第16話

「嫌よ! ねえママ、お願い、わたしからレイラを奪わないで!」


そう言ってエレーナがとことこと奥様の元へと歩いて行ってからしゃがみ、奥様の膝元に抱き着き、縋りついた。


「わたし、心を入れ替えて一生懸命ジェミナリー家の令嬢としてふさわしい行動をとるようにするわ! だから……」


必死に上目遣いで頼み込むエレーナの姿を見て奥様は大きくため息を吐いた。


「あのね、エレーナ。そう思って、いつかは淑女になるかと思ってあなたのことはずっと見守って来たわ。でもね、とうとう淑女にならなかったどころかこんな大騒ぎまで起こして、さすがにもうこれ以上は待てないわ」


「ねえ、お願い。次に問題を起こしたらわたしのことをお家から追い出してもらっても構わないわ!」


エレーナの声を聞いて奥様は目を鋭く光らせた。レイラも驚いて目を見開いてしまう。2人の会話の間に入る度胸は無かったけれど、エレーナのことをなんとかして止めたい気分になった。


今までこれだけ自由奔放だったエレーナがいきなりお淑やかになるなんて、無理な話にもほどがあった。


だけど、奥様はそのエレーナの申し出を本気で受け止めたようだ。


「エレーナ、その言葉に嘘はないですね?」


日頃から凛々しい目つきをしている奥様ではあるが、ここまで鋭い目をしているところをレイラは初めて見た。


きっと今、奥様はエレーナのことを愛しい娘としてではなく、ジェミナリー家という名門貴族の令嬢という一人の女性として見ているのだろう。


その奥様の目は向けられていないレイラでも怖く感じたのだから、直接視線を向けられているエレーナに恐怖心がないとは考えられなかった。


それでもエレーナはじっと奥様の瞳を見つめ続けていた。


全く持って視線を逸らそうとしない2人のことを少し離れて見ていたレイラは不思議な感覚に陥った。


いつの間にか、そこには今までずっと見てきた可愛らしいエレーナの姿とはまったく違う、凛々しく麗しいエレーナの姿があるように思えた。


まるで突然人が変わったみたいにエレーナが大人びているように見えた。


レイラは、奥様にも負けない凛々しく鋭い瞳をしたエレーナのことを初めてみた。


その別人のように凛々しいエレーナは一度大きく息を吸った後、覚悟を決めたみたいに、澄んだ、力のある声で頷く。


「ええ。嘘はありません。わたしが粗相をした際にはわたしのことをどう扱って頂いても構いません。ですから、どうかレイラとわたしのことを引き裂かないでください」


今までの子どもっぽい口調のエレーナはもうどこにもいないのだ。人が目の前でこれほどまでに別人のようになってしまった姿をレイラは初めて見た。


その日、エレーナは間違いなくこのジェミナリー家の娘としての自覚を得たのだろう。


その覚悟の意味をしっかりとレイラは理解して、これからはより一層エレーナに仕えるメイドとして粗相のないように気をつけなければならないと決意する。


もっとも、このときレイラはまだエレーナの覚悟の意味を本当の意味では理解していなかった。


エレーナがレイラのことを手放したくないということの本当の意味を……。

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