11 振り返って
色々あった初仕事から一週間、俺は今、冬樹と通話をしながら推しのイラストを描いている。
なんてったって、もうすぐ推しの誕生日なのだ。絵を描くオタクとしては、それはもう、最高に気合を入れた、現代アート並みに凝ったイラストで盛大に祝いたい。
それはさておき、何故通話しながらなのかというと、単純に、作業中に冬樹から『暇だから何か話しましょ! 作業しながらでもいいんで! 僕もゲームしてます!』と電話が来たからである。おかげで描くペースは落ちた。
でもまぁ、こうやって友達と過ごす休日も、悪くはないな、なんて思ってる。
「なぁ、冬樹……」
『ちょ、今話しかけないでください! 対戦中なんで!』
「……」
こっちが集中してるときは、ガンガン話しかけてくるくせに……。本当こいつは、生意気な後輩だよ。
ちなみに、冬樹が今やっているのは、長く流行り続けている対戦系のオンラインゲームだ。俺もたまに一緒にやる。
『……よしっ! 勝ったー! で、どうしました?』
「いや、これといった話題じゃないんだけどさ、ちょっと話さね? 俺もイラスト一段落したし」
『いいですよ~! 何話します?』
「うーん……最近のこと、とか」
『確かに、ここ一週間、色々ありましたもんね~』
「あぁ、本当に……」
✴
俺たちはあの日、新たなメンバーを二人も招き入れた。それからは、本当に怒涛の毎日だった。
とは言っても、新規の依頼がどんどん舞い込んできて忙しくなったとか、そういうことではない。直近一週間に限れば、依頼はほとんど来なかった。それこそ、公民館周辺のちょっとした清掃作業の手伝いくらい。そんなんでも、そんなんって言い方は良くないが、来るだけマシってもんだ。
このように、仕事の頻度はほぼ変わっていないのだが、俺たちを取り巻く環境はいくつか変わった。
まずは、先述した通り、メンバーが二人加わった。
一人目は、小春の妹である、黒野初夏。ボランティア当時は、光とは色々あってかなり仲が悪かったため、そこらへん少し危惧していたが、どうやら和解できたらしい。今でも二人の口喧嘩というか小競り合いは日常茶飯事だが、俺が見る限り、険悪な雰囲気は全く無い。うまくやっていけそうだ。
二人目は、その初夏の友達、青木美玲。彼女も、何かとコミュニケーションに難がありそうだったため、仕事内容的に大丈夫なのかと、当時の俺たちは心配していた。しかし──。
「……私、変わりたいの。……ううん、絶対、変わってみせる」
美玲の意志は固かった。
寡黙なのは相変わらずだが、俺らといるときは、心なしか、楽しそうに見える。心配はいらなそうだ。
俺たちは、二人の新メンバーをおおいに歓迎した。
が、ここで「集合場所どうすんの?」という新たな問題が浮かび上がった。
当然だ。初夏と美玲は、俺らと違って、まだ小学生だ。俺らの通う高校内にある多目的ルームを、そのまま使用するわけにはいかない。しかも、下校時間だって合うかわからない。寧ろ合わないときの方が多いだろう。
だが、その問題は長くは続かなかった。雫先生曰く「場所に関しては、公民館の空き部屋を使わせていただくので、心配はいりませんよ。これで、時間が合わないとき以外は、全員毎日集合出来ます」とのことらしい。
正直俺は、毎日集まる必要なんて無いと思っているため、その場で「ずっと思ってましたけど、何で毎日集まんなきゃなんないんですか」と単刀直入に尋ねた。
すると、雫先生は……。
「……私も、そう思っているのですが、上がなかなか、首を縦に振ってくれないもので……。彼らには、何か強い拘りがあるみたいです……。不甲斐ない先生で、申し訳ありません」
……かなり苦々しい表情で、そう答えた。
大人の世界の闇というものが、垣間見えた気がした。とりあえず、俺たちは必死に雫先生を宥めた。
集合場所。これが変わったことの二つ目だ。
これだけでも、もう腹いっぱいな感じがするが、まだ少しある。
週が明けた、月曜日。いつもの如く重い足取りで教室に入るや否や、クラスの奴らから話しかけてられた。
「一宮! お前、ボランティアに参加したんだってな! すげーじゃん!」
「あんな面倒くさがってたのに、ほんと偉いよお前」
なかには、こんな陰口(?)も。
「え、マジ? あの、やりたくないことにはとことん不真面目な一宮が……?」
聞こえてるっつーの。余計なお世話だよ。
まぁそれは置いといて、褒められるというのは、それだけで良い気分になれる。簡単なことに、週明けで沈みまくっていた俺の心は、一気に有頂天になった。
初仕事を期に、俺だけではなく、メンバー全員……というより、地域サポート会自体の評価が少し変わった気がする。実際、その場で光も褒められていたし、冬樹たちも俺たちと同じ状況になったと言っていた。前まで哀れみの目を向けられていたり、それ以前に興味さえ持たれていなかったりしていたが、それもほとんど無くなった。やっぱり、やってみないとわからないもんだな。
……何回でも言うが、それでも仕事は来ていない。現実は無慈悲だ。
そしてその日、全てのホームルームが終わり、俺たちは、新しい場所に集合した。
内観は、まさにフィクションでよく見る、会議に使われていたっぽい部屋といった感じだった。広さに関しては、あの多目的ルームと然程変わりはない。使われてないというわりにはやけに小綺麗だったが、公民館に勤めている人たちが掃除でもしてくれたのだろうか。
この日も、少し遅れて雫先生が来た。まぁこれいつものことだ。
しかし、ここからがサプライズだった。
「よっ、上手くやれてるか?」
雫先生の後ろ、扉から顔を出したのは、公民の先生で、冬樹たちのクラスの担任で、そして……。
「……お兄ちゃん!?」
冬樹の実の兄、
春樹先生も、雫先生と同じく、人気のある先生だ。快活で、頼りがいのある兄貴分といった性格で、生徒みんなから慕われている。
人気の要因は内面だけではなく、ルックスにもあると思う。とは言っても、雫先生のそれとは毛色が違う。その性格からは想像もつかないほど、幼い見た目をしているのだ。中学生と見紛うほど、童顔かつ小柄で、それもウケているように思う。
実際のところ、年齢は冬樹とは十歳も離れているのだが、俺はそれを知ったとき、驚きを通り越して軽く戦慄した。
ちなみに、当たり前だが、初夏と美玲は二人が兄弟であること、そもそも冬樹に兄がいることを知らなかったため、初夏は「えっ!? この人、冬樹の兄ちゃんなの!? てかいたのかよ!」と驚いていた。美玲も、一応びっくりしてた……のか?
「な、何でお兄ちゃんがここに……」
「あぁ、実はな、雫先生に頼まれたんだよ」
「はい。僭越ながら、春樹先生に、お願いさせていただきました」
「お願いって、何をですか」
聞けば、春樹先生は、いわゆる〝副顧問〟的なポジションを頼まれたらしい。
でも、一体どういった経緯なのか。本人たちから受けた説明を要約すると、雫先生が上層部から「もう一人くらい先生がいた方が安心だから誰か良さそうな人探してきて」と無茶な要求をされ、そこで「一番信頼出来る」という理由で、春樹先生に折り入ってお願いし、快諾してくれた、とのことだった。
とは言っても、春樹先生は別の部活の顧問も担当しているため、ここに顔を出せるのは、週に一、二回程になるらしい。それに加えて、本人は「それでも、時間いっぱい居れるときは少なくなりそうだけどな。まぁ、そうする必要は無いっちゃ無いみたいだが」と言っていた。俺はさっき〝副顧問〟と表現したが、厳密に言うと〝雫先生の代打〟となるのかもしれない。
で、この日は特別ということで、時間までいれることになっていた。
そんなわけで、この日は「新メンバー歓迎会として(仕事が来ないなら)遊びまくろう!」って流れになった。
主にどんな遊びをしたのかというと、学芸会の定番とも言える、椅子取りゲームや爆弾ゲームなどの、小学生ならともかく高校生以上がやるにはあまりに陳腐な、でも久々にやるとそれなりに楽しい感じのゲームだ。
だるまさんがころんだなんか、もう大白熱だった。特に二回戦目の、どんな些細な動きも見逃さない雫先生と、どんな些細な動きも一切しない美玲の対決は、正直、どんなスポーツの試合よりも本当に見応えがあった。美玲が雫先生に触れた瞬間、辺りは歓声に溢れたし、俺もつい声を上げてしまった。
そんなこんなで月曜日が終わり、火曜日。
この日も案の定、暇を持て余していたため、みんなで勉強会をした。はずなのだが、何故かいつの間にかお絵描き大会になっていた。マジで何でだよ。
一人が自分の絵を発表し、残りのメンバーが何を描いたのかを当てる。ルールは至ってシンプルなのだが、光のが悪い意味でやばすぎた。
何かもう、うまく言えないが、完全に精神に異常をきたしている奴が描く絵だった。笑えるとか通り越してみんな引いてた。なのに本人は至って真剣に、左手にシャーペン持ってサラサラ描いているのが何より恐ろしかった。デッサン嫌いだとは知っていたが、まさかあそこまでとは……。ありゃ、典型的な〝画伯〟だな。
余談だが、光が描いた絵の一つは、自身の家庭が飼っているという犬と猫だった。しかし俺の目には、形容しがたい謎の生命体、敢えて表現するなら、悪魔に取り込まれた二つの生物だったものにしか見えなかった。
水曜日。
この日が、職員の人たちから、最初に言った『公民館周辺のちょっとした清掃作業の手伝い』の依頼が来た日だった。
内容は、まぁ名前の通り。公民館周りの雑草やら落ち葉やらを綺麗さっぱり掃除してしまおう、というわけだった。
依頼を受け付けたのは水曜日だったが、実施したのは次の日。つまり木曜日だ。
意外ときつい作業だったため、職員の人たちと互いに協力し合って行った。雑草や落ち葉の量も、結構すごかった。落ち葉は集めるだけなのでまだマシだったが、雑草引っこ抜く作業なんか、まぁ大変だった。かなり根が張っているのが多すぎた。おかげで、今でも筋肉痛が完治していない。
大変には大変だったが、終わったときには清々しい気持ちが勝った。やってよかったと思う。
あと、終わったあとに職員の人から貰ったお菓子が美味かった。
翌日、金曜日。すなわち昨日。普段なら、週の終わりで舞い上がっているところなのだが、俺の場合筋肉痛が酷すぎてそれどころではなかった。
この日は、会議室内にあった人生ゲームで遊びまくった。筋肉痛を忘れる程夢中になったことは間違いないのだが、何でか俺の運が異常に悪かった。
ルーレットは小さい目しか出ず、良い目を出せたかと思えば、失業か出費、残債。某キンキンに冷えてやがるビールが似合うギャンブラー並みの散々すぎる生涯。いやあいつは、ギャンブルで強運発揮するし、例えが良くないかな。とにかく、人生ゲームがトラウマになりそうだった。
それでも楽しくはあったから、近いうちにまたやると思う。
✴
そして今日。冬樹と、ここ一週間について、駄弁っていた。
『いや~、お兄ちゃんが来たときは、ほんとにびっくりしましたよ~!』
「お前、本当に何も聞かされてなかったのか?
『はい! サプライズでした!』
「……しかし、光の絵はやばかったな」
『はい……。あれはちょっと、引いちゃいましたね』
「絵心ない芸人とかに出られるレベルだったよな」
『そういえば、筋肉痛平気ですか? 昨日めっちゃ痛がってましたけど』
「まぁ、だいぶ良くはなったかな。まだちょっと痛いけど。お前だって、結構酷そうだったろ」
『僕は、要さんと違って若いんで! もうほとんど残ってませんよ!』
「若いって……一つしか違わねぇだろ」
『あ、あと、運が悪いってのもあるかもしれませんね~』
「……
『あれは本っ当笑えましたね~』
駄弁りながら、思い出していた、直近のこと。
それに──そのときそのときの、俺の気持ちを。
「……なんだかんだ、楽しいよな。仲間と働いたり、遊んだりってのはさ。今更気づいたけど」
俺も冬樹も、中学の頃まで、そういった経験がなかった。寧ろ、大勢でわいわい騒ぐなんて、馬鹿馬鹿しいとさえ思っていた。
──こんなに楽しいなんて、微塵も知らなかった。
『……そうですね。けど……』
「? けど?」
冬樹が口を濁す。何か思うことがあるのだろうか。
『……僕は、要さんと遊んでるときが……一番、楽しいですよ』
「ん? 何? よく聞こえねぇんだけど」
『なっ、何でもないです! さっ、話の続き!』
わざと聞き返したが、本当は全部聞こえていた。
「……ははっ。心配すんな。俺もそう思ってるぞ。ずっと遊んでいような」
『~~っ!? き、聞こえてんじゃないですか!! 要さんの意地悪! キモオタ!! 童貞!!!』
「おい流れでただの悪口言うな」
こいつ、結構かわいいとこあんじゃん。最後の方すげぇ罵声浴びせられたけど。
……この楽しさが、ずっと続けば、どんなに幸せなことだろう。でも、そうとは限らないこと、俺は知っている。冬樹だって、知っているだろう。
けれど、だからこそ、あまり先のことは、今は考えない。俺たちは、今を生きているから、今が幸せなら、未来なんてどうでもいい。
……まぁ、『未来』だって、いつかは『今』になってしまうんだけど。そのときは、そのときだな。
『そんなことより、要さん! メンバー足りないんで、今から合流してくれません? 大丈夫ですね? ありがとうございます!』
「拒否権なしかよ……。いいけど」
俺たちはこのまま、暮れ方まで、ゲームを謳歌した。
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