第9話
北西の方角にレイラは走った。
メイド服のロングスカートが邪魔で走りにくい。上品に裾を手で持ち上げながら走るけど、走りづらくて仕方がなかった。
北西の方角には木々が鬱蒼と生い茂っていて、日が出ていても薄暗く、視界も悪くて足元も悪い。何度か転んでしまったけど、そんなこと気にしている場合ではない。
しばらく走るとようやく視界に青く澄んだ湖が見えてきた。とりあえず無事にエレーナの指定した湖畔にはたどり着けそうだと安心したところに、突然甲高い悲鳴が聞こえた。
自然の中に突然現れたなじみ深い声を聞き、レイラに緊張感が走った。
「エレーナお嬢様!?」
その声の主がエレーナであることはレイラにはすぐにわかった。何が起きたのか分からないが、とにかく大変なことがおきたのは間違いない。
レイラは急いで走った。走りにくい靴は手に持って、はしたないかもしれないけどロングスカートを思い切りたくし上げて走る。もうなりふり構っている場合ではない。先程よりもペースアップして走り、湖畔まで大急ぎで向かう。
ようやく見えた広大な湖の畔に小さな人影が目についた。広大な湖を除けば何もない湖畔にいる華美な衣服を着たエレーナの存在はとても目立つ。
エレーナは一人横すわりをして足首をさすっていた。
「お嬢様! どうしたのですか!」
その声に反応してエレーナがレイラの方を見た。
「あら、レイラじゃない! 来てくれたのね!」
悲鳴がしたから何か犯罪に巻き込まれたのかと思ったが、とりあえずその点については無事そうで良かった。だけど少し顔を歪めながら足をさすっていることは心配だった。
「お嬢様、その足はどうなさったのですか?」
「退屈しのぎに野ウサギを追いかけて遊んでいたら転んでしまったのよ」
エレーナは少しバツが悪そうに舌を出した後、微笑んで答えた。
「まったく、気を付けてくださいね……。さ、騒ぎにならないうちに早く屋敷に帰りますよ」
そう言ってレイラはエレーナを立ち上がらせて帰ろうとしたけれど、エレーナがそれを拒んだ。
「もう少しだけ待ってもらえないかしら?」
「ダメですよ、お嬢様。勝手に屋敷を出てきてしまったのですから、みなさんにバレる前に早く帰らないと」
「もう少しだけだから……」
レイラの手を両手で握りしめて、縋るような目を向けてくるエレーナを無理に帰らせることもできなかった。大きなため息をついてから、レイラは渋々エレーナの頼みを飲み込む。
「……分かりましたけど、もう少ししたら一体何があるんですか?」
「もう少ししたら夕日が沈むのよ」
それだけ言ってエレーナは湖に視線を移した。その視線を追うようにしてレイラも水面を見たが、とくに何もない透き通った綺麗な水に、斜めからギラギラと眩しい太陽の日差しが反射しているだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます