第4話

「ケガ? わたしが?」


「だって手から血が……」


「血?……これは絵の具よ」


少し間を置いてから、状況を理解したエレーナがケラケラと笑い出した。


言われてみてもう一度手を確認してみる。よく見れば血にしては色が明るすぎるし、粘度が高い。確かに絵の具だ。


「なんで手に絵の具をつけているのですか?……」


「絵をかいていたらよごしちゃったの」


「それは大変です! 早く洗いに行きましょう!」


「あらったって意味ないわよ? まだ絵は大事なとこができていないから、これからどんどんよごれるもの」


小さなエレーナがあきれ顔でレイラの顔を見上げていた。


「さ、レイラそんなことより早くこっちにすわって」


そう言ってエレーナが手を引っ張ってキャンバスの向かい側に置いてある椅子にレイラのことを座らせた。レイラの手にさらに絵の具が付着してしまっていたが、エレーナは特に気にする様子はなかった。


どうやら絵のモデルをさせようとしているみたいだけど新米メイドのレイラに呑気に椅子に座って絵を書いてもらっている暇なんてない。エレーナのお世話以外にも屋敷でしなければいけない仕事はたくさんあるのだから。


そう思い、レイラは慌てて椅子から立ち上がる。


「すいません、エレーナお嬢様。他のお仕事が……」


「ダメ! ちょっとだけだから! じっとしてて!」


剣幕に押されてそのまま座り直してしまう。


「まあ、ちょっとだけなら……」


どうやら“ちょっとだけ”に対する感覚はレイラとエレーナの間で違いがあったようだ。


「あの、エレーナお嬢様……まだでしょうか……?」


「もうちょっとだけ待って!」


「はい……」


結局、かれこれ2時間程椅子に座らされてしまっている。


正直かなりマズいとレイラは内心冷や汗をかきながら、大きなキャンバスを前にしているエレーナをジッと見ていた。


2時間も頑張って絵を書いている幼い子の作業をこんなところで中途半端にやめさせてしまうのも可哀想だけど、さすがにこれ以上じっと座っていれば、仕事をしないメイドとして家から放り出されてしまうかもしれない。


それだけは嫌だと思い、立ち上がった。


「申し訳ございません、エレーナお嬢様。わたしはもう仕事に戻らなければ……」


「えー、ひどいわー」


エレーナが頬を膨らませながらがっかりしたような目をレイラに向けていた。


それでも早く戻らないといけないので、一旦部屋から出ようと思い歩き出す。途中どのくらい絵が完成しているのか気になってチラリとキャンバスの方に目を向けると、そこにはほとんど完成している絵があるのがわかった。


「あれ、もうできてるんじゃ……」


キャンバスに置かれた紙にはメイド服を着た子どもと、ドレスを着たさらに幼い子どもとが描かれていた。おそらくレイラとエレーナであることは容易に想像がつく。


7歳にしてはとても上手な絵であるとエレーナは思った。

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