12 相沢家の休日
「こら、冬樹! いい加減起きろ!」
お兄ちゃんの声が、脳内にガンガン響く。
僕は、半分寝たままぼんやりと返事をする。
「うぅ~ん……あと五分……」
「そう言って、もう一時間は経ったぞ……。いくら休日とはいえ、寝過ぎはよくないぞ」
「だって、眠いんですもん……」
「……昨日、懲りもせず、徹夜でゲームしてたのは誰だったっけ?」
「うっ……」
……自業自得ですね。
そう思いながら、僕は、まだ疲れが取れ切っていない身体を、無理やり起こした。
「……おはよう、ございます……」
「おはよう、ってお前、クマすごいな……」
「原因は、お兄ちゃんの言った通りですよ……」
これが僕の家の休日の朝、いつもの光景。
……いや、平日でも、大体こんな感じですね。
✴
朝の身支度を終え、リビングへと向かう。キッチンには、エプロンを着たお兄ちゃんが立っていた。
「朝、食えそうか? 食欲無いなら、簡単なの出すけど」
「あー……今日は、パン一枚と、サラダと、牛乳……それくらいで」
「ん、わかった。少し待っててくれ」
僕の返事を聞くと、お兄ちゃんは朝食の支度を始めた。
……あれ? 何か、いつもと違うような……。いつもなら、お兄ちゃんは仕事で、こんなこと……。
「! お兄ちゃん、仕事は!?」
「え?」
そうだ。お兄ちゃんはこの時間、
「朝食の支度も、僕がやりますから! ほら、早く準備……!」
急かしたが、お兄ちゃんは冷静に僕の間違いを正した。
「冬樹、お前まだ寝ぼけてるのか? 今日は俺も休みだって、昨日言ったろ」
「えっ、あっ、そういえば……」
そうだった。完全に忘れていた。寝起きって、こんなに頭回らなくなるものでしたっけ?
「心配してくれたのか? 俺が今日も仕事だと思って。ふふっ、その気持ちは嬉しいよ。ありがとう」
「どういたしまして……」
……穴があったら、入りたい。
しばらくテーブルで待っていると、食パンが載ったお皿と、クリームと、続けてサラダと牛乳が運び込まれた。
「ほら、出来たぞ。無理そうだったら、残してもいいからな」
「はーい。いただきまーす」
こんがりと焼けた食パンの上に、クリームを塗る。ジャムやバターを塗る人もいるが、僕はこの組み合わせが一番好きだ。これを口に入れた瞬間、眠気なんて、全部吹き飛んでしまう。
「……うん! やっぱり、お兄ちゃんの作った食パンは世界一です!」
「いや、焼いただけだから。これが一番って、もっとあるだろ」
「えへへ、もちろん、お兄ちゃんの作る料理は全部美味しいし、世界一ですよ!」
「……そうか。なら良いけど」
僕がパンを頬張っていると、お兄ちゃんが口を開いた。
「そういえば冬樹、何処か行きたいところあるか?」
「ほぇ? 行きたいところ、ですか?」
「あぁ。俺今日一日中休みだろ。どっかあれば、俺が連れていくぞ。でも、あまり遠い場所は勘弁してくれよ?」
「う~ん、そうですね……」
行きたいところ、か。
正直、自分自身インドア派であるため、そう聞かれてもすぐには思いつかない。一人じゃなく二人で行くので、出来れば、二人で楽しく回れるところがいい。ゲームショップとか、家電量販店とかはダメですね。ブックオフは……まだマシですかね? いやでも……。
「……ちょっと待ってください。今、考えてるから……」
「お前、俺に気ぃ使ってないか?」
「うっ……」
……図星じゃないですか。昔から、どれだけ嘘吐いて誤魔化しても、お兄ちゃんにはすぐ見抜かれてしまう。
「……やっぱり、お兄ちゃんには敵いませんね」
「冬樹は本当に優しいな。俺のことなんか気にしなくていいよ」
「で、でも……」
「んー……何なら、ショッピングモールって手もあるぞ。そこなら、冬樹だって俺だって、退屈しないだろ」
「……あぁ!」
そうだ、全く思いつかなかった。普通に考えれば、出てくるはずなのに。
「盲点、でしたね」
「まぁ、人は多そうだけどな。あまり混んでるところは、俺も得意じゃないし」
「確かに……。でも、そのときは、お昼だけ食べて、帰りましょ!」
「じゃあ、そうするか! 昼は何食いたい?」
「リクエストとかは特に……」
こうして、僕たちの今日の予定が決まった。
✴
「さあ! 出動しますよ!」
「出動って、特撮番組かよ」
僕たちは、お兄ちゃんの運転する車で、近くのショッピングモールへ向かった。
ちなみに、お昼は向こうの混み具合で決めることにした。お兄ちゃんは「今日はラーメンの気分だから出来ればラーメンが良いな」と言っていたし、僕もラーメン屋は空いていてほしいと願っている。
しかし、地味に暇ですね。何か話題……あっ、要さんのこととか……。
「……冬樹。ちいサポ会での活動、楽しんでるか?」
不意に、お兄ちゃんの方から話を振られた。
「へ? まぁ、そりゃ楽しいですけど……あっ! そういえば、昨日みんなで人生ゲームやったんですよ!」
「へぇ、人生ゲームか。懐かしいな」
「要さんが本っ当に弱くって~! 全然いい目が出ないし、全然いいところに止まらないんですよ!」
「そういう異常に運が悪い奴、たまにいるよな……。あ、そういや、一昨日の公民館周りの掃除の話、まだ聞けてなかったな。どうだった?」
「あー、やってる間はきつかったんですけど、終わったときはすごくすっきりして、やってよかったな~って思いました!」
「そうか。ならよかった」
先週の初仕事のときもそうだったが、やる前ややっている間は「嫌だなぁ……」と思っていても、終わって振り返ってみると「案外悪くなかった」なんて思えるようになった。これ、成長できてるってことですかね? なんて、つけ上がりすぎですよね。
「あと、要さんの筋肉痛がひどそうで、昨日すごく痛がってたんですよ。あの人のことだから、今も治ってなさそうですけど……。大丈夫ですかね~」
「そりゃ、心配だな。今度会ったときは、労っておくか。てか冬樹こそ大丈夫なのか? 運動不足って意味なら、お前も大概だろ」
「僕はもう全然! 心配いりませんよ!」
……本当は、まだ少し痛いですけど。言ったら色々面倒なことになりそうだから、言わないでおこう。
「でもでも、要さん、人生ゲームやってるときは、楽しそうでしたよ~! 他の活動してるときも、そんな感じで……」
「ははっ、冬樹って、本当に要のこと好きだよな」
「……へっ!?」
話の途中漏らしたお兄ちゃんのその言葉に、少し……いや、かなりびっくりしてしまった。
「ぼ、僕、そんなに要さんのことばっか、話してました?」
「うん。自分のことより話してたぞ」
「そ、そうですか~……」
恥ずかしい……。まぁ、好きには好きなんですけど、人からそう思われると、ちょっと……照れくさいですね。
「その様子だと、満喫出来てるみたいだな。本当に、よかったよ」
「……もしかして、心配かけちゃいました? もう大丈夫ですよ!」
「兄なら普通、心配にもなるだろ。……人間関係とか」
人間関係──か。
「そりゃ、そうですよね」
✴
車内で色々話していると、わりとあっという間に目的地に到着した。
「意外と空いてるな」
「これなら混んでるところも少なそうですね!」
とりあえず一安心。あとは、空いてる飲食店(出来ればラーメン屋)が何処か一つでもあるかどうかですね。
「まずはお昼行きましょ!」
「おう。フードコートはっと……あっ、あった」
「ラーメン屋さんも空いてますね!」
「そうだな!」
お兄ちゃんご要望のラーメン屋だ。心なしか、声が弾んでて、嬉しそう。兄のこういう姿は、弟としても嬉しい限りだ。
何店かあるうちのラーメン屋の一つでラーメンを二つ注文し、数分程待ったら来た。ちなみに、僕は塩ラーメンを、お兄ちゃんは醤油ラーメン(チャーシュートッピング)を注文した。
「「いただきまーす!」」
どれどれ、お味は……。
「美味しいですね! 麺がもちもちしてます!」
「あぁ! チャーシューもとろけるくらい柔らかくて美味い」
「スープも美味しいですよ~! 飲んでみてください!」
「……うん! こっちも美味いな! 冬樹も、飲んでみるか?」
「飲みます飲みます!」
なんてお喋りしつつ、しばらくして、完食した。
「ごちそうさまでした! ふぅ……もうお腹いっぱいですよ~」
「食った食った~。車じゃなけりゃあ、ビールも呑めて、もっと最高だったな」
「呑みすぎないでくださいよ~?」
実は、お兄ちゃんは見た目に似合わず、かなりの酒豪だ。休肝日は定期的に設けているものの、たまに、いや結構呑みすぎることがあるので、喫煙者なのも相まって、そこら辺心配ですけど。
「ところで冬樹、次はどこ行きたい?」
「次ですか~。あっ、ちょっとゲームショップに寄りたいです!」
「欲しいやつでもあるのか?」
「いえ、特には。ウィンドウショッピングってやつですね!」
「随分と洒落た言い方だな……。わかった。俺もあとで合流するから、いってらっしゃい」
「はーい! いってきまーす!」
お兄ちゃんと一旦別れ、フードコートを後にする。
さてと、ゲームショップは確か二階にあったはず……あれ? あそこにいるのって……。
「小春ちゃん! 唯奈先輩!」
「あーっ! 冬樹君だ! やっほー!」
「やっほー! お二人もお出掛けですか?」
「うん。小春から誘われて。冬樹君も?」
「はい! お兄ちゃんと一緒に来たんです!」
二人は、何してるんだろう。ここは……ファッション系のお店、ですかね?
「あっ、そうだ! 冬樹君、少しだけ付き合ってくれる?」
「へっ? ……な、何ですか!?」
小春ちゃんに、いきなり腕を引かれ、されるがままにお店に引きずり込まれた。『付き合って』って……何だか、なんとなく察しがついてしまう。
「あの~……どういったご用で……」
「大丈夫! 全然大変なあれじゃないから! ちょ~っと着てもらいたい服が何着かあるだけで~……」
……やっぱり。フィクションで、よくありがちなやつだ。まさか、僕がやられる日が来るとは思わなかった。小春ちゃんには申し訳無いですけど、ここは断っ……いや、こういうのって、結構友達っぽいのでは? 要さんとじゃ、絶対こんなイベント起こらないし。こういうの、わりと憧れてた節もありますし。
「小春、無理強いはダメだって。冬樹君、困ってるでしょ」
「いえいえそんな! 急ぎの用事とかもありませんし、いいですよ!」
「ほんと!? ありがとう~! じゃあまず、この服なんだけど……」
「えっ!? なかなか派手ですね……着こなせるかな」
「絶対似合うよ~! とりあえず着てみて!」
渡された服と一緒に、試着室に入る。
こんな派手なの、着たことないなぁ。いつも、黒とかグレーとか、そんなのばっか選んじゃいますし。かなり挑戦的といいますか。
とりあえず、着てみる。果たして似合っているのか、自分じゃわからないですね。二人に見てもらわないと……ちょっと、怖いな。緊張する。
「え~と……一応着替えましたけど……」
「着替えた? 見せて見せて!」
「こら小春、急かしちゃダメだよ」
よし、勇気出せ自分……!
その一心で、試着室のカーテンを開けた。
「わ~っ! やっぱり! すっごく似合ってる!」
「うん。冬樹君、スタイルいいから、何でも似合いそう」
「そ、そうですか……? えへへ、ありがとうございます……」
よかった……。笑われるかと思ったけど、それどころか、褒められてしまった。恥ずかしいし照れくさいけど、嬉しい……。
「よ~し、次はこれ……」
✴
「今日はありがと~! けどごめんね~、結構長く付き合ってもらっちゃって。疲れてない?」
「いえいえ! こっちも楽しかったですよ!」
疲れた、というのも事実といえばそうだが、それ以上に、楽しいという感情が勝った。ファッションというものにさほど興味関心がないため、今まで、こういうことはやったことがなかったけど、意外と楽しかった。気に入った組み合わせもあった。推しにも着せたいですね。僕はイラストとか描けないので、要さんに描かせますけど。
「それじゃあお二人とも、また月曜!」
「うん! じゃーねー!」
「ばいばーい」
さてさて、ゲームショップに行きましょうか。
あれ? そういえば、お兄ちゃん、今どこにいるんだろう? まさか、ゲームショップでずっと待ってるなんてことは、ない……ですよね?
ちょっと連絡しましょうか。
『お兄ちゃん、今どこにいるんですか?』っと……。
あ、来た来た。
『ゲームショップだけど。そっちこそ、どこにいるんだ?』……完全に、待たせちゃってますね。急がないと。
急ぎ足で、二階のゲームショップへ向かう。近づくにつれ、お兄ちゃんの姿も見えてきた。
「あ、いたいた。お兄ちゃん!」
「おー、冬樹! どこ行ってたんだ?」
「ごめんなさい~……実はかくかくしかじかで~……」
「そうだったのか。楽しかったか?」
「はい! それはもう──っ!」
ふくらはぎに、痛みが走った。やば……悪化してきたかも。
「大丈夫か? もう疲れてきたんじゃ……」
「あー、確かに、少し、そうですね……。もう、帰りましょうかね」
「満喫は出来たか?」
「それは、出来ました! すごく楽しかったです!」
「うん……よかった。じゃあ、帰るか」
✴
家に帰ると、真っ先に部屋のベッドに飛び込んだ。
はぁ~……疲れた~……。でも、久しぶりにお兄ちゃんとお出掛け出来て、楽しかった。小春ちゃんたちにも会えましたし。
暇になっちゃいましたね~……。このまま、寝ちゃいましょうかね~……。
……あ。そういえば、あのゲーム、今日ログインすれば、特別な装備が貰えるんだった。忘れないうちに、やっちゃいましょう。
……要さん、今頃何してるんだろう。要さんの推しが、もうすぐ誕生日迎えるみたいですし、それ関係のイラストでも描いてそうですけど……。
暇してる可能性も否めませんし、電話でもかけてあげましょうかね。うん。
『冬樹?』
「あ! もしもし要さん? 今何してます?」
『今? 推しの誕生日イラスト描いてるけど。何か用でもあるのか?』
「いや~これといった用はないんですけど……何かお話しません? 暇なんで」
『え?』
「作業しながらでも大丈夫ですよ~! 僕もゲームするんで!」
『……あんまり、面白い話は期待するなよ?』
「問題ないです! そこに関しては、最初から期待なんかしてませんから!」
『おい』
みんなとわいわいしてるときも楽しいけど、やっぱり、要さんと話しながらゲームしてるときが、一番楽しい。
心配いらないですよ、お兄ちゃん。僕、毎日、こんなに満喫出来てますから。
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