第6話
エレーナのか細い足にできた傷口に、薬品を十分に染み込ませた脱脂綿が触れる。その度に小さな声で「うぅ……」と痛そうな声が聞こえてくる。表情も苦いケールを口の中にいっぱい含んだみたいに辛そうだった。
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。まったく痛くなんてないわ。さっさと塗ってちょうだい」
すでに強がるということを知っているエレーナは実年齢よりもずっと大人だとレイラは思った。
「でも、お嬢様。どうして他の方に傷を見てもらわないのですか?」
「レイラが一緒にいたのにわたしがケガをしたなんてことがバレたらこのお
たしかにそれは困るけど、それ以上にエレーナの怪我が悪化することの方が困る。そんな表情をエレーナに向けていると、エレーナはレイラに優しそうな目を向け返した。
「もし何か痛みがあったらちゃんとだれか手当ができそうな人に助けてもらうから大丈夫よ。でも、もしそのせいでレイラがクビになったらごめんね」
いたずらっぽい笑みを浮かべながらエレーナが言う。
レイラとしては家から出されてしまうのは怖いけど、エレーナが大怪我を我慢して悪化させてしまうことの方がもっと怖かったら、その判断でとくに問題はない。
「ところでお嬢様、先程まで一生懸命書いていた絵は一体何だったのですか?」
「ああ、そうね。もう完成はしなくなっちゃったから見せてもいいわね」
エレーナは倒れてしまったキャンバスの上に置いてある、いろいろな色が交じり合ってしまった紙を持って来た。
「本当はレイラがこれからわたしと一緒にいてくれるっていうから、うれしくて絵を描いてプレゼントしてあげようと思ったんだけど……。完成する前にめちゃくちゃになっちゃったわ。ごめんね」
エレーナが少し恥ずかしそうにペロッと下を出した。
きっと今まで大人の世話係とばかり接してきたから、年の近いレイラと一緒にいられることが嬉しかったのだろう。
見せてくれた絵には明るい色や暗い色、温かい色や冷たい色、いろいろな色が交じり合った2人の人物がいた。その人物の境界線も混ざり合って、今にも1つになってしまいそうな、そんなイメージを抱いてしまう。
未完成の作品かもしれないけど、エレーナが自分の為に書こうとしてくれたのだと思うと、そのまま捨ててしまうのはなんだかもったいなく思えてしまう。
「あの、お嬢様……。その絵を頂けませんか?」
「これ? こんなのもらったって仕方ないでしょ?」
エレーナが不思議そうな顔をしている。
「いえ、お嬢様がわたしの為に書いてくださった絵なのでしたら頂きたいです」
その言葉を聞いてエレーナの顔が一瞬パッと明るくなった後に、少し恥ずかしそうにしながら真面目な顔に戻っていった。表情がコロコロ変わるエレーナのことは見ていて飽きなかった。
「レイラって面白い人ね。いらなかったらどこかに捨てておいてくれたらいいわよ」
そう言って、小さなエレーナの上半身がすっぽり隠れてしまいそうな大きな紙を手渡してくれた。
「ありがとうございます」
レイラが嬉しそうに言うと、エレーナは「変な人」と小声で呟いて部屋の奥へと歩いて行き、絵の具で汚れたドレスを着たまま窓の外をぼんやりと眺めていた。
窓際に向かう時のエレーナが嬉しそうな顔をしていたので、レイラもなんだか嬉しくなった。
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