2 地域サポート会
長引くと思われたメンバー決めだったが、思いの外すぐに決まった。だが、その結果は俺にとって非常に残念なものであった。
しかしそれを言う前にまず、「地域サポート会」についての説明を、俺自身も大した知識は持っていないので薄っぺらいものになってしまうが、しなければならない。
地域サポート会とは、簡潔に言うとその名の通り、地域をサポートする会である。正直言ってなんの捻りもない。あまりにそのまますぎる。
五年程前、「子供も町おこしやボランティア活動に参加すべきだ!」といった内閣総理大臣の鶴の一声がきっかけとなり、各自治体に発足された。それから現在まで、メンバーを変えつつ細々と活動している。
初期メンバーは、都内のいずれかの高等学校の生徒、一年と二年からそれぞれ三人ずつ、合計で六人決められる。三年は受験が控えているからとかで選出しないとのこと。
ちなみに初期メンバーを選出する学校は毎年変わる。今年度はうちの学校の代、というわけだ。
メンバー追加というのも可能らしく、この区内周辺に住んでいる高校生以下の少年少女で、かつ「メンバーになりたい」という希望があれば、誰でも加入できる。
活動期間は約一年。来年の三月、今年度が終わる頃にメンバーは総取っ替えとなる。
では、具体的にどのような活動をするのか。先述した通り先生やメディアから少し耳にしただけなので、俺もあまりよくわかっていないのだが、ボランティア活動や街のゴミ拾い、地域イベントの手伝いなどが主になるようだ。その他にも、生徒の悩み相談や委員会の手伝いなども、依頼があれば行うらしい。
つまり言ってしまえば「依頼されれば大体何でもする」といった感じである。
個人的には、よく言えば「なんでも屋」、悪く言えば「奴隷」という印象を受けた。
この活動内容が凶と出たのか、毎年自ら立候補する者は極めて少ないらしい。事実、今回のメンバー決めも、俺も含めみんな渋々といった感じだった。
そんな中でも、始まってすぐにゆっくり手を挙げた奴がいた。光だ。
ヤンキーみたいな目つきをしている彼だが、実は成績優秀、スポーツ万能な優等生キャラである。しかし、これは余談だが、本人はやたら〝優等生〟と持て囃されることを快く思っていないようだ。実際、この間本人にそう褒めたら嫌そうな顔をされた。
それにしても、あんな奴隷的な会のメンバーに自らなろうとするなんて、こいつは本当に偉いと思う。俺はその時、やや他人事のように感心した。
しかし、問題はここからだった。
光がメンバーに決定したきり、誰ひとりとして手を挙げる気配がない。
まぁ、それ自体は当然といえば当然だ。担任の
だが、先生側にも大人の事情というものがあった。
どうやら、他のクラスでも再三メンバー決めの時間を設けているのらしいだが、なかなか決まらず、先生と生徒の間でいたちごっこが続いているとのことだった。
雫先生も、この不毛な争いをどうしても終わらせたい一心があったのだろう。口では「最低一人」とは言っていたが、もう一人のメンバーを決めるためにくじ引きを提案してきた。
いつも通りの柔和な笑みを浮かべていたが、目は笑っていなかった。色々な心境が入り混じっているといった感じだった。
もちろんクラスはブーイングの嵐、不満という不満が噴出しまくっていた。でもぶっちゃけ、確率は三十四分の一なわけだし、たぶん大丈夫だろうなんて、その時の俺はたかをくくっていた。
……甘かった。甘すぎた。生クリームが馬鹿みたいに多い今流行りのスイーツより甘すぎた。俺の引いた紙には、しっかりとメンバー決定を意味する☆印が描かれていた。
それを見た時のクラスメートの心の底からの安堵の表情は一生忘れないだろう。いや絶対忘れない。末代まで祟ってやる。ちなみに雫先生は安堵していたにはしていたが、心底複雑そうな表情だった。この人は祟らないでおく。
まぁ、メンバー内に友人が一人でもいるだけマシかぁ……でもなぁ……面倒くせぇ……いやでもやっていけばそのうち……なんて、朝からモヤモヤした気持ちだ。こんな気持ちのまま、今食堂で昼食を食べている。
「はぁ……やっぱり嫌だなぁ……」
「お前なぁ、まだ言ってんのか? もう決まっちまったんだから、腹くくるしかねぇだろ」
「そうですよ、要さん! 僕だってやりたくないですけど、もう覚悟決めましたから!」
食べながら、同席している友人たちに愚痴る。
……ん? 僕だって?
「冬樹、お前もメンバーになるのか?」
「あ、そういうことです! まぁくじ引きで決まったんですけど」
「俺と全く一緒じゃん。あ~やる気出ねぇ」
どうやら冬樹も、俺と同じくメンバーを押し付けられたようだ。よかったわ。よかったわってのは語弊があるが。
俺たちはいつも、この面子で食事をしている。俺と、冬樹と、光と、あともう一人。今、黙々とカツ丼を食っている奴だ。
「少しはこいつを見習え。向上心の塊だぞ」
「んぇ? ふぁんのははひひへんの?」
「食うか喋るかどっちかにしろよ……。地域サポート会の話だよ。お前もメンバーになんだろ?」
そう言われた
「うん! 超楽しみ! めっちゃ人助け出来んじゃん? しかも光ちゃんも冬樹も要さんも一緒っしょ? すげぇ嬉しい! 頑張ろ!!」
あまりに眩しすぎる笑顔に、思わず目を細める。何て笑顔だ。今時こんな笑顔、通学路で擦れ違う小学生からくらいでしか見ない。ここまで純粋な笑顔を浮かべられるのは、きっと心が極めて清らかだからだろう。俺はもう穢れに穢れてしまっているので、こういう笑顔は出来ない。
「いや~、秋人君がいてくれると、何かこっちまで救われますよね~」
「本当だな……浄化されるっつーか……中学の頃からこんな感じなのか?」
「あぁ、全っ然変わんねぇ。こんな捻くれねぇ奴なかなかいねぇよ」
こいつはひとつ年下の友達、
冬樹とは同じクラスで、彼と仲良くなったのも冬樹経由だ。ちなみに冬樹が秋人と知り合ったのは新学期以前、去年の体験入学のときらしい。
あとこれは後に知ったことだが、光とは中学の頃同じ部活で、当時から仲の良い友達同士だったのだという。出会いこそ違うが、俺と冬樹の関係性に近いように感じる。
性格は非常に明るく、基本的に裏表がない。いつも元気でニコニコしていて、誰とでも仲良くなれて、俺たちオタクのことも馬鹿にしない。こういう奴が真の陽キャだよなって思う。俺たちが大嫌いな、ただイキって陰キャを見下しているだけの勘違いパリピ野郎とは本当に大違いだ。
その純粋でまっすぐな性格のまま大人になって欲しいものだ。こいつがねじ曲がるのだけは見たくない。
で、俺は冬樹に今朝から疑問に思っていることを単刀直入に尋ねた。
「あ、そうだ。冬樹お前、何で今朝説明しなかったんだよ。聞いたろ?」
「え~? 説明面倒くさかったんで~」
やっぱりな。そんな理由だと思ったよ。
「はぁ……全く、お前って奴は本当に……」
「そんなに褒めても何も出ませんよ~!」
「褒めてねぇわ」
「あはは! 2人ってほんと仲良しだよね!」
「お前らのやり取り、コントかっつーの」
それは否定出来ないが……お前ら2人には言われたくない。
「お前らに言われるなんて心外だな。そちらさんのやり取りも大概コントだと思うんですが?」
「……それ褒めてんのか? 貶してんのか?」
「さぁ。ご想像に任せる」
こんな風に、四人でただただ他愛のない話をしている時間、かなり楽しいし好きだ。
数年前までぼっちだったのに、今は何人かの友達に囲まれている。当時の俺には全く想像出来なかった。そもそも、あの頃は周りの人間と関わること自体が苦手だったし、嫌いだった。
時が経ち、人とつるむことも悪くないと思えるようにはなったが、無意味に他人と関わることへの抵抗やそれに対して億劫に思う気持ちは、今も変わらずここにある。
そんなこんなで昼食を食べ終え、俺たちはそれぞれの教室に戻った。
……あぁ、そういや今日の放課後、地域サポート会のオリエンテーション的なやつがあるんだっけ。どうやら初期メンバーは全員内定したらしい。非常に面倒くさい。つか学校側対応早すぎだろ。いじめへの対応はナメクジよりも遅いくせに。
いや、駄目だ要。前向きに行け前向きに。冬樹も光も秋人も一緒なんだろ。周り全員知らん奴よりはマシじゃないか。たぶん残り二人は知らん奴だろうけど、それでも大丈夫だ。なんとかなる。
そう自分に言い聞かせながら、俺は次の授業の準備を進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます