第6話神が愛した少女たち

 アラームの音で目が覚める。

 締め切った部屋は暗いけれど、ほんの僅かにカーテンの隙間から光がさしていてそれの直射を受けた俺は思わずうめき声を漏らした。

 朝から目がちかちかして最悪だと思いつつも、それ以上に最悪なアラームの音をスマホを覗き込んで止める。


 ちなみに俺は小学生の頃某ベネ○セの某コラ○ョの目覚まし時計を使って目覚めていたのだが、奴が『おきて!朝だよ』という度に腸が煮えくり返りそうなくらいイライラしていた。滅茶苦茶うるさいし、滅茶苦茶起こし方もウザいのである。ちなみにその前はウルトラマンを使っていたけれども、そいつはそいつでウザかった。でもまだウルトラマンの方がましだったと言っておこう。

 恐るべしベネ○セ。


 怠い体を起こしながらも、俺はベットからのそのそと起き上がった。

 さぁ楽しい学校の幕開けである(大嘘)。


 大きな欠伸を晒しながら冷蔵庫に向かい、そこから卵を一つ取り出した。

 真っ白な薄っすらと塩味のついたゆで卵だ。


 大抵俺は朝おきて腹に物を詰めるとお腹を壊すので、なぜかあまりそうはならないゆで卵を毎朝食べている。足りなかったらプラスでヨーグルト。

 健康かどうかは知らないけれど、少なくともタンパク質は摂れるし、そのヨーグルトだってタンパク質入りだから栄養は悪くはないはず。きっと他に大切な栄養素があるのだろうけど、俺のくそ雑魚腸内の前では等しく無価値だ。


 その後、適当に歯磨きをして顔を洗ったりなんだリ済ませれば、そろそろ行かないと不味い時間である。

 リュックを背負いつつ、玄関の扉を開けたところでふと振り返り、


「いってきます」


 そう呟く。


 部屋を出てエレベーターで1階に降りる。少し速足で歩き始めた俺は、ちょくちょくスマホで時間の確認をしつつイヤホンを取り出す。


 動画配信サイトの自分の高評価欄から今の気分の音楽をピックアップ。

 流石の値段といったところか、1つ1つの音が聞き分けられそうだししっかり耳に心地のいい音色を響かせてくれる。

 少し気怠るげな体も思わず少し揺れ始めた。

 アップテンポな曲を聞いた際には少し歩行速度もあがるのが面白い。


 こうやって好きな歌を聴いているだけで幸福極まりない気分なのだから、娯楽とはいいものである。

 俺は歌うことを趣味にしているが、聞くことだって大好きだ。

 気づけばあっという間に学校の校門へと辿り着いた。


 靴を履き替えて近くの階段を上る。

 俺達2年生の教室は2階にあり、1年生は3階で3年生が1階となっている。

 下から順に1年生は1階とかにすれば分かりやすいと思うのだが、なぜ逆なのか俺の中の7不思議のひとつである。あとの6つは思いつかないから残りの高校生活で探していこうと思う。


 俺が教室に入れば適当に同級生とあいさつを交わし席に座る。

 驚くことなかれ、このクラスは基本的に友好的である(他は知らない)。

 よくある物語なら、不良がいたりクラスカーストなるやつのせいで格差社会がエグいことになっていることだろうが、現実はそこまで酷いものではないのだ。


 むしろなぜ物語だとあんなに陰キャが露骨にパシリにされたり、クラスカースト上位の陽キャから陰湿な虐めをされたりするのだろうか。どうして露骨に不良に金を巻き上げられたりするのだろうか。

 犯罪者集団のクラスにいる主人公君可哀そうすぎる。強く生きてほしい。

 でも実際、そんな世界もあるにはあるのだろうから、このクラスは治安がいいのだろう。逆にもっと現実の方がネチっこいこともあるかもしれない、なんてことも一瞬頭を過ぎったが、知らない世界なのですぐにかき消した。


 ぐうたらしつつ机の中から忍ばせておいたラノベを読み、適当に時間を潰す。

 欠伸をしつつなんとなくちらっと視線を左に向けると、窓際の一番後ろの席――俺は廊下側の1番後ろの席だ――で3人の女の子が談笑しているのが見える。


 1人は艶やかな黒髪ショートヘア、もう1人はミルクティー色のポニーテール、最後にローズレット色のセミロング。

 何を隠そう我らが凪葵なぎあおいのグループである。


 さて、気になる残り二人を紹介しよう。


 ミルクティー色のポニテの女の子の名前は天海日向あまみひなた。身長は凪とさほどわからないように見えるが、少しだけ凪の方が高そうに見えるから、そうなるとおそらく165センチくらいなのではないだろうか。

 部活はバスケ部に所属しているらしく、スタメンでもあるらしいから実力は高いのだろう。

 体型はスラっとしていて、スカートから覗くふとももや顔をみるに健康的な白さを持っている。

 元気そうで優しそう、それが印象だ。


 そしてローズレット色のセミロングの女の子高千穂千夏たかちほちなつ。彼女の身長も見る限り天海とおなじくらい……いや同じか?だとすると165センチくらいだろう。

 部活は無所属。

 体型も同じくスラっとしていて、肌も白い。

 ただ彼女の印象は天海とは違うように感じる。ちょっと釣り目なところとか、気の強そうな感じとか、天海とは相反するタイプだろう。

 

 しかし彼女達は仲がいい。

 凪が遊びに誘うなら彼女達だし、彼女達が遊びに誘うなら凪である。これは本人から聞いたから間違いがない。

 

 そしてそんな彼女達を見ていると、いわゆるカースト上位という言葉が浮かぶ。

 別にカースト制度はないが、その言葉が一番しっくりくるのである。

 なぜなら彼女達は皆揃いもそろって可愛いく、綺麗なのだ。凪葵並みに。


 明らかに周囲とは隔絶したスタイルとコミュ力に容姿。

 その美少女っぷりは、他二人も凪葵同様よく男子から告白を受けているのだから間違いがない。


 神が与えたもうた美少女がクラスに3人揃っているとは、波乱の高校生活の幕開けだぜ。

 もしこれがラブコメの世界の話なら、であるが。


 俺は目を逸らしまたライトノベルを読み始めると、すぐに教室に鐘の音が鳴り響いた。

 朝は読書の時間が組み込まれていて、この鐘の後がその時間なのでそのまま継続して読み進める。


 今読んでいるのは高校生の主人公と女の子二人が、他者の依頼を受けて解決するという見たこともない部活動に入り、時にサクッと依頼を解決し、時に人間関係で四苦八苦し、時に今の自分を変える試練に打ち勝つ話だ。ごたごたと御託を並べながらラブコメをする彼彼女達は、実に生きにくそうで1つの青春を感じさせる。


 ふ~ん、最終巻こんな感じか。主人公はこの子と付き合うんやなよかったよかった。

 あーでも、もう1人の子可哀そうだなぁ。あんなに好きなのに、主人公とは一緒に居られないのか。実に不憫だ。本人からしてもそうであろう。心でいくら御託を並べようと、結局彼女は可哀そうなんだ。もう一人に大好きな主人公をとられているわけだから。胸が痛まないはずがない。


 何か選択を迫らせ決断させるのも、実によくできた青春物語である。


 最後のあとがきを読んでふぅと一息。

 目がパサついているから瞼の上から優しく揉む。

 疲弊した体にさらに疲れを加えていく愚行を犯したが、それに反して心は熱かった。

 血が沸騰した興奮を覚え、なんだかんだ付き合えた女の子目線になると良かったと心が温かくなる。


 しばし感動に浸っていると、また鐘が鳴る。

 もう時間か。隣を見れば天海が席に座っており、よくわからない小説を読んでいた。

 『人の生き死に』とか明らかに詰まらなさそうだ。彼女の顔をみてもそれがよく分かる。

 なんならタイトルは『人の精子』とかでいいのに。保健体育かな?


 先生が教壇に立ち、HRを始めるぞと一声掛ける。

 あぁ今日もまた、いやいつにもまして地獄のような1日が始まるのだな。

 冷や水を浴びせられた気分だ。


 俺は一転して憂鬱な気分で前を見ながら昨日の自分を恨んだ。


 ついでに昨日の凪のことも本人の変わりに恨んでおいた。



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