10 雪解けと旅立ち

『美玲ちゃんって全然笑わないよねー』


『ロボットみたいで怖ーい』


『美玲ちゃんと遊んでも楽しくない』



 ……物心がついた頃から、周りから、ずっと言われ続けてた言葉たち。


 全然笑わない。笑わないんじゃなくて笑えないの。

 ロボットみたいで怖い。そんなの、自分が一番わかってる。

 遊んでも楽しくない。……楽しませられなくて、ごめんなさい。


 友達の作り方、というものが、未だにわからない。

 仲良くなりたい子がいても、仲良くなる方法がわからない。

 思ったことも上手く言えなくて、笑顔も作れない。みんなから、気味悪がられて、避けられて。その繰り返しだった。

 ……ずっとずっと、苦しかった。それでも、こんな私でも、いつかは心からの友達ができる、なんて思っていた。でも、何回やっても駄目で、苦しみは増すばかりで……。


 ──なら、最初から、期待なんかしない方が、楽だった。


『美玲はさっき、みんな自分を敬遠してるって言ったっしょ? 正直、俺には寧ろ……その、逆に見えたんだよね。えっと、美玲の方が……みんなを、敬遠してる様に』


 さっき、あの人から言われた言葉が、脳内にリフレインしていた。

 ……本当に、その通り。

 もう今は、友達を作る気なんてない。だから、誰から何を言われても、みんなから距離をとられても、傷つかないし、苦しむこともない……はず、なのに……。


 ……まだ、何か、つっかえているものがある、気がする……。


 こんな気持ちになったのは、つい最近。新学期が始まってから。

 心当たりは……強いて言うなら、同じクラスの、黒野初夏ちゃん。みんなは私を避けているのに、あの子だけ、私に親しげに、話しかけてくれる。

 ……何で、いっぱい友達がいるのに、私なんかに構うの? 正直、理解が出来ない。

 ……でも、あの子と過ごす時間は、なんとなく、心地いい気がする。それも、何でなんだろう。

 ……よくわからない。自分のことなのにわからないなんて、私、どうしちゃったんだろう。


「……あれ?」


 そんなことを考えながら歩いていると……。


「……あの人、どこ?」


 私一人、ルートから外れていることに気がついた。


「……どうしよう……」


 ……私が、ぼーっと歩いてたからだ。あの人を、困らせることになってしまった。


 ……早く、合流しなきゃ。


     ✴


「はぁ……はぁ……」

 ……随分、移動したはずなのに、まだあの人は見当たらない。

 ……そもそも、移動すべきなのかな? もし、向こうも私を探していたら、すれ違ってしまうかもしれない。でも、何もしないわけにはいかないし。

「……疲れた」

 ……もう、既に、息が切れている。脚も痛い。

 ……とりあえず、あそこのベンチで、休憩しよう。


「……ふぅ」

 ……ここで、しばらく休憩して、大丈夫そうになったら、再開しよう。


「……っ」

 頭、痛い……。身体も、重くてだるい……。

 ……少し、横になろうかな。眠るにしては固いけど、他に、ここに座る人も、いなさそうだし……。


「…………」


     ✴


『ねぇねぇ、今日私ん家に来ない? ママがパーティーするんだ!』

『うん、行く行く!』

『私も! パーティー楽しみだなぁ』


『……美玲ちゃんは?』


「え……」


 ……どうしよう。行っても良いけれど、パーティーなんて、私には似合わない。明るくて可愛らしいこの子たちとは違う。申し訳ないけれど、断ろう。


「……いや、大丈夫。私は、みんなとは違うから」


『…………』


「…………え?」


 ……あれ? 空気がおかしい。何か変なこと、言ったかな……?


『何それ……どうしてそんなこと言うの?』

『私たちとは違うって……少し勉強出来るからって調子乗ってんの?』

『信じらんない。最低』


「ち、違……! そんなつもりじゃ……!」


 ……また、間違えてしまった。何で、私は、こうも口下手なのだろう。何で、直せないの? 何で、何で、何で……!


「……もう、嫌だ。こんな思いするの……。じゃあ、いっそ…………」


     ✴


「…………っ!!」

 ……いつの間にか、寝てたみたい。かなり、嫌な夢を見てしまった。……思い出すだけで、胸がモヤモヤして、胃がムカムカする。……過去を思い出した日には、ほぼ必ずこういう夢を見る。本当に嫌だ。いつまでこうなんだろう。……何かで上書きするしかないのかな。


 ……でも一休みしたお陰で、頭痛も、だいぶおさまってきた。よし、再開──。



「美玲!!!」



「えっ……?」


 突如、私の名前を呼ぶ声が、聞こえた。


 この声、まさか……。


 声のした方に振り返ると、眼前に、見慣れたクラスメートの姿があって……たちまち、抱きしめられた。


「初夏、ちゃん……?」


「どこ行ってたんだよバカ……心配したっつーの……」


「心配……? それって……」


 私のこと、探してたってこと……? でも、初夏ちゃんは、あの場にはいなかったはず……。


「お前なぁ、あんま先行くなって」

「美玲!! 大丈夫!?」


「あ……」


 続けざまに、後ろの方からまた二つ声が聞こえ、姿が見えた。

 あの姿は、さっきまで一緒にいた、くせっ毛の人と、初夏ちゃんと喧嘩してた、ヘアピンの人だ。

 くせっ毛の人は、私に近づくなり、申し訳なさそうな表情と声で、私に言った。

「ごめん……。俺が、あんなこと聞いたから、嫌だったよね……」

「……?」

 あんなこと、聞いたからって──まさか、あれのこと? それで、私が気分を悪くして、あの場から逃げ出した。そう、思ってる、ってこと……?

「ち、違う……そうじゃない」

「え……?」

「そうじゃなくて……ただ、ぼんやり歩いてたら、ルートから外れた。それだけ……。だから、謝るのは、私の方。……ごめんなさい」

 ……よかった。今度はちゃんと、しっかりと言えた。説明不足で、誤解させてしまうかもと思ったけれど……大丈夫そう。


 すると、涙声で──。


「そう、だったんだ……。とにかく、美玲が無事でよかった……」


 ──あ。


 この人……本気で、心配してくれてたんだ。出会ったばかりの、私のことを。

 ううん、この人だけじゃない。初夏ちゃんも、ヘアピンの人も……。


 そう思うと、何だか……。



『お前、休み時間中もずっと本ばっか読んでるけど、何読んでんの? ……へぇ、面白そうじゃん! 今度俺にも貸してよ』


『他の奴らに何言われようと、美玲は美玲のままでいいんだよ。つらかったら、俺がぶっ飛ばしてやるからさ。気にすんな!』


『俺、秋人っていいます! ここで会ったのも何かの縁? だと思うし、せっかくだから、仲良くなりたいな』


『美玲は落ち着いててすげーなぁ……。俺、年上なのに、美玲より全然子供じゃん。羨ましいや』



「美玲……?」


「お前、泣いてんのか?」


「え──」


 自然と──涙が出てきた。


「み、美玲! 本当に大丈夫!?」

「初夏ちゃん……うん、大丈夫だよ。ただ……」


 胸が、暖かくて……あぁ、そうか。


 私は──ずっと、嬉しかった。


 初夏ちゃんたちが、話しかけてくれて、心配してくれて……すごく、嬉しかったんだ。


 そして──心からの、友達になりたかった。実際のところ、ずっと期待していた。なのに、その気持ちに、無意識に蓋をしていたんだ。


 ──でも、もうそれも必要ない。


「……ううん、なんでもない。……ねぇ、初夏ちゃん」

「ん? 何?」



「私を見つけてくれて、ありがとう」



「へ? ……当たり前じゃん! 友達だろ?」



 初夏ちゃんの笑顔が、涙のせいか、とても輝いて見えた。


「うぅ~……よかったね、二人とも~……」

「何、お前まで泣いてんだよ。ったく、出会ったばかりだってのに、よくそんなに泣けんな」

「ふん。出会ったばっかの俺につきっきりだったのは、どこのどいつだよ?」

「えっ、二人、何があったの? 教えて教えて!」

「……それより、美玲見つかったから、みんなに連絡するぞ」

「あーっ! ごまかした!」

「おい、話逸らすな!」

「……二人も、ありがとう」

「あっ、どういたしまして! でも、俺は何もしてないよ。光ちゃんたちのおかげ!」

「俺だって、こいつに頼まれたからやっただけだ。礼を言われる筋合いはねぇよ。まぁ一応、受け取っといてやるけどな」


「……ふふっ」


     ✴


 その後、私たちは、喋りながら公園へと向かった。


「……秋人君が、光ちゃんたちに、連絡してくれたんだ」

「うん! ほんとは先生とかに連絡すべきだったんだけど、テンパっちゃってさ。つい光ちゃんに電話掛けちゃった」

「……そうだったんだ。信頼してるんだね」

「そりゃもう! 光ちゃんと俺は、ソウルメイトってやつだもん!」

「……はっ、何だそりゃ」

「お前、秋人って奴とすごく仲良いんだな」

「まぁ、長いつき合いだな。正直、あまりベタベタされると迷惑なんだが」

「ふーん、そのわりには、結構嬉しそうだけど?」

「……バカ言ってんじゃねぇよ」


 ……すごく、楽しいな。こうやってみんなと談笑するの、久しぶりだな。この時間が、ずっと続けばいいのに。

 ……そういえば、秋人君たちって、何とかっていう会のメンバーなんだっけ。何て名前だっけ……。確か……。

「あっ! そうだ! 二人はさ、地域サポート会に興味ない?」

 ……そっか。それだ。

「あー、そういや、ハル姉も何か言ってたっけ。具体的にどんな活動するわけ?」

「えっとね、みんなから依頼された仕事をやる感じ! 内容は、こんな感じのボランティア活動とか、あとは~……お悩み相談とかも、やる、みたい」

「やる〝みたい〟って……よく知らないのかよ」

「これが一番最初の仕事だからな。これから何をやるのか、俺らもあんまわかってねぇんだよ。ただ唯一わかってんのが……仕事はそんなに来ねぇってことだな」

「うん、みんな興味ないみたいで……」

「なるほどな……」


「でもでも、メンバーはみんな面白くて楽しい良い人だし、仲良くなれるよ!」

 ……みんな、面白くて、楽しい、良い人たち、仲良く……。

 ……やっぱり、いきなりは、少し怖いな。でも……。


「この人たちとなら……」


「ん? 美玲?」

「……私、そこに入りたい」

「えっ、マジ!?」

「……ダメ、かな」

「いやいや全然! 大歓迎!! ねっ、光ちゃん!」

「俺も別に構わねぇぞ。ま、出来る限りのサポートはしてやる」

「……ありがとう……!」

 ……言って、よかった。出来れば初夏ちゃんも来てほしいけど……無理強いは、さすがにいけないよね。


「で、お前はどうすんだよ」

「え、俺? 俺は……」

「……!」

 光ちゃんが、初夏ちゃんに話しかける。……無理強いはいけない。それでも、やっぱり、私は初夏ちゃんが……。

「……初夏ちゃん、私、初夏ちゃんがいれば、何があっても大丈夫だと思う。だから……初夏ちゃんも一緒に……」

 初夏ちゃんは、少しぽかんとしたけれど、すぐに笑って答えた。

「……嬉しいこと言ってくれんじゃん。わかったよ。美玲一人じゃ、俺も不安だしな」

「ほ、本当? ありがとう……! すごく、嬉しい……!」

 返事は、了承。どうしよう……本当に、嬉しい。私、変な顔してないかな……?


「初夏まで……! さらに賑やかになりそう!」

「今までもうるせぇくらいなのに、さらにかよ……。美玲はともかくとして」

「おい、俺はうるさいみたいな言い方だな?」

「んなこと一言も言ってねぇだろ。うるせぇな」

「今言った! あーあ、こんな奴と一年過ごすのかよ。今日限りで、顔合わせることもなくなると思ってたのに」

「その台詞、そのままお返しするわ。本っ当に可愛くねぇな」

 ……初夏ちゃんと光ちゃんは、あまり仲良くない、のかな? でも、何だか……楽しそうに喋ってる、感じがする。

「またまた、そんなこと言っちゃって~。嬉しそうじゃん!」

「あ? 誰がだよ」

「う、嬉しくなんかねーし……!」

「……二人とも、照れてる?」

「「照れてねぇ!」」


 ……私も、楽しい。


「……あ! おーい、みんなー!」

 ……あ。もう、着いたみたい。あそこにいるのは……秋人君たちのお友達? あの人たちが、恐らく、地域サポート会の人たちだろう。

「秋人君、光ちゃん先輩! 初夏ちゃんも美玲ちゃんも、みんな大丈夫でしたか?」

「本当、一時はどうなるかと思ったわ。しかも、いきなり秋人こいつから電話が来て、美玲いなくなったとか、驚かねぇ方がおかしいだろ」

「うぅ~ごめんって~……」

「まぁまぁ。それより、美玲見つかってよかったじゃん。俺も、先生から聞かされたとき、すげぇ焦ったもん」


「本当に、よかったよ美玲ちゃん……」

「唯ちゃん、必死に探してたもんね~。見つかったってお知らせ来たとき、腰抜かしちゃって……」

「そ、その話はやめてよ……」

「あ! そういえば、初夏、光ちゃんに謝った? まさか、まだ謝ってないなんてことは……」

「う、うるさいな! ちゃんと謝ったっつーの!」

「そ、そう。やけに素直じゃない……」


「美玲さん! 大丈夫ですか? 気分や体調に変化は……」

「そうだったそうだった! 美玲ちゃん、平気?」

「痛いところないか?」

「……大丈夫。痛いところも、ない」

「そうですか……。何はともあれ、大事に至らなくて、本当によかったです」

「秋人君たちのファインプレーのおかげですね!」

「まぁ、こいつからの電話なかったら見つけられなかったと思うしな」

「ほんとは光ちゃんに頼んなくても見つけるべきだったと思うけどね~」

「まぁまぁ、終わり良ければ全て良し! だよ!」


 この人たちが、地域サポート会の……。確かにみんな、楽しくて、いい人そうだな……。

 ……うん。うまく、やっていけそう。


「あ、そうだ! 今からみんなに、新メンバーを紹介します!」

「新メンバー?」


「うん! ここにいる、黒野初夏ちゃんと、青木美玲ちゃんです!」

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