13 姉、襲来
「さて、そろそろ解散しましょうか。今日も来る気配ありませんし」
「気をつけて帰れよー」
『はーい』
今日もいつも通り、依頼は一つも来なかった。こんなに来ないとなると、『地域サポート会』なんて名前は変えた方がいいんじゃないかとさえ思う。だって、ほとんど何もサポートしてねぇし。例えば……『地域ふれあい会』とか……うん、センスねぇな。これに変わるくらいなら、そのままでいいや。
ちなみに、今日はみんなで、七並べや、ババ抜きや、大富豪や、UNOなど、カードを使ったゲームをいくつかやった。ババ抜きは、とにかく秋人が弱すぎた。あいつ表情隠す気ある? と疑問を抱く程だった。あと、美玲が強すぎた。ポーカーフェイスがすぎる。他のゲームは、いずれも、なかなか良い勝負にはなっていたと思う。参加メンバーが、俺たち八人と雫先生、途中参加の春樹先生と、最大十人もいたため、終わるのに時間がかかったが。
まぁ、楽しかった。
「じゃあ、俺たち先に外出てるぞ」
「さよなら。お疲れ様でした」
「わっかりましたー!」
「要君、光君、お疲れ様でした。また明日」
「お疲れー」
俺と光だけ早く帰り支度が済んだので、先に外に出て、待っていることにした。
二階の会議室を後にし、階段を使って一階へ降りる。出入口に差し掛かったとき、自転車通学の光がそれを取りに向かおうとした。
「俺、自転車取ってくるわ。少し待ってろ」
「おー」
「……!」
「……あ?」
「ん? どうした?」
「いや、何か視線を感じてな」
「えっ?」
視線を感じるって、それ、大丈夫なのか……? ストーカーの類なんじゃないか……? 下手したら事案だぞ。
「心当たりとかは……」
「……無くはねぇな。嫌な予感が……」
「光ーーー!!」
「「!?」」
視線の正体が何なのか小考していると、突然、光に女の人が飛びついてきた。
な、何だ……? てか、誰だ……!? 光の知り合い、だろうけど……。この人が、謎の視線か?
その女の人の容姿を見てみる。顔はよく見えないが、雰囲気は明るい。髪の長さは、ボブカット程。あと、かなり小柄だ。小春より小さい。そしてそのわりにスタイルが良い。何がとは言わないけど、さっきから、ずっと光に当たってる。……いや、別に羨ましくなんかないですけど?
それより、髪色が光とほぼ同じなのが気になる。光のきょうだいか何かか……? だとしたら、随分仲が良い……。
「……何しに来た……!!」
……あれ? そうでもない、のか……? 女の人を引っ剥がしたときの光の表情、身内に向けるそれではなかった。
女の人の顔は、整っていた。つり目がちだが、黒目は大きいし、光とは然程似ていない。年齢は、俺らより少し年上といったところか。
「光、顔怖ーい♪ 大した用はないんだけど、帰りにちょっと寄ってみたら、光がいたから~」
「用がねぇなら来んなよ」
「良いの良いの! 細かいことは気にしない!」
「お前が良くてもこっちが嫌なんだよ!」
テンションが対照的だな……。光はこの人のこと嫌いなのか? とつい勘ぐってしまう。
「ひどいなぁ光。お姉ちゃん泣いちゃうよ~?」
「うるせぇ勝手に泣いてろ。どうせ泣く気なんかねぇ癖に」
ん? 今、この人、自分のこと『お姉ちゃん』って言ったか? つまりこの人は光の……。
「お姉さん!?」
「……チッ」
光が、ばつが悪そうに舌打ちした。やっぱりそうなんだな……。そういや何か昔、いるみたいなこと言ってたな。完璧に忘れてた。
「へ? そうだけど、君、光のお友達?」
「まぁ、はい」
光のお姉さんがこっちに近づいてきた。俺の顔を、まじまじと見つめてる。やべぇ……『オタクっぽい』とか『童貞っぽい』とか思われたらどうしよう……。いや実際そうなんだけどさ……。
しかし、その心配は杞憂だったらしく、彼女は屈託の無い笑顔で自己紹介した。
「はじめまして! 光の姉の、
「あっ、光のお姉さん。よろしくお願いします」
「侑、で良いよ~。光とはね、よく一緒にお出掛けするんだ~!」
「えっ、マジすか?」
「んなわけねぇだろ。こいつに無理やり連れてかれるだけだ。俺ん中じゃ強制連行だよ!」
強制連行……相当嫌みたいだな。でも、付き合ってはくれるっぽいな。やっぱ優しい。
「要さーん! どなたとお話してるんですー!?」
と、ふいに冬樹の声が聞こえてきた。ということは、みんないるのだろう。
「あぁ、この人は……」
「あれ? 侑さんじゃないっすか!」
「秋人君だ! おっひさー!」
ん? 秋人は知ってるのか? 確かに、秋人と光はまぁまぁ長い付き合いらしいし、面識があってもおかしくはないが。
「侑さんって?」
「光ちゃんの姉ちゃん! すっげー明るくて良い人だよ!」
「へ~! そうなんですか!」
「この人が光の? 全然似てねーな」
「君たちも光のお友達? よろしく!」
『よろしくおねがいしまーす!』
「あ、そうだ! ここでの光のこと、いろいろ聞かせてくれない?」
急に、侑さんはこんな提案をしてきた。家族だから、いろいろ気になるのだろう。
「は? おい余計なこと……」
「もっちろん! 大歓迎っすよ!」
「こっちも、家での光ちゃんのこと、いっぱい聞かせてください!」
「……おい、おい!」
すごい、誰も光の話聞いてない。ちょっと可哀想に思えてきた。
「でも、外で話すのも何ですし、とりあえず、中に入ってください」
「僕たちがいつも使ってる会議室に行きましょー!」
「ほんと? じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな~!」
「話を聞け! 俺は許可してねぇぞ!」
結局、光の意見はガン無視で、とんとん拍子に決まった。
「……平気か?」
「平気なわけねぇだろ……」
「光の姉ちゃん、なかなかキャラ濃そうだな」
「……でも、秋人君の言った通り、良い人そう」
「……そりゃ、お前らには、な」
確かに、良い人そうではある。でも俺はそれと同時に、飄々としていて、掴みどころがないような雰囲気も感じ取った。
「ちいサポ会の会議室、こちらでーす!」
「はーい!」
小春たちが案内する。まさか、帰り際にまた戻ることになるとはな。
そういえば、先生たちは、侑さんのことを知っているのだろうか。俺らと同じ学校通ってた可能性もあるし。
そんなことをぼんやり考えながら歩いていると、会議室はもう目の前にあった。と思ったら、俺らの話し声や足音が聞こえてきたからか、春樹先生がドアから顔を出してきた。
「おい、お前らどうした? 何で戻……って、侑!?」
「あーっ! 春樹君!! 久しぶり~!!」
途端、侑さんの顔がさらに明るくなった。天真爛漫で無邪気な、子供のような笑顔だ。
「……その呼び方、いい加減やめろよ。俺は先生なんだから」
「良いじゃん別に~! 減るものじゃないし!」
「はぁ……でも、安心したよ。変わってないみたいで」
つまるところ、この二人は……。
「おや? 侑さんではありませんか」
「雫先生もいたんだ~! 久しぶり!」
「お久しぶりです。お変わりないようで、安心しました」
おっ、雫先生もか? 少し聞いてみるか。
「あの、三人って……」
「あっ、ごめんごめん! 何が何だかわかんなかったよね」
「いや、まぁ、なんとなくはわかりましたけど」
「立ち話もあれだし、とりあえず中入れよ。ほら、侑も」
「詳しくお話しします」
『はーい!』
俺たちは、いつもの席に座った。侑さんは、光の隣(俺の隣でもある)に座った。光本人はかなり嫌がっている風に見えたが。
侑さんたちが、ぽつぽつと話し始めた。
「実は私ね、あの高校の卒業生なんだ〜。君たちの先輩!」
「へぇ、そうだったんですね! 先輩って呼んでもいいですか?」
「僕も呼びたいです!」
「俺も俺も!」
「え~? やめてよ~照れくさいって~」
そう言いつつ、満更でもなさそうな侑さん。良い意味で、あまり年上らしさは感じられない。……こんな姉が欲しかったなぁ。
「それで、二年の頃に担任になったのが、春樹君なの!」
「訳あって、新人の俺がいきなり初めて受け持つことになったクラスの生徒だったんだが、これが本当に手のかかる奴でな。授業中はお喋りばかりしてるわ、先生にも敬語使わないわで……。まぁ、成績だけは良かったけどな」
あぁ……。侑さんと出会ってたった数分なのに、何だか、容易に想像出来てしまう。
「俺のことなんか、全然先生呼びしてくれないんだよ」
「でも、良くない? 〝春樹君〟って、かわいいじゃん!」
「そういう問題じゃねぇだろ。ったく、すいません、こいつが……」
「いや、いいんだよ。俺は大して気にしてねぇから。侑と過ごす時間も、案外悪くなかったしな」
「そ~う? ……ふふっ、嬉しい」
この二人、すごく仲良さそうだな。でも、当たり前だが、いわゆる恋人同士という雰囲気ではない。どちらかというと、兄妹といった感じか。
「お二人は、昔からとても仲良しで、よく楽しげに話されていました。侑さんが職員室にまで来られることもしょっちゅうでしたね」
そう言い、苦笑いする雫先生。確か、うちの学校は、生徒の職員室への出入りは基本禁止してるはずだ。
「本当に、豪快な方でしたね」
「豪快っつーか、こいつはルール守ってないだけですからね? 良い感じに言ってますけど」
「はは、確かに、それは否めないな。単位足りてるのに補習に来たときは驚いたよ。それも、俺が担当するときだけ」
「は!? お前、そんなことしてたのかよ……!」
それは……本当に、ルールなんてお構いなしって人なんだな。
……ん? 俺が担当するときだけ……? 待てよ、それって……。
「だって、春樹君とお喋りするの、楽しいんだもん♪」
「だからってなぁ……!」
「まぁまぁ光、いいんだって」
「そ、そうすか? まぁ、春樹先生がいいなら。はぁ、自由すぎんだろ……」
「確かに……。でも光、お前もお前で真面目すぎじゃね?」
「俺は真面目とかじゃねぇよ。ルール守んのは当たり前だろ」
「そういうの、真面目って言うんじゃ」
「……光ちゃんは、真面目だと思う」
「お前らなぁ……」
そんなやり取りを横目に、俺は冬樹たちと、井戸端会議のようなことをした。
「……なぁ秋人、侑さんってまさか、春樹先生のこと……」
「だよね! 俺も、ずーっとそう思ってた! ねぇねぇ冬樹、春樹先生、気付いてなかったりする?」
「ありえますね~。お兄ちゃん、変なところで鈍感ですから」
「ほんと~? 侑さん、結構わかりやすいけど」
「うん。可愛らしい人だよね」
「てかこれ、雫先生は気付いてるんですかね?」
「雫先生は察し良いし、わかってるんじゃね? ただ、光は少し微妙だな……」
「うーん、どうだろう……。秋人君はどう思う?」
「光ちゃん、そういう話題に興味無いからなぁ~、気付いてるとしても、大して気にしないと思うんだよね」
「お前ら、何こそこそ話してんだよ」
「あっ、光ちゃん! ううん、なんでもない!」
「ねぇねぇ、みんなが入ってる地域サポート会って、どんなことしてるの?」
俺たちのあまり中身のない井戸端会議は、侑さんの質問によって遮られた。
「光にも散々聞いてるのに、全っ然話してくれなくてさ~」
「別に、話す必要なんかねぇだろ」
「もう、冷たいんだから~。お姉ちゃんは、光たちの活動を知りたいだけだよ?」
「……はぁ」
「どんなことを……ねぇ」
「簡単に言うと、みんなからの依頼に応えるって感じですかね~。まぁ、その依頼っていうのがなかなか来ないんですけど」
「ふ~ん……」
冬樹からそう聞かされると、さっきまでの飄々とした様子から一転、何か考え込むような様子になった侑さん。しかし、それは春樹先生から話しかけられると、すぐに晴れた。
「侑、どうした? 何か、悩みでもあるのか?」
「あっ、ううん! 悩みとかじゃないの! ただ……その依頼の内容って、何でもいいの?」
「え? まぁ、基本は」
「へぇ~……」
また、考えるような様子。少しして、どこか怪しげに口角が上がった。一体、何を考えているんだ……。
「……お前、何企んでる?」
「企むなんて、ひどいなぁ~。悪いことなんかじゃないよ~!」
そう聞かされても、光の表情は未だに訝しげだ。
やがて、侑さんは、はっきりとした口調でこう言った。
「ねぇみんな──私の依頼、聞いてくれる?」
✴
週末。
俺は今、待ち合わせ場所のバスターミナルにいる。
侑さんたちは……あっ、いた。お土産コーナーの前で何かやってる。
「お土産コーナーって、普通出発のときには行かねぇだろ」
「そ~う? こういうとこって、結構いいもの揃ってるんだよね~!」
「まぁ、侑らしいというか何というか。実際、修学旅行のときもそんな感じだったしな」
「あっ! この剣のキーホルダーみてーなの、お土産コーナーによくあるやつじゃん! かっけー! この饅頭も美味そう!」
「秋人、うるせー! はしゃぎすぎだろ、子供かよ」
「……私たちの方が、子供なんだけど」
いやぁ皆元気だなと思いつつ、その集団に近づいた。
「──あ、要。おはよう」
「おはようございます。他のメンツは?」
「あぁ、冬樹たちならあっちのコンビニに……おっ、戻ってきた」
何だ、全員いるのか。ってことは、俺が一番最後かよ。みんなを待たせてしまった。
「要さん、遅いですよ~! ま~た夜ふかししました?」
「悪かったよ……。てか、俺の記憶だと、お前も一緒だった気がするんだが?」
「あー、そういえばそうでしたね~」
ったく、この後輩は本当に……。
と、飲み物が入っていると思しきエコバッグを持った唯奈が、俺に近づいて尋ねてきた。
「要君、コンビニで飲み物をいくつか買ってきたんだけど、どれがいいかな?」
「おお、そうか。ありがたいな。じゃあ俺は、このエナジードリンクを頂くわ」
「やっぱり! 要さんって、エナジードリンクのイメージあるよね!」
「う、うん……? そうか……?」
反応に困るが、褒め言葉として受け取っておこう。正直、あまりそうは聞こえなかったが。
さて、今日俺たちはどこへ行くのか。実のところ、これは一応、便宜上、遊びではなく仕事だ。何故なら、これが侑さんからの依頼だからだ。
「よーし、みんな揃ってるね! それじゃあ、早速行こう!」
「遊園地へ!」
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