第5話彼女と過ごす時間
さて、明日も平日である。従順たる学業の奴隷である俺たちだが、時間はもうそろそろ12時半といったところだけれど、それぞれがやりたいことに耽っていた。
本来なら明日のことを考えると眠らなければ不味い時間帯である。
特に俺なんかは三大欲求を全部高レベルで欲しがる欲張りなので、こうやって読書をしながら、寝ないとだめだと分かりつつも、今主人公がヒロインを取り戻すいいところなのだと一向にもう一人の俺が寝させてくれない。
俺の股の間にいる凪もまた同じことを考えているのか、時より目をごしごしと擦りつつも彼女も彼女でまだ眠るつもりはないらしい。
一定のリズムで紙のめくる音が聞こえる。
片やWEB小説、片や漫画である。
互いに好きなことをしながらだが、しかし体の密着度は互いの心臓がの音を肌で感じれるくらいにはある。
少しどきどきしながらも俺はスマホの画面に目を走らせ続けていた。
セックスをすると体の距離が近くなっている。心なしか心の距離も近い気がする。
これには面はゆさを感じた。
それと同時に嬉しさも感じる。
付き合っているわけでもないし、微妙な距離感。あるいは絶妙。
これで互いに恋愛感情はないのだから不思議だ。
「なんか考えてる?」
少しどきりとした。
なぜわかった。
この子は人の心でも読めるというのか……。
「う~ん。俺達って付き合ってないよな?」
「付き合ってないね」
だよなぁ。
俺も付き合ってるとは思ってないし。
「なんか距離感バグってない?」
「バグってないでしょ。今がいい距離感だよ」
漫画から視線を外さずそういう。
続けて、
「それにいまさら過ぎない?」
確かに。凪の言うとおりだ。
「俺的には得感あるけど、いまさら聞いてみた」
「なるほどね……得か。得ね。」
少しう~んと彼女が唸る。
「得って言われれば、うちとしても得かな」
「それはどうして?」
「こうやって後ろから抱きしめられてると暖かいし安心感がやばい」
「それは……」
それはわかるな。
彼女の体温も暖かいし、安心できる。
思わずぎゅうっと彼女に回している手に力を籠める。
もっとくっつくように。
隙間がなくなってしまうように。
「ちょっと苦しいかも」
「すまそ」
少し腕の力を緩めてそういう俺に、彼女は漫画から目を離しこちらを見ていじらしそうに微笑んだ。
「でも……そのくらいでもいいかも」
何だこのかわいい生き物は。
そしてそんな彼女を抱きしめてる平凡俺ってなに。
「可愛いなお前」
「えー?まぁ、知ってるよ」
俺の素直な言葉に彼女は笑う。
「そうだよなぁ。じゃないと毎日のように告白なんてされないか」
「毎日は言いすぎじゃない?」
「けどほぼほぼ毎日だよな?」
まったく。
天は二物を与えずというが、いや与えすぎだろうがどう考えても。
容姿に、勉強に、スポーツ。なんでもござれすぎる彼女は、きっと神から愛されているのではないだろうか。
そんな女の子に俺の息子がおいたしてしまっているのは、申し訳ない気持ちでいっぱいである。
もちろん背徳感もマシマシである。
まぁそうかもね、なんて素っ気ない返事をした凪と俺は、風呂上がりの暖かい体温を布越しに感じながら、また互いに好きなことをし始める。
この距離感は、とても心地が良くて。
俺は時間を忘れてWEB小説に没頭した。
俺の部屋は常にカーテンを閉め切っていて、日中でも太陽の日差しは届かない。
締め切った静かな部屋というのは案外時間を忘れてしまうものである。
じ~っとスマホを見続けていた俺は、段々と体に疲れが出てきたのを感じて両手を挙げて背伸びをした。
ふとあれからどの位経ったのだろうかとスマホの時間に目をやれば、1:30との表示。
うっ、喉もとからと声とも判別がつかぬうめきが漏れた。
これは、素直に終わったなと絶望する。
明日――今日ともいう――は木曜である。これのなにが問題かといえば、うちの高校は毎週木曜日は6教科の授業となっていて、つまり本日だ。
なぜよりによってこんな日に夜更かししてしまったのか、長期休暇のせいだ、きっと。
「凪。やばいぞ時間。そろそろ帰らんと明日死ぬぞ、ガチで」
未だに漫画をぱらぱらと捲っている凪にそう声をかける。
首だけをこちらに向けてきた凪に、俺はスマホの画面をみせた。
「げ」
露骨にまじかよ、みたいな顔をつくる凪。
わかるぞその気持ち。まじでまじかよだ。
「隣だけど、一応部屋の前までみててやるから、行くぞ」
俺はそう声をかけて腰をあげようとした。
しかし、その前に彼女の手によって服の裾が捕まえられる。
彼女を俺の顔を見あげて言った。
「とまってっていい?」
しばし彼女と見つめあいなが返答に困る。
続けて彼女は言う。
「ほら、あれだよあれ。今ならいい感じに寝れそうだけど、一回外の空気浴びたら目、覚めちゃいそうじゃん」
それでも俺は正直に言えば困惑した。
唐突だったのだあまりにも。
彼女とセックスの後にベットで仮眠することはあっても、こうやって普通に眠ったことはない。
ないが……いやでも今言ったとおりにセックスの後一緒に寝てるし、そもそも俺らセックスする仲だし、別にいいのではないか?
長い沈黙。
ダメだと感じたのか、彼女は、いややっぱいいや、といって起き上がろうとする。
俺は彼女が起き上がるよりも先に口を開いた。
「別にいいよ」
「……え?」
「別に構わない」
「マジ?」
おそるおる言う彼女に、頷きながら大マジだと返す。
「考えてもみればそういうのも今さらな気がしてきたし。てか今さらだし、気にすることなんてないなって」
「……そっか。ありがと梓川」
「いえいえ。夜風で風邪引いちゃうのもよくないしね」
そのあと俺達はいつもどおり適当な会話をしながらベットで横になった。
シングルベットだし、俺達は互いに身長が大きいのもあって少しきつめだが、いつも通り彼女が俺の腕を枕にしてくっついてくる。
いや腕枕というか、もうほとんど体が密着しているのだが。
彼女の顔は俺側を向いており、もうほとんど半身を俺の上にのせているといっても過言ではない態勢である。
俺は、彼女の柔らかさと甘い匂いに、ほんのすこしどきどきした――というよりもムラムラしていた。
頭の中で煩悩退散と唱えながら薄っすら彼女をみると、すでにすぅすぅと寝息を立てて寝ていた。
う、う~ん。
ムラムラが止まらねぇ。
彼女を起こさないように深呼吸しつつ、自分の息子に今お前はお呼びじゃないよと心の中で悶々とした気持ちを何とか抑える。
だんだんと股間の熱が引いてきたところで、俺はやっとのことで眠ることができた。
ふと、そういえば彼女から感じる鼓動がいつもより少し早く感じたような、そんな気がした。
なにやら音が聞こえた。それと同時に自分の体から体温が抜けていったのではないかという喪失感と肌寒さを感じる。
俺は唸りながら少しだけ目を開く。
姿は見えないが、洗面所から水の流れる音が聞こえていた。
どでかい欠伸を晒しつつ、俺は態勢を変えてスマホを手に取る。
「……まだいける」
アラームが鳴るまでまだ時間がある。
まぁ、俺にはそうだが凪は違う。
彼女は俺よりも早く学校につき、友達と雑談をしている。
俺はそんな相手もいなければ寝起きも悪いので結構ぎりぎりである。
うん、よし。
寝るか。
身じろぎしつついいポジションを見つける。
中途半端に寝た時の気持ち悪さがだんだんとなくなってきて、俺の意識が落ちる寸前、湿った音と共に頬に何か熱いものを感じた。
俺はそれを気にせず、ただ一言。
「いってら」
そう言うのだった。
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