9 難問

「おー! この花、すげーかわいい! えっと、光ちゃんが言ってたよな、なんて言うんだっけ……あぁ! オオイヌノフグリだ!いやー、ほんと花って綺麗だよなー。


 ねっ、美玲……」


「………………」


 俺がそう話しかけると、美玲は静かに頷いた。


 ……う~ん、めっちゃムズいなこれは……!


 ゴミ拾い後半戦のグループ分けで、俺と美玲は一緒のグループになった。しかも二人きりだし、これは仲良くなれるチャンス! なんて、さっきは思ったけど……。そりゃあ、そう簡単にはいかないよね。

 一応、反応はしてくれるんだよな。ガン無視よりは、こっちも傷つかないけど……。でもやっぱ、少しはお喋りしたいな。

 そう思ってしまうのは、俺のわがままだ。世の中には、喋ることが好きじゃない人だっているのだから。それでも……。

「そういや、美玲はさ、仲良くしたい人っている?」

 こっちから話しかけるしかない! その一心で、また話しかけた。

 すると、美玲は反応をくれた。「はい」とも「いいえ」ともとれない、どこか曖昧な反応に見えた。

「……うーんと、俺ね、中学の頃からの友達がいるんだ。その人はもともと、部活の先輩だったんだけど……」

 とりま俺の、俺と光ちゃんの昔話でもしようかなぁ。


「最初会ったときは、何考えてんのかわかんなくて、結構苦手だったんだよね。でも、その人のことを知っていくうちに、だんだん、仲良くなりたい! って思うようになった。で、今は大親友!」

 話しながら、昔の、中学生の頃を思い出していた。

 あのときの光ちゃんは、俺にとって、とにかく得体の知れない先輩だった。いつも同じような顔をしてて、かと思えば時々和らいで、思考がわかりそうでわからなかった。正直、ちょっと怖かった。あの頃の俺は、将来その先輩と大親友になるなんて、夢にも思わなかっただろうなぁ。

 ……しかし何か、自分の話するのって、ちょっと恥ずかしいな。ここまで深く自分の話する機会は、なかなかないし。

 美玲はやっぱりここまでずっと無言で、でも真剣そうに聞いてくれた。それだけで、嬉しい。

「あとになって気づいたけどさ、俺はたぶん、最初からその人のこと、根っから苦手なわけじゃなかった思うんだよね。何となーく気にかけてた感じ?」


 ……あんま上手く言えねーなぁ。

 俺は、光ちゃんたちみたいに頭よくないし、説明も下手くそだし、でも、気持ちだけは伝わってくれればいいな。

「仲良くなりたいとかじゃないし、本当は苦手かもしれないけど、少し気になってる。美玲にも、そんな相手いないかな?」

「……!」

 美玲の反応は、さっきまでのより、ずっと強いものだった。目元を見ると、眠たそうだった半目が、すっかり見開かれていた。

 ……どう、思ってるのかな。嫌な気持ちに、なってないかな。

「いや、ご、ごめん。気にしないで……」


「…………いる、かも」


「……っ!」

 小さく聞こえたその声に、俺は思わず驚いた。

 喋った……? 聞き間違い、じゃなかったよな。……あぁもう、こんなこと考えるとか、失礼すぎだろ俺!

 でも、驚きと同時に、喜びも湧き上がってきた。

 俺も何か、何か喋んなきゃ……!

「……いっ、いる!? 誰だれ!?」

 驚きと喜びのあまり、声がバカでかくなってしまった。クソ、何で加減出来ねーかな俺は……。

 しかしありがたいことに、美玲はそんなバカな俺にも動じずに、か細い声のまま話を続けた。

「……午前中に、ヘアピンの男の人と、喧嘩してた子」

「なるほど……って、その子、まさか!」

 ヘアピンの男の人って、光ちゃんのことだよな。つまり、光ちゃんと喧嘩してた子ってのは……。

「黒野初夏って子!?」

「……うん。知ってるの?」

「えっとね、俺、その子の姉ちゃんと友達でさ。それに、俺の友達と喧嘩しちゃった子だしね」

「……え?」

「うん。実は、その男の人、俺がさっき話した人!」

「……そうなんだ」


「ごめん、話遮っちゃって。続けて!」

 美玲は頷いて、ぽつぽつと話を再開した。

「……私、昔から、こんな感じだったの」

「こんな感じって?」

「……口下手で、笑顔がつくれない、そんな子供。……変だよね」

「いやいや、そんなことねーって! そういう子なんていっぱいいるし、変だなんて……!」

「……やっぱり、そっくりだ」

「え?」

 そっくり? 俺が? 誰に?

「ど、どういうこと?」

「……初夏ちゃん」

「初夏ちゃん、って」

 俺が初夏に似てる? あのとき俺は、どちらかというと、光ちゃんに似てると思ったけど……あれとは違う側面があるのかな。

「……みんな、こんな私のこと、不気味だって、敬遠するの。……でも、あの子は違った」

 違う。つまり、初夏は美玲のこと……。

「……あの子は、こんな私にまで、話しかけてくれる。気にかけてくれる」

「あぁ、そういうところが、俺とそっくりってこと?」

「……そう」

 なるほどな~。きっとあの子、ちょっと口が悪いだけでいい子なんだなぁ。でも、やっぱ俺的には、自分よりも光ちゃんに似てるって感じがする。強気で芯が強そうな雰囲気とか。美玲には悪いけど。


「……ねぇ、さっき話してた友達って、どんな人なの?」

 と、美玲に光ちゃんのことについて聞かれた。どんな人、かぁ~。そう聞かれると、どう答えればいいのかわかんないけど……。

「う~ん……まず、かっこいい人かな!」

「……かっこいい?」

「うん! どんなときでも自分を貫いてるって感じ! ちょ~っと厳しいときもあるけど、すっげー優しいんだ!」

「……そっか」

「あと、動物が好きでペットも飼ってて、かっこいいけどかわいいところもあるよ!」

 この説明で伝わったかなぁ……。やっぱ、俺が説明するより、難しいかもしれないけど、実際に会ってもらった方が早いよね。

「……そうなんだ。素敵な人なんだね」

「……! うん! 尊敬してるし、大好き!」

 よかった! 伝わったみたい!


 美玲と話しながら、俺は、喜びを噛みしめていた。最初は俺が勝手に喋ってただけだったのに、ちゃんと会話が出来るようになるなんて。いやまぁ、一方的に話し続けてくる俺がうざいから仕方なくって可能性もあるけど。それを考えると凹むから考えないようにしてる。

 ……この流れで、ずっと気になってること、聞こうかな。でも、もしただの気のせいだったら、失礼なんてもんじゃ済まされない。それこそ、不必要に美玲を傷つけることになってしまう。

 それでも、俺は……。

「……あのさ、美玲」

「……何?」

「美玲はさっき、みんな自分を敬遠してるって言ったっしょ?」

「……うん」


「正直、俺には寧ろ……その、逆に見えたんだよね。えっと、美玲の方が……みんなを、敬遠してる様に」


「…………!!」

 またしても、美玲の反応は強いものだった。……その表情は、苦しくて、悲しそうに見えた。それを見た瞬間、俺はこの質問を後悔した。

「……ご、ごめん!! 俺がそう見えただけだから!! 気にしなくていいから!!」

 咄嗟に俺は、半ば自分のために、フォローを入れた。

 しかし、美玲からの返答はなかった。


     ✴


 その後俺たちは、淡々とゴミ拾いをした。

 あれから、美玲は一言も言葉を発していない。俺が何か問いかけても、微かに反応するだけ。

 俺のせいだ。俺が、あんなこと聞いたから。……どうして俺は、こうも自分勝手なんだ。昔から、何も成長出来てないじゃないか。美玲がどんな人間か、勝手に知った気になって、挙句傷つけた。何を気前の良い兄ちゃんぶってたんだろう俺は。精神面は、あの頃と全く変わらないガキのままな癖に。

 ……謝らなきゃ。もちろん、謝って済むわけがないのかもしれない。けれど、手遅れになる前に、ちゃんと俺なりのけじめはつけておきたかった。


「……あのっ、美玲!! さっきは……!!



 ……あれ?」



 後ろを振り向くと、美玲はいなかった。隣を見ても、周りを見渡しても、どこにも美玲の姿はなかった。


「……どう、して」


 ……嘘だろ。


「……何、で……?」


 受け入れがたい現実に、だんだんと気がつき始めた。


 ……俺が、俺がなんとかしなくちゃ。


「美玲!!! 美玲、どこ!!? いたら返事して!! 返事じゃなくても、何か反応頂戴……!! お願い、だから……!」


 ……もう、随分と遠くに行っているようだ。


 それじゃあ、俺一人じゃどうにも出来ない……もっと、協力が必要だな。


「…………光ちゃん」


 一番最初に浮かんだ、親友の名前。

 協力、してくれるだろうか。いや、光ちゃんならきっと……。

 震える手で、スマホを取り出し、電話をかける。手は震えていて、パニックだったはずなのに、思考はやけに冷静だった。

 でもやっぱ、いきなりかけてきたら、迷惑だよな……。出てくれるかな。


『もしもし? 何だよ、いきなり』

 よかった! 出てくれた! ……じゃない。大切なのはここからだ。

『何の用……』

「ごめん、光ちゃん! 美玲がいなくなった!!」

『……え?』

「えっと、俺が目を離した隙に、どっか行っちゃったみたいで……」

『……それ、雫先生とか、他の先生に言ったか?』

「いや、まだ……。そっか、伝えた方がいいよね。伝えとく!」

『そうか。わかった、俺も協力する』

「ほんと!? ありがとう!」

 光ちゃんは俺とは対照的に、電話の用を打ち明けたあとも、終始落ち着いた様子だった。本当に、光ちゃんはすげぇなぁ。いつもクールで、優しくて、かっこよくて……。

 ──俺とは、大違いだ。

「……付き合わせちゃってごめんね。俺のせいなのに……。俺が、目を離したせいで、変なこと聞いたせいで、美玲は……」


『……そうやって、自分ばっか責めんな。お前のせいじゃねぇ。わかったか?』

「……っ!!」

 光ちゃんはいつものように、冷静に、俺を励ます。いつもそうだ。光ちゃんは、いつも俺のことを、勇気づけてくれる。俺は勇気づけられてばっかだ。

 ……いつか絶対、俺が光ちゃんを……。

「……うん!」

『よし、急ぐぞ』

「おう!!」


 ──今から、謝りに行くから。お願い、美玲。それまで、少しだけ、待ってて。

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