1 日常
春特有の爽やかな風が吹き付けるなか、おもむろに学校へと歩を進める。
昨日は徹夜でアニメ視聴をしてしまった。電車内でうたた寝もしてしまい、非常に寝不足だ。翌朝にはこうなるとわかっているのに、何故かやめることができない。さすがに毎日しているというわけではないが、しょっちゅうやってしまう。母にもことごとく注意されているし、完全にやめるとまでは行かずとも、回数を減らすにはどうするべきか……そんなことを考えながら、俺、
新学期が始まってからもう一週間程経つ。
実感はほとんどないが、俺も後輩を持つようになったのだ。先生たちからは「一年の手本になるように」だの「先輩としての自覚を持て」だのと口うるさく言われるが、一年側も俺みたいな見るからに暗い奴はそもそも手本にさえしないと思う。
まぁそれを正せと言いたいのは重々承知しているが、「一年の手本」として監視(言い方は悪いが)されるくらいならそのままの俺でいきたいと思ってるんでそこんとこよろでーす。
それと同時にふと思い出したのは、去年の今頃。
あの頃は学校というものがとにかく嫌いだったので、高校進学も渋々だった。
だが、今考えてみれば、進学してよかったと思う。あのまま進学せずにいたらと思うと、ぞっとする。間違いなく引きこもり廃人と化していただろうし、何より家族にも迷惑をかけてしまっていただろう。
しかし今でも、嫌いとまではいかずとも、心底面倒くさいとは思ってる。そもそも学校なんてものは、たまたま近所だった同世代の奴が集められただけの空間に過ぎない。高校の場合も、〝近所〟の点こそ違えど、所詮は赤の他人同士であることに変わりはない。そんな中で「みんな仲良く」? 馬鹿を言うな、どう考えても無理がある。そういった同調圧力が無くならない限り、いじめも無くならないと思うし、不登校も増えていく一方だと思う。
そんなキモオタ陰キャ感ハンパない俺だが、一応友達はいるし陰キャではない。……友達がいようがいまいが陰キャは陰キャな気もするが、陰キャではない。と思う。たぶん。
今だって、後ろから俺を追いかける足音が聞こえる。
それを聞きながら、恐らくあいつだろうな、と目星を付けた。
「要さん! おっはようございま~す!」
彼はやや息を切らしながらそう言って、俺の背中を思いっきり叩きやがった。予想通り、やっぱりこいつだ。
「いっ!? お前な……叩くのはいいけど少しは加減しろよ」
「こうすれば要さんの目も覚めると思ったんですよ。寝不足なんでしょう?」
「な、何でわかったんだよ……」
「昨日、要さんの好きなアニメが全話配信されたじゃないですか。一気見でもしたんだろうな~って思って。ていうか顔色でわかりますよ。しかしまぁ、相変わらず辛気臭い顔してますね~」
「
俺が冗談半分にそう言うと、冬樹は少し照れくさそうに、でもどこか嬉しそうにはにかんだ。
こいつはひとつ年下の友達、
冬樹とは互いに中学生の頃に知り合った。なんだかんだ三年程の付き合いがある。
俺よりもずっと快活で明るい性格をしており、笑顔も多い。また基本的に年齢関係なく誰に対しても敬語口調だ。だが、そんな柔らかな雰囲気とは裏腹に、明るい性格ではあるものの非常に毒舌で、特に俺に対しては一切の容赦がない。信頼の証であると信じたい。それに、その性格も初対面ではあまり発揮されない。
髪型はホストっぽく、見た目だけなら本当にただの陽キャに見える彼だが、実は筋金入りのゲーマーであり、それに加えて無類のボカロ好きでもある。そこらへんの知識は俺よりも豊富だ。
要するに、こいつもこちら側の人間ってことだ。一見俺とは真逆な性質をしていると思いきや、心根はかなり俺に近い。三年前、仲を縮めることが出来たのは何よりそこが大きいだろう。
オタク同士なので、もちろん話す内容も専らそれ関係。
「てか、お前はあのアニメ見なかったのか? お前もあれ、結構好きだったろ」
冬樹はゲーマーではあるが、アニメにも精通している。地雷等も少なく、そういう意味では世間に馴染めるタイプだ。
「まだですね~。そもそも、昨日限定の配信なわけじゃないでしょう。帰ったらゆっくり見るつもりですよ~!」
「あ、そっか。そうすりゃよかったんだ」
一挙配信が嬉しすぎて、つい一気見してしまった。深夜テンションって怖い。
「まぁ、僕はそれとは別の理由で寝不足なんですけど」
「別の理由?」
なんとなく想像が出来る。恐らくは……。
「またゲームに熱中しちゃったんですよ~!」
「やっぱりな」
「お兄ちゃんにいっぱい注意されちゃって、やめなきゃとは思ってるんですけど、ついついやっちゃって……オタクの性ですかね~」
「わかるわ……」
俺たちオタクはきっと、追ってるジャンルは違くても、同じ穴のむじななんだろう。
「あ、そうだそうだ! 実は今朝、要さんの推しのSSRが出たんです!」
「えっ……はぁ!? 何でお前だけ……」
こいつはいつも、妙なところで強運を発揮する。ソシャゲで、冬樹が何度か回して俺の推しを引いたのに、俺は天井なんてよくあることだ。俺だけ変な疫病神にでも取り憑かれているのだろうか。
「俺が回しても全然出てこないのに、何で……」
「やっぱこういうのは日頃の行いが関係するんですよ~」
「俺だって悪いわけじゃ……」
心当たりはないことはないが、そこまで日頃の行いが悪いわけではない。俺自身は少なくともそう思っている。
「そういえば今日、要さんのクラスでもあれありますよね!」
「……え?」
あれ……? って何だ?
「な、何だよ藪から棒に」
「あれって、やっぱ面倒くさいですよね~。今日だけ仮病使って休んじゃおうかなって思ったくらい……まぁ、そんなことお兄ちゃんが許さないでしょうけど」
いやいやだから、あれって何だよあれって。ちゃんと名前を言え。
「ま、待て待て! 何だよあれって!」
「……へ? 要さん、覚えてないんですか?」
冬樹が不思議そうに俺を見つめる。いや、覚えてないんですかって言われても……。
「あー……でも、クラスの人に聞けばわかりますよ! はい、この話は終わり!」
「はぁ!? 何だよそれ……」
こいつ、説明を放棄しやがった。そんなに説明難しいものなのか?
その後も、結局何の説明もないまま、冬樹と二人で駄弁りながらのんびり歩いていると案外すぐに学校についた。やっぱり楽しい時間ってのははやく過ぎるみたいだ。もちろん今回は疑念が残っているが。
「それじゃあ要さん、またお昼!」
「おー……」
下駄箱付近で、モヤモヤした気持ちのまま冬樹と別れた。
階段で二階へ向かい、教室ヘ入ると、いつも通り俺の隣の席に足を組みながら小説を読んでいる男がいた。彼も俺の友達の一人だ。
「
「おお、はよ。少し遅かったな」
「ちょっと寝坊しちゃってな……」
俺がそう言うと、光は怪訝そうに眉をひそめこちらを睨んだ。
あ、やべぇなこれお説教パターンだな……。
「お前なぁ……また夜ふかししただろ? 不健康だからほどほどにしろって。何回言ったらわかんだよ? まぁ俺に言われても余計なお世話かもしんねーけど、親御さんも心配してっから……」
「あーわかったわかった……努力する」
ややぞんざいにそう言うと光はぽつり「ま、少しずつでいいけどな」と呟いた。
こいつは同い年の友達、
光とは一年の頃、同じクラスになって、そこから知り合った。いつも仏頂面で、加えて目つきも口も悪いので、俺は最初こいつのことを敬遠していた。しかし話してみると、意外と面倒見が良さげないい奴だったことが判明し、そこから時間をかけて少しずつ仲良くなっていた。俺にとって初めて出来た、同級生の友達だ。
友達になったあとは、厳しく説教されることが多くなった。しかしよく聞くとこっちのことを心配している内容であることがほとんどだ。きっと不器用なだけなのだろう。感謝はしているが「お前は過保護な親か」とも少し思う。
ちなみに光は俺や冬樹よりも小柄な体躯をしている。本人はそのことを気にしているため、しつこく何度も「チビw」などとからかうと鳩尾辺りに左ストレートをキメられるので要注意だ。
「あれ? ていうかお前、もう読書してるのか。読書の時間はまだだろ」
俺たちの在席する学校は、朝に読書の時間を設けている。まだその時間には早い。
聞くと、光は呆れたような顔で溜息をついたあと、答えた。
「お前、忘れたのかよ? 今日は朝イチで決めなきゃなんねぇことがあんだろ」
「えっ、決めなきゃならないこと……?」
冬樹にも、同じようなことを言われた。でも確かに、言われてみればあった気がする。喉まで出かかってるのに、何だっけ……うーん……。
「……あ」
「思い出したか」
「あぁ……」
思い出した。思い出してしまった。それはもう、俺にとって、とても不都合で面倒なものだった。
つーかあいつ、何であのとき言わなかったんだよ。そんなに難しいことでもなかったじゃんか。まさか、こういう気持ちになるであろう俺を気遣って……それはないか。
「一応言っておくが、サボんなよ」
「サボんねぇよ……」
サボりたいと思ってるっちゃ思ってるが。
とりあえず、現実逃避……! 話題転換……!
「そ、そういや、今読んでるやつ何? 小説? それとも漫画?」
って、何言ってんだ俺は。漫画は持ち込み禁止だろ。
「漫画なわけねぇだろ……。太宰治の短編集だよ。久しぶりに読みたくなってな」
「へー、やっぱすげぇの読むな」
光は読書を嗜んでおり、特に純文学が好きでよく読んでいる。俺も読まないわけではないが、かと言って、所謂〝読書好き〟の人間ほど読み込んでいるわけではない。どちらかといえば、ラノベ派だ。
「今度、気に入ってるやつ貸してやるよ。お前も読むだろ」
「良いのか? じゃあ、お願いするわ」
「おう。明日持ってくる」
「そういやお前、あの数学の課題やったか?」
話は変わり、学生ならではの授業の課題についてのことに。
「数学の課題って……あれのことか。やったけど……」
やったにはやったが、わからないところがあった。出来れば教えてもらいたいが、なんとなくこいつに聞くのは申し訳ない気がした。
「わかんねぇとこでもあんのか?」
「あっ……はい」
見抜かれた。普通に見抜かれたよ。
「えっと……よろしければ、教えて頂けないでしょうか……?」
「何で敬語なんだよ……別に良いけどな」
「本当か? ありがとう」
「ダチが困ってたら、協力するのが当然だろ」
〝ダチ〟か……その響き、嬉しいな。
これが俺の日常だ。冬樹たちと他愛のない話して、ただそれだけで1日が終わる。これからもずっとこうやってバカやってるんだろうなって、何の根拠もなく思ってる。
そうこうしているうちに、担任の先生がやってきた。席を立って喋っていた生徒たちも、蜘蛛の子を散らすように自分の席へと戻っていく。
あぁ、始まってしまう。面倒くせぇなぁ……長くなるだろうなぁ……なんて思いつつ、俺は担任の方ヘ目線を向けた。
担任はやがて話し始めた。
「皆さん、おはようございます。私が忠告する前に、自分たちの席につけましたね。ふふ、良いことです」
「さて、ここから本題です。昨日もお話ししましたが、この時間に決めなければならないことがあります」
「地域サポート会のメンバーです。隣のクラスで一名決まったので最低一名、できれば二名、どなたかいらっしゃいませんか?」
その、凡庸すぎて今時逆に珍しい名を、当時の俺は無関心に聞き流した。その名を冠したグループが、俺の人生観を変えることになるとはつゆ知らず。
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