15 観覧車とバス内で
どうして、こうなった。何故俺は今、高崎姉弟と一緒に、観覧車に乗ってるんだ?
まぁ何故も何も、侑さんに誘われたから同乗してるだけなんだが。いやでも、何でよりにもよって俺を? 春樹先生とかがいいだろうに。そういう、第三者からすればめちゃくちゃどうでもいいであろうことが気になってしまう。本当、俺の悪い癖だ。
あと、先程から光が一切言葉を発していない。何か不都合なことでもあるのだろうか。
それは一旦置いとくとして、単刀直入に尋ねた。
「……侑さん、俺も一緒でよかったんですか?」
「え~? そんな遠慮しなくても~! 私が誘ったんだから!」
「そ、そうですか……」
なんか……うまいこと、はぐらかされた気がする。やっぱり、どこか真意の見えない人だ。
……あ、そうだ、そういえば。
「で、光は何でずっと黙ってるんだ?」
「……」
そう問いかけても、光は景色を見ながら沈黙したままだ。いや……景色を見ながら、というより、心なしか、頑なに下の方を見ないようにしてるように見える。
「あぁ、光はねぇ──」
侑さんが答えかけた刹那、室内が風で大きく揺れた。
「……っ!!」
「うおっ! びっくりした……」
落ちないとわかっているとはいえ、こういう瞬間は少しドキッとする。
「いやぁ、さっきのちょっとビビったな、こ、う……?」
光に同意を求めようと顔を横へ向けたが、何やら目を瞑って固まってる。てか、背筋がめちゃくちゃ伸びてる。どこからどう見ても怖がってるとわかる様子だ。
そういや、ジェットコースターのときもビビってたな。まさか、光は……。
「あははっ! 光、怖かった? 高いところ苦手だもんね~」
「ぐっ……」
「あ、やっぱりですか?」
「そだよ~! 昔から肝の太い子だったんだけど、高いところだけはダメでね~」
「へぇ、そうなんですか」
なんやかんや、光と知り合ってから一年近く経つが、俺はまだまだこいつのことを何も知らないな。
……ん? 待てよ?
「侑さん……ジェットコースターも観覧車も、わざと選びました?」
「え~? 何が~?」
俺の質問に、わざとらしくとぼけた返答する侑さん。あっこれ絶対やってるわ。故意犯ってやつだわ。
これが相当頭にきたのか、光もようやく口を開いた。
「何が~? じゃねぇよ。前科何犯もある癖にとぼけんな」
前科何犯。結構やられてんのな……。
光が侑さんにやたら厳しい態度をとる理由、てっきり反抗期だからかと思っていたけど、それだけとは限らなそうなこと、なんとなくわかった気がした。
「ふふ、ごめんごめん。いや~、それにしても今日は楽しかったなぁ~。付き合ってくれてありがと!」
話題は変わり、今日のアトラクション巡りの話に。
「いえいえ、こちらこそ。楽しんでくれたならよかったです。俺らも楽しかったですし」
「そっか~。ならよかった! 光も楽しかった?」
「それは、まぁ。つまらなくはなかったな」
つまらなくはなかったって、素直に楽しかったって言えばいいのに。光らしいな。
「うん──本当に、楽しそうだったね。そんな光見るの、久しぶりかも」
「ん? 侑さん?」
何だか一瞬、雰囲気が変わった気がする。
「どうかした?」
「あ……特に、何も」
気のせいだろうか。少し、綻びが出てきたか。
そう思っていたら……。
「──ねぇ、光。要君に話してもいい?」
また変わった。今度は、明らかに変わった。それに、話してもいい? って、どういうことなんだ? 今から、一体何を話すつもりなんだ?
そんな侑さんに、光は動じることなく冷静沈着に答えた。
「……別に。好きにしろ」
「うん、ありがと。……あのね、要君。これは昔の話なんだけど、暗い話とかじゃないから、あまり身構えなくていいからね。気軽に聞いてて」
「あっ、はい」
侑さんは、こう前置きした。暗い話ではないらしいが、ふざけた話でもなさそうだった。
やがて、ぽつぽつと話し始めた。
「光はね、昔から人間関係とか、そういうのがとにかく不器用で、あまり心からの友達とか出来なかったんだ」
「あぁ……」
何か、ぽいわ。そんな感じがする。と納得していたら、侑さんから意外な注釈を付け足された。
「あ、でも、今の光とは違って、結構人の顔色窺いがちな子だったの」
「えっ、そうだったんですか!?」
「驚きすぎだろ」
「いや、だって……」
まさか、そういうベクトルだとは思わなかった。人の顔色を窺うなんて、俺の知っている光は、そんなこと絶対にしない。昔は違ったのか。
「ふふ、今の光からじゃ全然想像出来ないよね」
「そう、ですね」
「昔は自分を曝け出すのが苦手な子だったんだけど、あるとき急に吹っ切れちゃったみたいで。こうして今の光が出来上がったってわけ」
「なるほど」
まさか、こいつにこんな過去があったなんて。人は見かけによらないものだな。
「でも、光って正直無愛想でしょ? 協調性もあまりないし、おまけに口悪いしすぐ怒るし」
「そもそも怒らせてんのは誰だ?」
すげぇボロクソ言うなこの人……。
しかし、俺自身も心底全部否定出来ない。というか寧ろめちゃくちゃ的を射ているとさえ感じる。光もそれなりに自覚はしているのだろう。すかさず噛みついたけど、強い否定はしていなかった。
「だから、周りと上手くやってけるのかな~ってちょっと心配だったの」
「心配、ですか」
まぁ実際、去年、こいつと同じクラスになったばかりのときは、孤立しているように見えた。俺だって、こいつの本質もろくに知らずに、思い込みと第一印象だけで敬遠していた。
だが、今は──。
「──でも、もう大丈夫そうだね。本当に、よかった」
「……!」
侑さんは言いながら、静かに微笑んだ。感嘆と安堵混じりの、大人びた笑顔。ここで楽しげに遊んでいたときのそれとはまるで違っていた。そして、より本当の侑さんに近い感じがした。
じゃあ、侑さんの目的は──。
「……そんなこったろうと思った」
光が口を開いた。いつもと何ら変わらない、毅然とした態度だった。
「お前、俺のダチがどんな奴らか、そいつらといるときの俺がどんな感じか、それを知りたかったんだろ。俺らへの依頼も、実質そのための手段でしかない。違うか?」
「……あはは、やっぱバレてたかぁ」
そういうことだったのか。俺が侑さんになんとなく抱いていた違和感、ようやく腑に落ちた気がした。
光は俺の方を向いて、問いかける。
「お前も気付いてたんじゃねぇの」
「……うん、まぁ」
本当になんとなくだ。光のように確信めいてはいなかった。
「え~? 私、そんなわかりやすい?」
「ったく、バレバレなんだよ。このお節介焼きが」
すると光は、深い溜息をついたあとに──。
「俺はもう、昔とは違う。信頼出来る仲間もいる。だから──心配なんかいらねぇよ。安心しろ、姉貴」
そう告げた光の表情は、とても穏やかなものに見えた。俺の勘違いかもしれないが、その言葉も『今まで心配かけてごめん』というニュアンスを含んでいるように感じた。
「──ふふふっ、頼もしい子に育って~。もう私のお守りなんていらないね」
「お前にお守りされた覚えなんかねぇんだが? 寧ろ、お守りしてんのはこっちだ。感謝してもらいてぇな」
「何それ、生意気~!」
「はっ、言ってろ」
一転、軽口を叩き合う二人。
何だよ、普通に良い姉弟じゃんか、この二人。正直、どこかで『嫌い合ってるんじゃないか』なんて疑ってたが、全くそんなことはなかった。疑って申し訳ないと思ったと同時に、ほっとした。
「……あ、そうだ。侑さんが俺を指名した理由も、何かあったりします?」
「あ~、それね、本当に大した理由じゃないよ。君とはあまり話せてなかったからさ~」
あぁ、そういう。そこも少し深読みしすぎたようだ。
「それに、君にはまだ言ってなかったなって思って」
「……?」
「光と仲良くしてくれて、ありがとう。これからも、よろしくね」
「っ!」
……そうか。そうだな。これからもずっと……。
「……はい」
そう答えると、侑さんは俺から視線を外し、一息ついたあとに、世間話をし始めた。その彼女には、飄々とした雰囲気が戻っていた。
「今日ははしゃぎすぎちゃったな~。そのせいで、光のこと散々振り回しちゃったし。ごめんね?」
「散々振り回してんのはいつものことだろ。今更謝られたって、何も響かねぇわ」
「確かにそうかもだけど、今日は特に! あー、でも光のせいでもあるかも?」
「俺のせいって、何でそうなんだよ」
「だって、怖がってる光が面白……かわいいんだもん♡」
「今面白いっつったろ? おい」
めっちゃからかわれてんなぁ、光の奴……。
高崎姉弟のやり取りを傍から眺めていると、侑さんがまたこちらを見てきた。
「え、何すか……」
「いや、お化け屋敷で怖がってた要君も、可愛かったなぁ~って思って♡」
「!!?」
妖しげに微笑まれながら言われて、心臓が大きく跳ね上がった。
ほ、本当に何なんだいきなり……! それにあの笑顔も……何なんだ? とてもミステリアスで、どこか妖艶で、しかし怖さのある笑顔。未だにバクバクうるさい心臓だが、それがときめきからなのか恐怖からなのか、それとも別の何かからなのか、わからない。
いずれにしても、侑さん……恐ろしい人……!
「あーっ! 景色きれーい! 二人も見てみて!」
「っ、いきなり立つんじゃねぇよ……」
「は、はい、本当ですね。……光、平気か?」
「あぁ……」
まぁ何はともあれ、何事もなくて、本当によかった。一見、一方がちょっかいを出して、もう一方がそれをうざがっているという、まさに水と油な仲の二人だが、根はお互いを大切にし合っているのだろう。
窓の外に見える澄んだ夕暮れが、輝いて見えた。
✴
帰りのバス内。俺はバスに揺られながらぼーっとしていた。
俺以外のメンバーは、ほぼ全員寝ている。みんなはしゃぎすぎて疲れたのだろう。俺だって疲れてる。俺も寝ようかな。
……ん? メッセージ? 春樹先生から?
『今日は侑に付き合ってくれてありがとう。代わりにお礼を言いたい』
何でメッセージで? 直接言えば……あぁ、冬樹たちを起こさないようにしてんのか。春樹先生の方に視線を合わせると、静かに頷いた。
『こちらこそ。楽しかったです』
しかし、春樹先生は本当に侑さんのことを気にかけてるんだな。
ふと、侑さんの春樹先生の初対面はどんなものだったんだろうと気になった。ちょっと聞いてみるか。本人に聞いてみても、なんとなくだが、まともに答えてくれなさそうだし。
『ところで、高校生の頃の侑さんとは、どんな感じで出会ったんですか?』
いやでも、答えてくれるかな。完全に個人的な興味だし。……あ、来た来た。
『何だよその質問? 答えるけどさ』
よかった、教えてくれるらしい。
『ありがとうございます』
『いいよいいよ』
春樹先生は、話し始めた。
『四年くらい前に、あの学校に教育実習に行ったんだけど、そこで、職員室に向かう途中、たまたま話しかけられたのが侑だったんだ』
うん、なるほどなぁ。確かにあの人、初対面の人にもガンガン話しかけそうだもんな。実際、俺らに対してもそんな感じだったし。
『何が驚いたって、あいついきなり「どうしたの僕、迷子?」って聞いてきたからな』
あぁ、侑さんのその姿も、容易に想像出来てしまう……。意外と天然か、いや、それともわざとか? どっちも有り得る。
『そこからだな、侑との交流が始まったのは』
『へぇ、そうだったんですね』
『退屈じゃなかったか? 悪い、俺だけ一方的に話しちゃって』
『退屈なんて、全然! 面白かったです』
『そうか? ならよかったけど』
なかなか興味深い話を聞けた。
……我ながら、何故こんなこと気になったんだろう。自分から聞いておいて何だが、以前までの俺なら、人と人との出会いだなんて、毛ほどの興味もなかったであろう話だ。
やはり俺は、冬樹と出会ってから──。
『でも、要も疲れてるだろ? もう寝たらどうだ?』
春樹先生から、再度メッセージが届いた。そうだな、もう寝るか。
『そうですね。そうします』
メッセージアプリを閉じて、ぼんやりとした微睡みに包まれながら、俺は重たくなった瞼を閉じた。
✴
「要さん! 着きますよ! 起きてください!」
「ぅん……? もうか……?」
熟睡していたところを、冬樹に身体を揺らされ、起こされた。どうやらもうすぐ着くらしい。
大きな欠伸をし、背筋も伸ばしながら、降りる準備をする。まだ頭がぼーっとする。
「おはようございま~す」
「おはよう……」
「随分気持ち良さそうに寝てましたね~。いい夢でも見てました?」
「夢、か」
そう言われると、何かしら見たような気もする。でも……。
「覚えてねぇな……」
「ま、夢なんてそんなもんですよね~」
「けど……悪い夢ではなかった、と思う」
「それはそうなんじゃないですか? もし悪夢だったら、はっきり頭に残ってるでしょうし」
考えてみれば、確かにそうだ。自分にとってよかったことよりも悪かったことの方が、鮮烈に脳内に残ると言うし。まぁそれはあくまで現実に起こった出来事の話で、夢に対しても同じことが言えるのかはわからないが。
「ねぇ要さん。明日は何します?」
「え? 明日?」
急に話題が変わったな。てか、何でいきなり明日の話を……。あ、さてはこいつ、俺と遊びたいと思ってんのか。
「明日は、午前中はバイトがある。だから、午後からなら遊べるぞ」
「……別に遊びたいなんて言ってないんですけど」
「え、マジ?」
あれ、違った?
「てっきりそうなのかと」
「仕方ないですね~。要さんがそんなに僕と遊びたいなら、遊んであげてもいいですよ?」
「おう……」
いや恥っず……。俺が冬樹と遊びたくてたまらないみたいじゃんか……。
そうこうしてるうちに、バスが減速していくのを感じた。
「準備出来ました?」
「ん、出来てるよ」
こうして、地域サポート会二回目の仕事は幕を閉じた。
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