫌だ。
だけど、そう思ったところでどうすればいいのだろうかともレイラは思う。そんなことを考えながら、気品溢れるエレーナの横に、できるだけ場所を取らないように浅く座る。
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