14 遊園地へ行こう!

 あの日、侑さんから受け取った依頼は「今度の週末、みんなで一緒に遊園地に行きたい」といったものだった。

 どういった意図なのか。本人曰く「最近、好きな遊園地がリニューアルしてね、ずっと行ってみたいな~って思ってたんだけど、どうせ行くなら大勢がいいかなぁって!」らしい。

 そもそもこれを依頼と言えるのかわからないが、光以外のメンバーは概ね快く了承した。光も、最初は「んなこと知らねぇよ」といった態度だったが、周りに押されて渋々了承した。まぁ、俺もすごく乗り気ってわけじゃなかったし、少し拍子抜けしたけど。

 ちなみに、春樹先生もついていくことになった。侑さんたちは「せっかくだから雫先生も!」と言っていたが、「行きたい気持ちは山々なのですが、その日はどうしても外せない用事があるので……」とのことだった。

 そんで今は、バスで移動中である。

 春樹先生は乗る直前、俺たちに「他にも乗ってる人がいるから静かにしろよ」と忠告した。当たり前だが、その姿はさながら、修学旅行の引率の先生だ。まぁ今まで俺そういうのサボってて行ってないけど。

 その遊園地は全国的にも有名な場所で、バスで行っても少し遠い場所にあり、そこそこ時間がかかりそうだ。冬樹たちは、いろいろとゲームやら対話やらをして、その暇な時間を潰している。

 俺もそこに混ざりたいのはやまやまなのだが、先程からどうも気分が良くない。軽く頭痛と吐き気がする。完全に車酔いだ。何でだ……酔い止め飲んだのに……。


「要さん、大丈夫ですか? 結構しんどそうですけど」

「あ、あぁ……大丈夫、ではないな……」

「水飲んだ方がいいんじゃないですか?」

「そうするか……あれ、持ってきてねぇわ。代わりにエナドリでも飲むかな」

「それ飲んだら、余計気持ち悪くなるでしょ。全く、僕の飲んでください!」

「冬樹……」

 なんて優しい後輩なんだろう。こいつとは、一生友達でいよう。

 と思ったら、その対話が聞こえたらしく、みんなからも怒涛の心配をされた。

「要さん、車酔い!? 大丈夫!?」

「おい、静かにしろって。要、お前はとりあえず景色でも見とけ」

「ごめんね! 騒がしくしちゃって。静かにするから、休んでて!」

「要君、ポリ袋あるから、戻しそうになったら言って!」

「ベルトとかゆるめるといいらしいよ~! やってみ?」

「窓開けた方がいいんじゃね? 新鮮な空気吸うといいって言うだろ」

「一応薬飲むか? 良くなるかもしれないし」

「……一旦、降りる?」

「うおぉ……みんなぁ……」

 なんて優しい仲間たちなんだろう。こいつらとも、一生友達でいよう。

 みんなからこんな心配されるとは思わなかった。嬉しいような、少し照れくさいような……。


 ……なんか、心配されただけで、少し良くなったような気がする。単純だな、俺。

「……ありがとう。でも、もう大丈夫そうだ。なんだろう、心配されたからかな」

「そうですか? なら、いいんですけど」

「それにほら、みんなで楽しい会話とか遊びとかしたら良くなるって言うだろ。そうしようぜ」

 そう答えたあと、侑さんから尋ねられた。

「じゃあ~、好きな子っている?」

「はい? いや、いないですけど……」

「そっかぁ……安心した」

「……へっ!? そ、それってどういう……」

「冗談で~す♪」

「な、なんだ……」

 びっくりした……。心臓止まるかと思った。思春期真っ只中の男の純情を弄ぶのはやめてほしい。マジで。

「いっ!」

 突然、隣から足を踏まれた。冬樹だろおい。

「……何で?」

「いや、なんとなく?」

「えぇ……理不尽の極み……」

 なんとなくで人の足を踏むな。さっきあんなに心配してくれたじゃねぇか。


「……そういえば、秋人君、ネックレスとブレスレットつけてる。制服の時はつけてないのに」

「あぁ、そうそう! これ、すげぇ気に入ってるんだよね~!」

 ふと、前方の座席から、秋人と美玲の会話が耳に飛び込んできた。気になったので、会話に入ってみる。

「ネックレスとブレスレットって?」

「これこれ~!」

 秋人は、座席から腰を浮かせて見せてくれた。銀色の十字架があしらわれている綺麗なネックレスと、同じく銀色で左手首についているブレスレットが見えた。

「綺麗ですね~。どこで買ったんですか?」

「これね、中学生の頃に光ちゃんから貰ったんだ! 誕生日プレゼントだったな~」

「えっ、光が!?」

 マジで? あいつ、人にプレゼントとかあげるタイプ? 超意外なんだけど。

 で、秋人の隣にいる、当の本人はというと。

「……余計なこと言ってんじゃねぇよ……」

 消えそうな声が聞こえてきた。どうやら本当っぽいな。まぁ、秋人がこんな嘘つくわけないか。

「マジ? 意外と太っ腹じゃんか」

「うるせぇ……」

「そういや、光も右の手首につけてんじゃん。秋人とお揃いのブレスレット。金色だけど」

「……まぁ、そうだな」

 ん? 光もつけてるのか。少し、光の反応が鈍かったのが気になるが。どんなのなんだ。

 そう思っていたが。

「あっ! これ、俺がプレゼントしたやつだよ! ねっ、光ちゃん?」

「っ! おいっ、バカお前……!」

 ……おや? 何だか、面白そうな話の予感。

 詳しく聞いたところ、光の右手首のブレスレットは、今から三年程前、光が秋人から貰った一番最初のプレゼントらしい。また、秋人のブレスレットとネックレスは、それのお返しも兼ねてとのことだった。

 その上光の奴は、それを未だにつけているのだ。これがどういうことを示すのか、もう考えなくてもわかるだろう。

「光、お前……」

「随分優しいじゃないですか~?」

「……貰いもんだし、使わなきゃ勿体ねぇだろ」

「またまた~。着けられなくなったってとき、すっごく落ち込んでたくせに~」

「えっ!? どういうことですかそれ! 詳しく!」

「お前は黙ってろ!」

「光、顔真っ赤じゃんか」

「うるせぇこっち覗いてくんな……!」

 こんな具合で、光はしばらくいじられた。


 その後も、互いに他愛のない会話を交わしながら、俺たちは目的地へと近づいていった。


     ✴


「着いた~!」

 ふぅ、これから本番だってのに、もう結構疲れたな。車酔いはいつの間にか治っていたが。

「侑、まずはどこに行く?」

「うーん、ありすぎて決められないなぁ~。春樹君はどこかある?」

「俺は、お前の行きたいところでいいよ。というか、これはもともと侑からの依頼だし、侑の好きにしてくれ。冬樹たちも、それでいいか?」

『はーい!』

「ったく、しゃあねぇな」

「そう? じゃあ~……」

 侑さんが考えるような素振りを見せる。

 しかし、光はかなり険しめの表情をしている。口では了承していたが、何か思うことがあるのか。


 次の瞬間、侑さんから放たれた言葉を聞いて、その表情の意味が少しわかった気がした。


「あそこのジェットコースターで!」


     ✴


「確か、このコースターって日本で、ていうか世界でかな、一番高低差とスピードがあるっていう」

「最近リニューアルしたやつですよね!」

「そうそう! 久しぶりに乗ってみたいな~って思って!」

「俺もなんすよ! 楽しみ~!」


 待機中、女子たち(秋人も混じってるが)が楽しげに話をしているなか、俺は戦々恐々としていた。

 え、だってジェットコースターだぞ? それも日本一、もしかしたら世界一高低差とスピードがあるっていうジェットコースターだぞ?? ただのジェットコースターでも苦手だというのに、こんな仕打ちがあるか。

 というか『遊園地でジェットコースターは定番』みたいな風潮がわからない。ジェットコースターが好きという人には悪いが、その気持ちも理解出来ない。あの恐怖と気持ち悪さにさらされるだけの時間が楽しいとかあるのか??

「要さん、ガチビビリしてますね~」

「うるせぇよ……俺は今、心の準備をしてんだよ……」

「……初夏ちゃん、大丈夫?」

「ダメそうだったら、無理しなくてもいいんだからな。まぁ、俺が言うのもあれだが……」

「……へ、平気だよ……」

 あー、同じだ同じ。初夏、俺は超わかるぞお前の気持ち。

「光も大丈夫そ?」

「……これが終わったら、俺はお前を一発殴る」

「怖いなぁ~」

 死亡フラグのような台詞を息巻いている光。あいつも苦手なのか。今日はあいつの意外なところばかり見つかるな。


「あ、始まりますね!」

「ひぇえ……」

 コースターが音を立てて上昇するにつれ、俺の心拍数も上昇していくのがわかった。

 あぁ、もう、この昇っていく感覚がダメだ。上手く言えないけど、なんか……ゾワゾワする。

 やばい……もう始まってしまう……。そうだ、他のことを考えよう。好きなことを考えてたらこんなんすぐに終わるだろう。例えば推しのことと、あっ待って待ってこんな早く来ちゃう感じ? 無理無理待っ──。


『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』


     ✴


「いや~あれ初めて乗りましたけど、結構すごかったですね! 何かその、高揚感っていうの? 他の比じゃないっていうか……要さん? 聞いてます?」

「……聞いてるよ」

「目死んでますけど。あ、それはいつものことですね」

「うるさい……」

 俺は、あの忌まわしい記憶を思い出していた。

 危うく死ぬところだった。直前、好きなことを考えてやり過ごそうなどと目論んでいた俺だったが、いざ始まってみるとそんな暇は全くなかったし、終始頭が真っ白だった。たぶん最後らへんは魂が抜けかけてた。もし冬樹が話し掛けてくれなければ、完全に全部抜けてたと思う。

 ちなみに今は自由時間で、各々、好きなように回っている。俺たちは、ベンチに座って駄弁っていた。

「あっ、秋人君からメッセージが……ふむふむ、『一緒に絶叫マシン巡りしよ!』ですって! 行きます?」

「頼むから勘弁してくれ。もう絶叫マシンなんて単語も聞きたくない」

「ですよね~。それじゃ、いってきま~す」

「いってら~」


 冬樹は秋人たちと絶叫マシン巡りとやらをやるらしいが、俺はこのままベンチに座って、ぼーっとすることにした。

 ふと、侑さんのことについて気になった。あの人の狙いは何なんだろう。いや、〝狙い〟と言うと語弊がある。でも、自分でもよくわからないが、侑さんが依頼してきた理由、どうしてもあれだけとは思えない。あの言葉自体に嘘はなさそうなのに、何なんだ、この違和感は。

 こうやってすぐ人を疑ってしまうの、俺の悪い癖だな。これで何もなかったら、失礼極まりない話だ。けれど──。

「おい! 何ぼーっとしてんだよ」

「え? うわっ! 光、いたのか」

「ったく、ずっといたよ」

 どうやら、少し前から光が隣に座っていたらしい。全然気付かなかった。

「みんなと遊ばなくていいのか?」

「休憩中だ。あと、あいつから逃げてる」

「あいつって、あぁ、侑さんか」

「俺が何でもかんでも食いもんで言うこと聞くと思ったら大間違いだっつーの」

 姉の愚痴を吐く光。ということは、ある程度のことは食べ物で聞いてくれるのか。チョロいだけなのか、それとも……。


「そういや、光たちはどんなアトラクションに行ったんだよ?」

「あー、まずはお化け屋敷だな。確か、日本一距離があるっていう」

「それか……」

 ここの遊園地にあるお化け屋敷は、俺でも知っているくらい有名なところだ。風の噂によると、距離に加えて怖さも日本一らしく、件のリニューアルでその怖さがレベルアップしたとか。俺はホラーやグロが何よりも苦手なので、一度も行ったことはないし、これからも行くつもりはない。

「一応聞くが、どうだった?」

「結構しんどかったな。距離もあるし、作りもんとは言え、あんだけの時間幽霊が周りにいるってのは」

「怖かったか?」

「いや、別に怖いとかじゃねぇんだよな……ただ疲れた」

 あれ? 言う程怖くないのか? それとも、光がホラーに強いだけか。

「あ、でも初夏はめちゃくちゃビビってたな。なのに、ビビってなんかないの一点張り。あれは少し面白かった」

「へぇ……」

 うん、絶対にあそこ行かない。どうやら後者のようだ。でも、初夏とは仲良くなれそうだな。

「あと、コーヒーカップにも乗った」

「コーヒーカップってあれか? あの、ぐるぐる回すやつ」

 コーヒーカップも、しばらく乗ってない。俺的に、お化け屋敷や絶叫系よりは遥かにマシだが、懸念すべき点はある。

「そう。あの女、ガンガン飛ばしやがって……気持ち悪くなったわ」

「それは……災難だったな」

 そういう奴って必ず一人以上いるよな。端から見てるだけならいいが、同乗はしたくない。十中八九リバースする。


 ──それにしても、光の奴、楽しそうに喋ってるな。楽しいんだろうな、みんなと遊ぶの。

「……俺もそろそろ合流しようかな」

「大丈夫なのか?」

「平気だよ。まだまだ若いしな」

「何だそりゃ。──じゃあ、あいつらに連絡入れるか」

「おう」

 せっかくの遊園地だもんな、思い切り楽しまなきゃ損だよ。

「絶叫マシン巡りっての行くか?」

「絶対行かねぇ。そもそも俺はそれから逃げたんだよ」

「はは、そっかそっか。だよな」


     ✴


「ふ~、もうこんな時間か~」

「バスの時間的にも、次が最後だな」

「楽しかった~!」

 二回目の仕事(一応)も、そろそろ佳境だ。俺たちは、全員集合して色々と話していた。

 中身は専ら、ここでのこと。俺も思い出していた。俺の意見など全く聞き入れてもらえず、無理やり連れ込まれた結果大変な目にあったお化け屋敷。ガンガン飛ばしちゃう系男子の秋人と同乗してしまい、これまた大変な目にあったコーヒーカップ。興味本位で入ってみたらクソ寒くて凍死しそうになった『氷の館』とか言うやつ……あれ? ろくな思い出なくね?

 でもまぁ、それらも全部ひっくるめて、なんだかんだ楽しかったなぁと思う。

 もう最後かと思うと……少し、名残惜しいな。


「侑、最後にどこ行きたい?」

「やっぱり最後はあそこでしょ! 大観覧車!」

『おー!』

 観覧車か。遊園地の定番中の定番だが、そういや今日、まだ一回も乗ってなかったな。

「とりあえず、誰と一緒に乗るか決めないとな。いっぺんには乗れないだろ」

「侑さんは誰と乗りたいですか?」

「う~ん、そうだなぁ~。光は決定として、あとは~……」

「おい待てや」

 侑さんにツッコミを入れる光。なんだかんだ仲良さそうだな、この二人……。

 しかし、二人きりというわけではないらしい。まぁ、誰かあと一人か二人同乗するんだろう……。


「要君! 一緒に乗ってくれる?」


「……へ?」

 突如として聞こえてきた言葉に、俺は耳を疑った。え? 今なんか「要君」って言った? 俺の名前呼んでた?

「……俺、ですか?」

「君以外誰がいるのさ、一緒に乗ろう?」

「そ、それは良いですけど……」

「やったぁ!」

 可愛らしく喜ぶ侑さん。結局、俺は高崎姉弟と一緒に、三人で乗ることになった。だが、何故俺なのか。俺の疑問はまだ燻っていた。

 それを抑えつけるように、俺は光に話しかけた。


「楽しみだな、観覧車」

「……あぁ」

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