第3話凪葵という隣人或いは友達
些細な始まりは、或いは大きな転換期となったのは、想像に難くないだろう。
現状が現状である。
凪葵が俺に腕枕されて寝ているという現状が、すべてを物語っている。
自分の部屋へと無事帰還した俺は、ささっと手洗いうがいを済ませる。
さて今日も一日疲れたと椅子に座り、パソコンの電源を入れ、いつものように動画サイトを漁りつつ、ウェブ小説なんかもつまみ食い。
カチカチッとマウスをクリックする音だけが自分の部屋に響く。
何ともさみしい光景だろうか。
青春真っ盛りの高校生が、放課後友達と遊ぶこともせず、だれとも会話をせずに速攻で帰宅。からのカーテンの閉め切った部屋で一人さみしくネットサーフィン。
お前は本当に高校生なのか。
あるいはニート?
見る人が見ればあぁこいつは社会不適合者だなぁと、そんな感想を抱くだろう。
だがこれが俺である。
これが俺の青春の生き方だ。
誰に何と言われようとこれこそ俺のリア充ライフ。
いいじゃないか、好きな時に好きなことをして。
せっかくの高校生活なんだぜ。
楽に、好きに行きたいよ。
世間体などきにせずにね。
と、そうやっていつも通りに過ごしているうちに、ふとパソコンの右下に視線を移すと、18:07という数字が目に入った。
我が家はだいたいそのくらいに夕食をとる。
これは俺が実家で暮らしていたころの名残だった。
お腹に手を当ててみればぐぅ~という音。
優しく摩ってあげれば、今日はラーメンを食べようとお腹が催促してくる。
よし、ラーメン食べようラーメン。カップ麺は何があったかなとしばし考えて、結局思い出せなかったので椅子を引いて立ち上がり、台所へと向かった。
棚をガサゴソと探し、見つけたのは蒙○タンメン○本。
電気ポットに水を汲みスイッチオン。
沸騰するのに時間がかかるからその間適当にテレビでもつけて流しておく。
ほぉほぉ。あんまおもんねぇ。
電気ポットから出る音が次第に大きくなっていき、やがて小さく、そして完全に音がなくなったと共にカチッという音。
久しぶりの蒙○タンメン美味そうだなぁなんて考えながら蓋を開けて湯を注ぐ。
あ、そういえば思い出した。
以前ネットニュースで納豆入れたら美味いってあったなぁ。
気づけば俺は納豆を求めて三千里、いや、ほんの数歩あるいて冷蔵庫の前へ。
堂々と目の前に鎮座する納豆をとり、蒙古タンメンの前に移動。
納豆をかき混ぜながら待つこと数分、おそらくできたので蓋を開ければ湯気がぽわんと鼻の近くに。
匂いを堪能しつつ納豆を投入。
そしてぐりぐりとかき混ぜる。
見た目は何とも言えないが、味はわからないな。
でもネットニュース様が美味いといっているのだ。きっとうまいのだろう。
期待に胸を膨らませつつ、納豆の被った麺を持ち上げふぅーふぅー。
いざゆかん。未開の地。
あ~ん。
「っ!!」
!これはうま「ピンポーン」「うおっ」…だれだ。
新しい味に驚愕し、これからだというところで、突如と鳴り響いたインターフォンの音により、驚いて口の中の納豆が鼻にはいってしまった。
せっかく料理()に舌鼓を打っていたというのに。
台無しだ。鼻も痛いし。
インターフォンの映像も見ずに玄関へと歩いていく。
まったくもう時刻は6時過ぎだぞ。いったい誰なんだか。
少し憤慨しながらも扉を開ければ、そこにいたのは女の子。
160後半くらいの身長に、スラッとした、しかしムチっともしている健康的な手足。服の上からでもわかる引き締まったお腹。その上にある大きな胸。
色白の顔を見ればそこにあるのは大きな、しかし少し強気そうな印象も受ける瞳。
艶やかな黒髪は肩くらいで切りそろえてある。
一瞬思考が止まった。
しかし脳みそは勝手に超高速で脳内処理を行い、その美少女を記憶に焼き付けていた。
「よっ」
扉を開けたら、俺の視界一面凪葵だった。
正直脳みそがショートしたかと思った。
しかしそれは精神世界での話だったのだろう。
俺は正気を取り戻し「どうも?」と返すと、彼女は特に疑問を持つでもなく「どうもどうも~」とおちゃらけたように言った。
体感は結構長い間脳みそが停止してたような気がしたけど。そうでもないらしい。
いや、何はともあれ疑問しかない。
彼女は、動揺している俺をしり目に間髪入れずにこういった。
「ねぇ、ご飯食べた?これよかったらさ、うちが作ったやつ食べてみない?」
その言葉に頭の中ははてなしか浮かばなかった。
俺みたいな男は、同じ高校の同級生の同じクラスの住んでるマンションが同じで部屋が隣な女の子が自分で作った料理をお裾分けしてくれるというシチュエーションに、何の耐性も持ち合わせてはいない。
いやこれは俺抜きにしてもか。
唐突に目の前で起きたラノベみたいな要素に、しばし俺は沈黙していた。
沈黙しつつも、彼女が右手に持っていたその料理に注目していた。
カレーだ。
こんな夕方に、背徳的な匂いが鼻腔をくすぐる。
しかも後ろに少し意識を注げば、そちらからも背徳的な匂いがする。
背徳のパレードに挟まれていた。
しかしある程度状況が把握できてきたせいか、だんだんと整理がついてきた。
整理がついてきたといっても、やっぱり、同じ高校の同級生の同じクラスの住んでるマンションが同じで部屋が隣な女の子が、自分で作った料理をお裾分けしてくれるらしいというそのままの状況だが。
なるほどそうか。
わけわからねぇ。
でもわけわからないからといって、このまま彼女を放置するのは不味い。
俺が何も言わないからか。あるいは俺の視線に耐えかねたのか。
少し恥ずかしそうに顔を俯かせ、その短い髪を指でいじいじとしはじめてしまった。
なるほど。可愛いなこれは。
普段は遠くから眺める程度だが、近くでみると眼福としかいえない。
思わずいろんなところに目が行ってしまいそうになりつつ、俺はこう返した。
「…あ~、じゃあもらおうかな。ありがとう、ございます」
「い、いえいえ~。じゃあまた」
役目は終えたとばかりに彼女はそくさくと自分の部屋に戻っていき、少しまごつきながらも鍵を開けて中に入っていった。
ちなみに彼女の手料理をもらったのは、ただたんに可愛い女の子の手料理とかすげぇいいなと思ったからである。
ラノベ主人公ならこれで惚れてる可能性も無きにしも非ずだが。
いやラブコメの世界だったら惚れてるだろこれ。
ただ現状、リアルになってみれば役得と思いつつもやべぇなぁという思いが勝る。
さて、これまでが俺と凪葵のはじまりであり、怒号の初日の、夕方の話だ。
そして俺はこの後ラーメンとカレーを食いつつ、いろいろと思案に耽ることになる。
そのせいで凪から貰ったカレーの入った食器を洗い、そのまま返すことなく風呂に直行。
上がってまた思案に耽っていたら、気づいたら夕方というより夜という時間帯になっていた。
さすがにこの時間帯に女の子の部屋は不味いのではないかと思ったので、明日また彼女の部屋の扉の前で、少しまごつきながらもインターフォンを鳴らし、でてきた彼女に返すことに成功する。
その際にはもちろん礼と昨日返せなかった謝罪を言っておいた。
もらったカレーはすごく美味かったし。
それを聞いた彼女はすこし照れたような表情で頬を搔きながら、よかった…と一言呟いていたのが印象的だった。
それからである。
それからなぜか。
彼女が夕食を時々作ってくれるようになった。
はじめはこの日、次に彼女から貰ったのは4日後くらいか。
そこから頻度は一定を保ち、毎週3回、月水金曜日に料理を作ってくれることになっていた。
2回目の時は、おぉまたくれるのかうまそう。でもなんでだろ。くらいに思って彼女と軽い世間話をしたのちに扉の前で解散した。
そして3回目。
扉を開いた先には凪葵がいて、いつもと同じように料理を持ちながら扉の前で待機していた。
さすがに意味が分からなくなってきたので、一度彼女に俺はこう聞いている。
なんで毎回飯くれるの?
彼女は少しドキリとした表情をしたのちに、適当にはぐらかして帰ってしまった。
俺としてはたしかに変だなと思いつつも、この状況が嫌だとかそういう訳ではなかったから、部屋に戻る途中の彼女には、今回もありがとう助かります、との感謝を送っておいた。
もちろん嫌なわけない。
理由は気になるけれど、こんな可愛い子にご飯を作ってもらえるのはかなり嬉しい。
これは全国の男子諸君の総意だろう。
そういう日々が続き、気づいたら彼女を家に上げていた。
ちょうど、4月も中旬が終わるかなくらいの頃の話である。
彼女がご飯を作って持ってきてくれるのは、先ほどの通り月水金。
その日は、「ぴんぽーん」というチャイムによって目が覚めた。
正直通販では何も買ってないし、誰だろなんて思いつつも、寝起きで頭が起きてしなかった俺は、その日もインターフォンで誰かを確認せずに「はい~」という気だるげな声と共に扉を開けた。
そして固まる俺。
寝起きの頭がブンブン回転し起床をつげる。
「や。遊びに来たんだけど、どう?」
いや、まて。
どうとはなんだ。
何がどうなのか考えて、結局普通にわからなかったから「なにが?」と返す。
「え、いや、あ、遊びに来たんだけど…もしかして寝てたの?」
彼女は一瞬分からないって顔をした後に、俺の顔と頭の部分をよく見てそう言った。
きっとこの時俺の髪の毛はボンバーしてしまっていたのだろう。
軽く手櫛で整えたつもりだったのだが。
そういえば彼女は遊びに来たと、そういったのか。
その時は、ふ~んくらいにしか思わなかった。
だんだんと普段の感じを取り戻してきた脳がさっさと何か言えよと促してくる。
「えっと、寝てたけど。今起きたよ」
「そっか。起こしちゃってごめんね」
謝る彼女に対し、いや大丈夫だよと言う。
彼女の背後を照り付けるこの日差しの感じは、おそらくもう昼なのだろう。
これ以上寝ていたら寝すぎて頭も痛くなっていただろうし、むしろ助かる。時間も無くなっちゃうしね。
と、続けてそう言うと、
「そっか。じゃあさ、よかったらお昼一緒にたべない?お腹すいてない?」
「ん、やっぱもう昼なのか。腹減ってるし、貰おうかな」
「よし。じゃあすぐにで持ってくるから。顔とか洗ってきて。まだでしょ?」
「わかった。助かります」
いえいえ~といって去っていく凪。
そしてあれ?といまさら気づく俺。
彼女は今一緒にと言わなかっただろうか。
いや、間違いなくそう言った。
それを理解した瞬間、頭に血がいっきに流れ出す。
一瞬で覚醒する俺の頭に、不安と興奮が半々くらいに襲う。
一緒に食べるっていってた。
持っていくっていってた。
そこから導き出される答えは一つ。
彼女が俺の部屋に入ってくる。
俺は扉も閉めずに走って洗面所に移動し、手洗いうがい、そして顔を洗う。
スッキリなんて言いてもられず、部屋に戻って、まず床に散らばっているティシュを片付けた。
それと、デスクの上に散乱している空き缶やパック類もゴミ箱いきに。
最後に、おそらくそこで食べるであろう、丸型の机の上にあった小説やら漫画を本棚へ。
ふぅと一息、そして聞こえる「おじゃましま~す」という声と扉が開く音。
死角からひょいと顔を出した凪に、どうもと声をかけた。
彼女の手にはお盆があり、その上には豪華な料理が。
「勝手に入ってきちゃったけど大丈夫だった?」
「大丈夫だよ。問題なし」
「そっか。よかった。…その机の上で大丈夫?」
「うん。ここで大丈夫だよ。ここに置いて」
ついさっき片付けた丸形の机の上に置いてもらう。
「うち、まだあっちにあるから。もってくるね」
「あぁそれなら、俺も行くよ。俺も持つ」
「そう?じゃあお願いしよかな」
そういって一緒に扉を出る俺と凪。
そして俺はこの時初めて女の子の部屋へと足を踏み入れた。
彼女の部屋はきちんと片付いていて、ところどころ女の子っぽさがみられるピンクのカーテンや、ベットの上には可愛らしい動物のぬいぐるみが置いてあった。
まぁでも、同じマンションだから目新しさはそんなにない。
そういう個性が少しあるくらい。
台所にあった残りの料理を持ち、一緒にまた俺の部屋に帰宅。
一緒に床に座る。
俺はベット側で彼女は向かい。
「あ~、ごめんね。なんかクッションとかあれば良かったんだけど」
一応マットは引いてあるのでお尻はいたくはないはずだが…。
「え?全然。大丈夫だよ!ほら食べよ。冷めちゃうから」
「わかった」
互いにいただきますといい、俺は彼女の料理に手を付ける。
おぉ~いつも通りうまいね、などと言いつつ味わうが、どことなく落ち着かなかった。
それは俺だけでなく、凪もまた同様に。
どこか、クラスで見る感じとは何か違う、緊張のようなものが感じられた。
そんな緊張するなら、わざわざ休日、男である俺の部屋にはいらんでも…と思いつつも、相変わらずかわいい顔してんなぁ。肌綺麗だなぁ。服似合ってんなとか、そんなことを思う。
しかし彼女に何の得があるんだろうか。
俺には癒されるという得があるが。
そして、この日は第2の転換期となった。
これ以降、彼女はなにかと家にくるようになる。
遊ぶという名目で。
いや、名目というかはわからないけど、何か目的なようなものがあって。
それで俺の部屋に来るというのだけは何となくわかった。
そして、俺たちは次第に仲良くなり4月の下旬には、ほぼ毎日家に来るようになった。
俺としてはやはり役得であるが、そんな時、もう4月は終わるんじゃないかというとき、ついに起こってしまう。
俺は、彼女とセックスをした。
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