3 メンバー集結

 終礼を終え、俺たちはオリエンテーションの会場となる一階の多目的ルームへと歩を進めた。

 しかし、こういう時一年はラクだな。目的地が自分たちの教室と同じ階にあると、移動に時間をかけずに済む。対して俺たち二年は二階に教室がある。移動が少し面倒くさい。俺は普段、登校時に教室へ向かう際然り、別の階に移動する時はエレベーターを使うのだが、現在は修理中だかなんだかで使うことが出来ない。やむなく階段を使うしかないのだ。早く直してもらいたい。階段疲れる。

「あ! 要さん! 光ちゃん先輩!」

「おー冬樹に秋人……ん?」

 などと移動しながら思案していると、聞き慣れた後輩の声が耳に入り、同時に姿を捉えた。目線の先には冬樹と秋人と、もう一人、秋人と楽しそうに話している女子がいた。紅色のリボンを見る限り一年だ。友人だろうか。

「秋人、その子は?」

「あぁ、この子ね、さっき初めて会ったんだけど、この子もちいサポ会のメンバーになるんだって!」

「へぇ……え?」

「どったの?」

「いや、何でもない……」

 つい、何でもないと返してしまったが、実際はそんなことなく、言いたいことが幾つか出てきた。まず秋人お前その子と初対面なの? めちゃくちゃ仲よさげだったのに? 何でそんなに初対面の人、しかも女の子と喋れる? そのコミュ力俺にも少しでいいから分けてほしい。あと『ちいサポ会』って何だその略し方。まぁ確かに言いやすいしフルで言うと長いから今後俺も使わせてもらおう。


 そんなことを考えていると、一年女子がこちらに近づいてきた。やっべぇ……何を話せば……。

「こんにちは! 黒野小春くろの こはるです! 二人もちいサポ会?」

「あぁ……まぁ……うん」

「そうだな」

「そっかー! これからよろしくおねがいします!」

「お、おう」

 黒野さん。良識的でいい子そうだな。雰囲気も可愛らしい。あと俺や光に普通に話しかけられるくらいだから、恐らく秋人と同じコミュ力カンストタイプだろう。

 つか話してたときの俺めっちゃキモくね? いやどう考えても流石にどもりすぎだ。普通の人間は初対面相手だろうがあんなにはならない。童貞コミュ障丸出しじゃねぇか……。

 そう思った直後、冬樹が笑いながらこそっと耳打ちしてきた。

「要さん、緊張しすぎでしょ。童貞コミュ障丸出しじゃないですか」

「あぁ……俺も今同じことを思ったよ……」

 お前はエスパーか。


「小春! 遅れてごめん! 終礼長引いちゃって……」

 ふと、後ろからハスキーな声が聞こえた。振り返ると、前髪で片目が隠れている男子生徒がいた。だから顔立ちはよく見えないが、それでもわかる程度には整っている方だと思う。群青色のネクタイを見る限り、俺たちと同じ二年だ。黒野さんの名前を呼んでいたが、友人だろうか。それとも……彼氏?

 黒野さんが、その男子生徒に応える。

「あっ、唯ちゃん! 全然大丈夫だよ! 気にしないで!」

 ゆ、唯ちゃん……? そんな親密な仲なのか?

「小春、その人もちいサポ会に入るの?」

「うん! 唯ちゃんっていってね、私の幼馴染みなの!」

 なるほど、そういう関係か。道理で異性同士でも距離が近いと思った。

「えっと、海川唯奈うみかわ ゆいなです。よろしくね」

「「よろしくおねがいしまーす!」」


「……なぁ、一応聞くけど、あんた女だよな?」

「……え?」

 海川君の自己紹介後、いきなり、さっきまで「そうだな」の四文字しか話していなかった光が声を上げた。てか、女って……どういうこと?

「悪いな、念の為こいつに……」

「な、何言ってんだよ光。こんなイケメンが女子なわけ……大体、制服だって男だし、どう見たって男だろ。なぁ?」

 と、みんなに同意を求めてみたが……なんだか様子がおかしい。

 冬樹はとてつもなく冷たい目で俺を見てるし、黒野さんは頬を膨らませながらこっちを睨んでるし、海川君本人はめちゃくちゃバツが悪そうな顔で俯いてる。秋人は「え? え?」って言いながら困惑していた。光の方を向いてみても、光はただ俺を一瞥して、溜息を漏らすだけだった。

 この雰囲気……。

「……マジで?」

 俺がそう言うと、海川君……じゃなくて、海川さんはこくりと頷いた。


 これは……これは、土下座案件だ。いや、土下座は逆に引かれるから、せめてお辞儀を……心からのお辞儀を……!

「すみませんでした!!」

「え!? そんな、大丈夫だよ! 謝らないで、顔も上げて!」

 海川さんは優しい人らしく、百俺が悪いのに大丈夫だと言ってくれている。しかしもちろん、外野からの反感は買っているわけで。

「いいんですよ、そんなに優しくしなくて。この人がデリカシー皆無なのが悪いんですから!」

「うっ……」

 冬樹の言葉が直でメンタルにくる。本当にその通りだ。何も言い返せない。言い返そうとも思わない。

 黒野さんもかなりご立腹の様子だ。

「唯ちゃんかっこいいし、背も高いし、制服もネクタイにスラックスだし、男の子って思うのも仕方ないと思うけどさ……もうちょっと言い方考えてほしかった!」

「すまん……」

「ま、まぁまぁ小春、私は気にしてないし、彼も悪気があったわけじゃないみたいから、許してあげて?」

「海川さん……」

 なんだこの人、聖人か? 中身までイケメンすぎるだろ。絶対女子にモテるタイプの女子だ。


 その言葉で、少し風向きが変わったっぽい。

「……まぁ、要さんのデリカシーの無さは今に始まったことじゃありませんしね~。このくらいにしてあげましょう!」

「何だよその棘のある言い方は……」

「確かに、そういう人っぽい……」

「おい、そういう人っぽいってなんだ」

 あれ? 何か俺、早くもいじられポジションになってね? 今この流れだったらしょうがない部分もあるけど、そういう扱われ方は少し心外だ。何でだろう、俺いじり甲斐あるのかな?

「ふふっ、冗談だよ! 唯ちゃんのこと、イケメンって言ってくれたのはすごく嬉しかったし、許してあげる!」

「うぅ……ありがとう……」

 そんなこんなで、俺は海川さんから……というより、冬樹と黒野さんから許しを得た。


 で、俺は冬樹たちにずっと気になっていたことを聞いた。

「つーか、冬樹と光は何で気付いたんだよ?」

 これもかなり失礼極まりない話だが、俺の目には男にしか見えなかったし、何なら今もそうだ。

「僕は気付くも何も、最初からですけど。確かにボーイッシュな感じでしたけど、雰囲気が女性でしたし」

「なるほど……」

 こいつ、結構天然タラシなところあるよな。顔も良い方だし、これでオタク趣味じゃなかったらもっとモテていただろう。

「俺は単純に男にしちゃ華奢だなって思っただけだよ」

「まぁ言われてみれば……でも、制服で男って思わなかったのか?」

「この学校、女子でもネクタイとスラックス選べんだろ」

「そうですよ!」

「あー……そういやそうだったわ……」

 光は、あの質問の意図も話してくれた。 

「そんで、お前がもし何も気付いてねぇんだったら、今後の活動に支障が出かねなくて面倒だと思ったんだよ。だから、率直に聞いてみた。そしたら案の定だったな」

「そうだったのか。それはどうも……」

 つまり……俺の為だったってことか。


「ねぇねぇ! 要さんたちはどうしてあそこに入りたいって思ったの?」

 突然、黒野さんから質問され、戸惑った。だって、俺はあそこに入りたいなんて微塵も思ってないし、くじ引きで決められたに過ぎないからだ。やる気に満ちている人間を前に、そのことを馬鹿正直に伝えるのは、さすがに抵抗があった。

「大した理由じゃねぇよ。何か新しいことでも始めてぇって思っただけだ」

「なるほど~! で、要さんは?」

「えーっと……俺は……その……」

「こいつはあんま乗り気じゃねぇ。くじ引きで選ばれただけだ」

「あっ、おい……!」

 言うなって……! まだ心の準備が……!

 しかし黒野さんの反応は、思いの外あっさりとしたもので、俺が恐れていたものではなかった。

「そっかそっか~。あ、もしかして言いづらかった? ごめんなさい!」

「え、いや別に……こっちこそごめん」

 謝られるとは思わなかったので、反射的にこっちも謝ってしまった。何に対しての『ごめん』なのか、自分でもわからなかった。


「そういうお前らはどうなんだよ」

 黒野さんに対し、先程された質問を聞き返す光。

「私? 私はね~、人の役に立つことをしたかったの! 唯ちゃんも同じ! ね、唯ちゃん!」

「うん。私は将来も、そういう仕事に就きたくて。今のうちに体験した方がいいかなって」

 すげぇ……将来を見据えての加入ってことか……。そうか、そうだよな。俺らも、もうそろそろ将来について考えなければいけない。わかっているのに、考えたって何もわからないしネガティブ思考にしかならないから、目を背けて考えないようにしている俺とは大違いだ。同い年ながら、大いに尊敬する。


 しばらく六人で駄弁っていると、秋人が急に声を上げた。

「あれ? つーかさ、もうオリエンテーション始まってる時間じゃね? 先生待たせちゃってね?」

「……え?」

 すぐさま時計を見る。……やばい、話しすぎた。時間を完全に忘れていた、

「……お前ら、走んぞ」

「「うん!」」

「はい!」

「おー……」

「あはは……」

 俺たちは、多目的ルームへと駆けていった。

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